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  <title>Wonderland</title>
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  <modified>2005-10-21T15:51:09Z</modified>
  <tagline>: 小劇場の いま にふれる劇評サイト</tagline>
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  <copyright>Copyright (c) 2005, </copyright>
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    <title>二兎社 『 歌わせたい男たち 』</title>
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    <modified>2005-10-21T15:51:09Z</modified>
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    <created>2005-10-21T15:51:09Z</created>
    <summary type="text/plain"> 最初に書き下ろした劇評からの脱皮を何度も試みた。くり返せばくり返すほど、戯曲に引きずられる運動から逃れられなくなった。今が潮時と妥協して、脱稿することにした。 ●〝もしも〟この劇評に興味を抱いたなら… 　観劇前に読むことは勧めません。観劇後に読んで、見方がどう違うのか、比較していただけると、幸いです。さらに、その結果を「コメント」していただけると、お互いにとって、批評眼を鍛えることになるかと想います。欲ばりではありますが。。。...</summary>
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      <![CDATA[<p><br />
最初に書き下ろした劇評からの脱皮を何度も試みた。くり返せばくり返すほど、戯曲に引きずられる運動から逃れられなくなった。今が潮時と妥協して、脱稿することにした。</p>

<p>●〝もしも〟この劇評に興味を抱いたなら…<br />
　観劇前に読むことは勧めません。観劇後に読んで、見方がどう違うのか、比較していただけると、幸いです。さらに、その結果を「コメント」していただけると、お互いにとって、批評眼を鍛えることになるかと想います。欲ばりではありますが。。。</p>

<p><br />
</p>]]>
      <![CDATA[<p></p>

<p>「あなたは卒業式で君が代を歌えますか」。</p>

<p>愚問である、歌う人にとっては。苦悶である、歌わない人にとっては―。</p>

<p>君が代を通して〝原因を憂えず、結果を憂う〟日本人像を活写した『歌わせたい男たち』が、ベニサン・ピットで上演されている。</p>

<p>ある都立高校の卒業式。その直前に、元シャンソン歌手で音楽講師の仲ミチルが眩暈（めまい）を起こす。ミチルが国歌を伴奏するのかしないのか、観客の気を惹きながら、物語は展開する。「眼鏡」と「シャンソン」が随所に場面を引き立てる。</p>

<p>眩暈（めまい）がした時にコンタクト・レンズを落としたミチルは、譜面が読めなくなったので、以前、眼鏡をかけさせてもらったことのある社会科教員・拝島則彦（はいじま・のりひこ）から借りることを想いつく。ところが、拝島は君が代の伴奏に眼鏡を使うのなら貸さない、と拒絶する。この決心が後にシャンソンとの相乗効果をもたらす。</p>

<p>傑作だったのは、校長の「内心」だ。ミチルが本心は国歌の伴奏をしたくないのでは、と疑心暗鬼の塊になる。校長が内心の自由を尊重した過去の文章をビラにされても、あっさりと「前言」を翻す。挙げ句の果てには「もし一人でも不起立者が出たら、ここから飛び降りる」と、校舎の屋上から叫ぶ。内心と「外心」は違う、という裁判所感覚が校長の内心を支える。</p>

<p>この反面教師の見本のような校長が〝教育〟を支配し、不起立者を逆に反面教師の「好例」にして、孤立化に追い込む。その過程を校長は教育「改革」と呼ぶ。その内実は、郵政民営化という「改革」に反対した議員を、造反議員に仕立てる構図と重なる。</p>

<p>最後の局面で、屋上から飛び降りると開き直った校長の「宣言」に、たった一人で不起立を貫こうとした拝島は、選択の自由を奪われる。どっちつかずだったミチルは、拝島の心情を察して、何度頼まれても拒んでいたシャンソンを歌い始める。シャンソンの底流には「反権力の、レジスタンスの魂が流れている」。</p>

<p>ミチルが「どこかけだるく、しかも甘く」歌い出すと、拝島は眼鏡をそっとテーブルの上に置いて姿を消した。心のぬくもりと悲哀を覚えた瞬間だった。</p>

<p><br />
《公演情報》</p>

<p>◇二兎社 『 歌わせたい男たち 』<br />
　・作／演出：永井愛<br />
　・出演者：戸田恵子、大谷亮介、小山萌子、中上雅巳、近藤芳正<br />
　・劇場：ベニサン・ピット （東京都江東区）<br />
　・上演時間：約１時間50分<br />
　・公演期間：2005年10月08日－11月13日<br />
</p>]]>
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    <title>劇団桟敷童子「風来坊雷神屋敷」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://wonderland.tinyalice.net/cgi/mt/archives/000451.html" />
    <modified>2005-10-16T12:09:34Z</modified>
    <issued>2005-10-16T21:09:34+09:00</issued>
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    <created>2005-10-16T12:09:34Z</created>
    <summary type="text/plain">●上演時間・・・約１時間５０分 ●観客数・・・・・約１５０人 ●放水量・・・・・（推定）１０トン超 ●可動面積・・・（推定）１００平方メートル超 （以下、公演の舞台装置や演出手法について具体的に言及していますので、これから観劇予定のかたはご注意ください。）...</summary>
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    <dc:subject>0231-y.yoshida</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>●上演時間・・・約１時間５０分<br />
●観客数・・・・・約１５０人<br />
●放水量・・・・・（推定）１０トン超<br />
●可動面積・・・（推定）１００平方メートル超</p>

<p>（以下、公演の舞台装置や演出手法について具体的に言及していますので、これから観劇予定のかたはご注意ください。）<br />
</p>]]>
      <![CDATA[<p>　王子にある飛鳥山公園の広場に現れた「特設天幕劇場」は、パイプの骨組みにシートを張ったテント状のもの。客席は目算で１２０～１３０席程度ですが、こけら落とし（？）となったこの日は通路部分を含めてかなり詰めて収容した結果、１５０人ほどが埋め尽くしました。隣の観客とは肩や足が触れ合うといった感じでしたが、段差による腰掛け式で各自に座布団も用意されたため、まったくの地べたにゴザのみというケースに比べればかなり快適といえます。</p>

<p>　舞台の左右には、谷里の風景のセットが木で組まれ、そこに照明器具もうまく収められていました。舞台前方の上部に配されたパイプがシャワーのごとく雨を降らし、その真下の溝が川として水を受ける仕組みになっています。この日は上演の少し前から雨模様。天幕のシートを打つ本物の雨音が芝居にシンクロするという野外公演ならではの天然の演出が加わりました。</p>

<p>　公演のパンフレットによれば、日本には、捨て子や孤児、病気の子供などを、生贄にするためだけに育てていたという史実があるようです。物語の舞台は戦国時代の雷神峡日陰谷邑（らいじんきょうひかげだにむら）。ここでは大雨によって川が氾濫するため、龍神の怒りを鎮めるべく毎年生贄を捧げています。この年もそうした生贄専門の阿呆丸と呼ばれる娘が派遣されてくるのを期待しますが、阿呆丸が現れなかったときには村の長である重蔵の娘、志乃が生贄になる番。そこに風来坊の興櫓木（こうろぎ）が現れ、「龍神を退治する」と言い出します。</p>

<p>　劇中、刀による戦闘シーンが多用されました。興櫓木（池下重大）や重蔵（原口健太郎）などがサシでやり合う場面は見応えがあったものの、複数の役者が入り乱れる状況においては、いわゆる殺陣としてみると「ぬるい」と感じられる場面があったのも事実です。もっとも、さほど広くない舞台上を１０名近くの役者が立ち回る構成を考えれば、やむを得ずといったところかもしれません。</p>

<p>　佳境に向けてポイントになったのが、阿呆丸（板垣桃子）のモノローグ。切なくも力強く慈愛に満ちたその語り口に、評者の左右にいた観客はたまたま二人とも目頭を押さえていました。評者自身の心情を振り返ってみても、「自分が生贄になって死ぬ」と頑固に言い張る阿呆丸の姿には心底いらだちを覚えたりもしましたが、それは結局、板垣桃子の演技にそれだけ魅入ってしまっていたということでしょう。</p>

<p>　「あいつだ。あいつがやって来た」「龍神がすぐそこまで来てらあ」。結局、生贄を捧げることなく村は大洪水に見舞われます。轟く雷鳴とともに左右から大量の水が放出され、舞台全体を３０秒近く見事なまでに覆い尽くし、物語自体がカタルシスを迎えます。水をふんだんに使った野外公演というと、たとえば新宿梁山泊の「人魚伝説」が有名ですが、今回の桟敷童子の演出もそれに勝るとも劣らない印象を残したといえそうです。</p>

<p>　ラストの重蔵と阿呆丸が村から旅立つ場面では、二人は劇場を飛び出して公園の木々の向こうへと２０～３０メートルも進んでいきますが、そのとたん、劇場の天幕がゆっくりと後方へ移動を始めたかと思うと、やがて舞台から客席の前方半分ほどにかけてぽっかりと秋の夜空が広がりました（幸い、雨は一時的に小降りに）。あたかも開閉式のドーム球場のようで、上方の照明を設置するためのやぐらも姿を現しました。劇場の一部が可動式という仕組みは野外公演ではおなじみですが、星の見える夜であれば、また違った趣になったことでしょう。</p>

<p>秋雨に龍神荒ぶる飛鳥山</p>

<p>（吉田ユタカ　2005.10.15）</p>

<p><br />
<a href="http://www8.plala.or.jp/s-douji/">劇団桟敷童子</a>「風来坊雷神屋敷」<br />
■場所：北区・飛鳥山公園内 特設天幕劇場<br />
■日程：2005年10月15日（土）～10月30日（日）<br />
■ 作 ：サジキドウジ<br />
■演出：東憲司<br />
■美術：塵芥<br />
■財団法人東京都歴史文化財団<br />
　 平成17年度創造活動支援事業<br />
■北とぴあ演劇祭参加<br />
■第60回記念 文化庁芸術祭<br />
</p>]]>
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    <title>Uフィールド「森の奥へ―カフカ『審判』より―」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://wonderland.tinyalice.net/cgi/mt/archives/000449.html" />
    <modified>2005-10-13T18:51:39Z</modified>
    <issued>2005-10-14T03:51:39+09:00</issued>
    <id>tag:wonderland.tinyalice.net,2005://2.449</id>
    <created>2005-10-13T18:51:39Z</created>
    <summary type="text/plain">今年（２００５年）の３月に客演した劇団の新作でした。 知人ばかりの舞台は「駄作だったらどうしよう」といつも思うのですが、 今回はその心配は完全に取り越し苦労でした。 確かな演技と斬新な構成・演出で、今のところ個人的にはこれが今年のベストワンです。 どこに出してもどこでやっても恥ずかしくない作品。 必見。 おはしょり稽古より「おもしろくて、胸が詰まる」...</summary>
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    <dc:subject>0271-obata</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>今年（２００５年）の３月に客演した劇団の新作でした。</p>

<p>知人ばかりの舞台は「駄作だったらどうしよう」といつも思うのですが、<br />
今回はその心配は完全に取り越し苦労でした。</p>

<p>確かな演技と斬新な構成・演出で、今のところ個人的にはこれが今年のベストワンです。<br />
どこに出してもどこでやっても恥ずかしくない作品。<br />
必見。</p>

<p><a href="http://ameblo.jp/oh-hasyorillesson/entry-10005119840.html ">おはしょり稽古より「おもしろくて、胸が詰まる」</a></p>]]>
      
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    <title>アートネットワーク・ジャパン＋Ord-d.dプロデュース「サーカス物語」</title>
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    <modified>2005-10-12T17:52:17Z</modified>
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    <created>2005-10-12T17:52:17Z</created>
    <summary type="text/plain">アートネットワーク・ジャパンの運営する廃校利用の稽古場「にしすがも創造舎」での「にしすがも創造舎演劇上演プロジェクトvol.1」として、ミヒャエル・エンデ作の「サーカス物語」が上演されました（10月7日〜10日）。演出はOrd-d.dの倉迫康史さん。元中学校の体育館に足場を組んで上下左右に空間的広がりのある舞台を作っていました。客席も丸く横に広がりのある設置。サーカス小屋を模したということでしょうか。 アートネットワーク・ジャパン＋Ord-d.dプロデュース『サーカス物語』...</summary>
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    <dc:subject>0201-imai</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>アートネットワーク・ジャパンの運営する廃校利用の稽古場「にしすがも創造舎」での「にしすがも創造舎演劇上演プロジェクトvol.1」として、ミヒャエル・エンデ作の<a href="http://anj.or.jp/anj/sozosha/topics/200508_01.html" target="_blank">「サーカス物語」</a>が上演されました（10月7日〜10日）。演出はOrd-d.dの倉迫康史さん。元中学校の体育館に足場を組んで上下左右に空間的広がりのある舞台を作っていました。客席も丸く横に広がりのある設置。サーカス小屋を模したということでしょうか。</p>

<p><a href="http://tabla.cocolog-nifty.com/junrei/2005/10/orddd_4522.html" target="_blank">アートネットワーク・ジャパン＋Ord-d.dプロデュース『サーカス物語』</a></p>]]>
      
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    <title>ギンギラ太陽&apos;s「翼をくださいっ！　さらばYS-11」</title>
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    <modified>2005-10-11T19:28:20Z</modified>
    <issued>2005-10-12T04:28:20+09:00</issued>
    <id>tag:wonderland.tinyalice.net,2005://2.447</id>
    <created>2005-10-11T19:28:20Z</created>
    <summary type="text/plain">福岡を中心に活動する劇団、ギンギラ太陽&apos;sがPARCO劇場で公演しました(10月7日〜10日）。地方の小劇場系と思われる劇団がいきなりPARCO進出というのは異例だと思います。普段は九州地方でしか活動していなかったようで、初見の劇団となりました。「かぶりもの」が特徴のようですが、単なるおふざけではなく、完成度の高い作品を見せてくれたと思います。「デジログからあなろぐ」さんもご覧になっているようです（執筆者なのに勝手にリンクごめんなさい。）。 ギンギラ太陽&apos;s『翼をくださいっ！　さらばYS-11』...</summary>
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    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://wonderland.tinyalice.net/">
      <![CDATA[<p>福岡を中心に活動する劇団、<a href="http://www.parco-play.com/web/page/information/gingira/" target="_blank">ギンギラ太陽'sがPARCO劇場で公演</a>しました(10月7日〜10日）。地方の小劇場系と思われる劇団がいきなりPARCO進出というのは異例だと思います。普段は九州地方でしか活動していなかったようで、初見の劇団となりました。「かぶりもの」が特徴のようですが、単なるおふざけではなく、完成度の高い作品を見せてくれたと思います。<a href="http://www.sf.cs.tuat.ac.jp/~yositosi/analog/archives/000559.html" target="_blank">「デジログからあなろぐ」</a>さんもご覧になっているようです（執筆者なのに勝手にリンクごめんなさい。）。</p>

<p><a href="http://tabla.cocolog-nifty.com/junrei/2005/10/s_ys_3781.html" target="_blank">ギンギラ太陽's『翼をくださいっ！　さらばYS-11』</a></p>]]>
      
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    <title>シス・カンパニー「エドモンド」</title>
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    <modified>2005-10-04T14:39:55Z</modified>
    <issued>2005-10-04T23:39:55+09:00</issued>
    <id>tag:wonderland.tinyalice.net,2005://2.446</id>
    <created>2005-10-04T14:39:55Z</created>
    <summary type="text/plain">　シス・カンパニー公演「エドモンド」公演が東京・青山円形劇場で開かれました（8月19日-9月13日）。取り上げたのは、米国の劇作家デヴィット・マメットの原作。演出は、いま脂の乗っている長塚圭史。小泉今日子やテレビ番組「トリビアの泉」で人気の八嶋智人らも出演するので話題になりました。...</summary>
    <author>
      <name>KITAJIMA takashi</name>
      <url>http://northisland.jp</url>
      <email>kitajima@northisland.jp</email>
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      <![CDATA[<p>　シス・カンパニー公演「<a href="http://www.siscompany.com/03produce/11edmond/">エドモンド</a>」公演が東京・青山円形劇場で開かれました（8月19日-9月13日）。取り上げたのは、米国の劇作家デヴィット・マメットの原作。演出は、いま脂の乗っている長塚圭史。小泉今日子やテレビ番組「トリビアの泉」で人気の八嶋智人らも出演するので話題になりました。</p>]]>
      <![CDATA[<p>　「<a href="http://d.hatena.ne.jp/peat/20050829#p1">stage note archives</a>」サイトによると、この物語は「ひとりの男が、占い師の元を訪ねる。『あなたは、居るべき場所にいませんね。もっとも居るべきところに居る人間なんて殆ど居ませんが、あなたの場合はそれが顕著です』。その言葉に動かされた男は街へ飛び出していく。『こんなはずじゃなかった』人生を取り戻すために。だが、どうやって？　平凡だったはずの男の人生が、ひょんなきっかけで転落していってしまうという物語」だそうです。</p>

<p>　続いて「占い師を訪ねてから、グレナの家までの前半がすっごく良かった。ある種ロードムービーみたいで、入れ替わり立ち替わり芸達者な役者さんがそれぞれ違う姿で現れるのを次から次へと眺めて飽きない。悪意のささやき、暴力、裏切り、自分へ向けられた嫌悪感、そういうものがエドモンドの中にどんどん蓄積していくのが手に取るようにわかって目が離せない」と述べていますが、その後は「前半に較べるとテンションが急に落ちる」と指摘しています。</p>

<p>　公演評を書き留めたサイトは少なくありません。そのうちのいくつかからピックアップします。</p>

<p>「白人の彼の中にある黒人差別や、宗教への逃避を通しながら追い詰められた人間が選ぶ行動を描き出し、その向こうにある、「他者の受容」へと向かって彼は動き出していく」（<a href="http://ameblo.jp/a-rion/entry-10003997479.html">観もしないのに文句を言うな。</a>）</p>

<p>「デヴィット・マメットの作品だと私はtpt『シカゴの性倒錯／カモの変奏曲』を拝見しています。卑猥でどぎつい言葉が行き交い、目に嬉しくない厳しい現実が描かれますが、真正直に、てらいなく意見をぶつけてくる感覚が面白いと感じていました。今作『エドモンド』は非常に重たくシリアスな空気が満ちた1時間35分でしたが、『シカゴ・・・』同様にマメットの気概を受け取った気がします」（<a href="http://www.shinobu-review.jp/mt/archives/2005/0822232436.html">しのぶの演劇レビュー</a>）</p>

<p>「マクドナー作品の強烈なアクや長塚作品の重厚さを体感した後でこの作品に触れると物足りないというのが第一印象。脚本が二十数年前に書かれた作品ということも多少は影響しているのかもしれませんが」（<a href="http://www.mypress.jp/v2_writers/aozshi/story/?story_id=1159741">踊る芝居好きのダメ人間日記</a>）</p>

<p>「妻に『家を飛び出す』と宣言するエドモンドの主張がかなり身勝手すぎるものだったからか、『普通の人生を送っている男が』堕ちてゆく物語には見えなかった。どちらかというと『堕ちる素質を元々持っていた男が』堕ちてゆく物語に見えてしまった。多分、エドモンドが切れたときの台詞回しがまるっきり翻訳調で、外国映画みたいだったのもその理由のひとつだと思う」（<a href="http://lavender.cocolog-nifty.com/stage/2005/09/post_c919.html">芝居遊歴控</a>）</p>

<p><br />
「役者も演出も美術もどれも悪くはないのにこの盛り上がりのなさはなんだろう．戯曲そのものが全然おもしろくない．主人公が袋小路に入っていく様子もなんだか1人から回りしているようにしか思えなくて、どうにも古臭く感じてしまった．自分を省みず全て他人に原因を押し付けておきながら言うことだけはご立派という主人公に、最初から嫌悪感を持ってしまったので、彼がどんなにひどい目にあっていこうが自業自得としか思えず、そんな彼が最後に救いを感じてるのかやけにさっぱりすっきり健やかなのが気持ち悪かった．そんあのありか？っていう．そんなわけでもっとも理解できないのが肝心の主人公だった」（<a href="http://mamitrepo.exblog.jp/3414746">mamiの観劇覚書</a>）</p>

<p><br />
［上演記録］<br />
シス・カンパニー『<a href="http://www.siscompany.com/03produce/11edmond/">エドモンド</a>』<br />
青山円形劇場（8月19日-9月13日）</p>

<p>作： 	デヴィット・マメット<br />
演出：	長塚圭史<br />
出演：	八嶋智人<br />
	大森博史<br />
	酒井敏也<br />
	小松和重<br />
	中村まこと<br />
	明星真由美<br />
	平岩紙<br />
	小泉今日子</p>

<p>スタッフ<br />
美術 ： 堀尾幸男 <br />
照明 ： 小川幾雄 <br />
衣装 ： 前田文子 <br />
音響 ： 加藤温 <br />
ヘアメイク ： 大和田一美 <br />
演出助手 ： 坂本聖子 <br />
舞台監督 ： 瀧原寿子 <br />
プロデューサー ： 北村明子 <br />
企画･製作 ： シス・カンパニー <br />
</p>]]>
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    <title>青年団「Ｓ高原から」</title>
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    <modified>2005-09-30T19:56:55Z</modified>
    <issued>2005-10-01T04:56:55+09:00</issued>
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    <created>2005-09-30T19:56:55Z</created>
    <summary type="text/plain">見てきました、本家本元。 今日が初日ですので、二日目以降をご覧になる予定がある方は観劇後にご覧ください。 おはしょり稽古より「二十一世紀の古典演劇」...</summary>
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      <![CDATA[<p>見てきました、本家本元。</p>

<p>今日が初日ですので、二日目以降をご覧になる予定がある方は観劇後にご覧ください。</p>

<p><a href="http://ameblo.jp/oh-hasyorillesson/entry-10004742137.html ">おはしょり稽古より「二十一世紀の古典演劇」</a></p>]]>
      
    </content>
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    <title>とくお組「インドのちから」</title>
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    <modified>2005-09-29T11:38:42Z</modified>
    <issued>2005-09-29T20:38:42+09:00</issued>
    <id>tag:wonderland.tinyalice.net,2005://2.444</id>
    <created>2005-09-29T11:38:42Z</created>
    <summary type="text/plain">北嶋さん、吉田さんと一緒に見たお芝居。 雰囲気は内輪の劇団だけど、充分見るに耐えうる作品でした。 おはしょり稽古より「学生ドリフターズ」...</summary>
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    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://wonderland.tinyalice.net/">
      <![CDATA[<p>北嶋さん、吉田さんと一緒に見たお芝居。<br />
雰囲気は内輪の劇団だけど、充分見るに耐えうる作品でした。</p>

<p><a href="http://ameblo.jp/oh-hasyorillesson/entry-10004699759.html ">おはしょり稽古より「学生ドリフターズ」</a></p>]]>
      
    </content>
  </entry>
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    <title>Ａｆｒｏ１３「Ｄｅａｔｈ　Ｏｆ　ａ　Ｓａｍｕｒａｉ」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://wonderland.tinyalice.net/cgi/mt/archives/000443.html" />
    <modified>2005-09-29T11:30:00Z</modified>
    <issued>2005-09-29T20:30:00+09:00</issued>
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    <created>2005-09-29T11:30:00Z</created>
    <summary type="text/plain">初めてです、こんなに芝居を大絶賛したの。 とは言え、 後になってパンフレットを見たら舞台上で言ってない設定が書いてあって、 ラスト近くのシーンの意味をちょっと違う風に捉えていたことに気づいた。 ここで敢えて言うったらそんぐらいでしょうかね。 Ｂ.Ｇ.Ｍ.が結構自分好みだったこともあってがんがんに褒めてますが、 もし曲の趣味が合わなかったら辛いかな、とも思う。 おはしょり稽古より「ジャパニーズ・ドラマティック・パフォーマンス、完成です」...</summary>
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      <![CDATA[<p>初めてです、こんなに芝居を大絶賛したの。</p>

<p>とは言え、<br />
後になってパンフレットを見たら舞台上で言ってない設定が書いてあって、<br />
ラスト近くのシーンの意味をちょっと違う風に捉えていたことに気づいた。<br />
ここで敢えて言うったらそんぐらいでしょうかね。</p>

<p>Ｂ.Ｇ.Ｍ.が結構自分好みだったこともあってがんがんに褒めてますが、<br />
もし曲の趣味が合わなかったら辛いかな、とも思う。</p>

<p><a href="http://ameblo.jp/oh-hasyorillesson/entry-10004516068.html ">おはしょり稽古より「ジャパニーズ・ドラマティック・パフォーマンス、完成です」</a></p>]]>
      
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    <title>ポタライブ 吉祥寺編「源」(緊急再演)</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://wonderland.tinyalice.net/cgi/mt/archives/000442.html" />
    <modified>2005-09-26T07:45:19Z</modified>
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    <created>2005-09-26T07:45:19Z</created>
    <summary type="text/plain">　ポタライブという風変わりな公演形態があると知ったのは１年ほど前でしょうか。１度申し込みましたが、満員で参加できませんでした。今回、縁があって「吉祥寺編『源』」公演に参加することができました。すでに柳沢さんが緻密な考察を掲載しています(9.25付)。ぼくの報告は付け足しですが、実際どんなふうに進行したか、小１時間の描写を流れに沿ってまとめてみました。柳沢論考と併せて読んでいただけたら幸いです。...</summary>
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      <name>KITAJIMA takashi</name>
      <url>http://northisland.jp</url>
      <email>kitajima@northisland.jp</email>
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      <![CDATA[<p>　ポタライブという風変わりな公演形態があると知ったのは１年ほど前でしょうか。１度申し込みましたが、満員で参加できませんでした。今回、縁があって「吉祥寺編『源』」公演に参加することができました。すでに柳沢さんが緻密な考察を掲載しています(9.25付)。ぼくの報告は付け足しですが、実際どんなふうに進行したか、小１時間の描写を流れに沿ってまとめてみました。柳沢論考と併せて読んでいただけたら幸いです。</p>]]>
      <![CDATA[<p>　このライブが行われる直前、次のような<a href="http://plaza.rakuten.co.jp/kishii/diary/20050913/">知らせ</a>が届きました。</p>

<div class="quote">緊急再演　吉祥寺編『源』<br />

<p>「まちが演ずる、土地がうたう、記憶が踊る」<br />
お散歩演劇ポタライブを作り始めて２年と半年。舞台に使い、共演してきた町並みが、気づかぬ間に、びっくりするくらいに変わっていることがあります。<br />
昨日、別のポタライブの取材で三鷹を通ったとき、初めてポタライブを作った場所が、ほとんど消えかけているのを見て、愕然としました。市役所にきくと、この11月で、完全に消滅する、ということです。<br />
急な話ではありますが、消え去る前にもう一度だけ、再演させていただくことにしました。<br />
ポタライブの最初に作った作品は、東京のミナモトの場所でのダンス。「源」をご覧いただいた方も、そうでない方も、ぜひにご参加くださいませ。<br />
</div></p>

<div class="photo1">
	<img id="potalive" src="img/potalive_minamoto13.jpg" width="200" height="148" /><br />
	グリーンパーク遊歩道の入り口です。<br />
	<img id="potalive" src="img/potalive_minamoto15.jpg" width="200" height="150" /><br />
	きれいな案内板。<br />
	<img id="potalive" src="img/potalive_minamoto12.jpg" width="200" height="150" /><br />
	薄汚れた掲示板もありました。<br />
	<img id="potalive" src="img/potalive_minamoto01.jpg" width="200" height="149"  /><br />
	公園（広場）にふと視線を向けると、白衣姿のひとが舞っています。<br />
	<img id="potalive" src="img/potalive_minamoto11.jpg" width="200" height="150"  /><br />
	自宅から石造りの階段が遊歩道に延び、自分たちの庭のように出入りできる。<br />
	<img id="potalive" src="img/potalive_minamoto05.jpg" width="200" height="150"  /><br />
	道路計画で住宅が取り壊された空き地に、帽子姿の男性が立っている。風景に馴染んでいますね。<br />
	<img id="potalive" src="img/potalive_minamoto14.jpg" width="200" height="151"  /><br />
	ブランコには女性が…。<br />
	<img id="potalive" src="img/potalive_minamoto16.jpg" width="200" height="150" /><br />
	ここからまた引き返す。<br />
	<img id="potalive" src="img/potalive_minamoto04.jpg" width="200" height="148" /><br />
	振り返るといつの間にか…。<br />
	<img id="potalive" src="img/potalive_minamoto07.jpg" width="200" height="148"  /><br />
	道ばたに咲く花も美しい。<br />
	<img id="potalive" src="img/potalive_minamoto10.jpg" width="200" height="151"  /><br />
	わずかに残っている建物の前で…。<br />
	<img id="potalive" src="img/potalive_minamoto17.jpg" width="200" height="151"  /><br />
	白衣の舞の傍らで、五体投地か転倒か。<br />
	<img id="potalive" src="img/potalive_minamoto18.jpg" width="200" height="151"  /><br />
	パフォーマンスは続く。<br />
	</div>
　前回のポタライブは満員で参加できなかったので、すぐに申し込みました。<br />
　9月18日（日）午後3時、ＪＲ三鷹駅集合。主宰の岸井大輔さんがガイド役を務め、参加した5人を前にまず、駅の説明から始めました。
　「三鷹駅は武蔵野市と三鷹市のちょうど境界線に建っています。このタイルが境界線上にあるはずです」とタイルを靴で示した後、「駅の案内板を見てください」と言う。
　顔を上げると、確かに左（南口）が三鷹市、右（北口）が武蔵野市の町名が記され、きれいに分かれています。これが約１時間続く「散歩」のスタートでした。

<p>　「もうひとつ、この駅の真下を、玉川上水が流れているんです」<br />
　エーッ、ほんとかね。開始早々いきなり顔面にパンチを食らった感じでした。<br />
　玉川上水は、多摩川上流の羽村から9市4区（羽村市、福生市、昭島市、立川市、小平市、小金井市、武蔵野市、西東京市、三鷹市、杉並区、世田谷区、渋谷区、新宿区）を通り、四谷大木戸までの総距離約43km。江戸時代は人びとの飲み水を賄ってきたそうです。それが駅地下を流れている？　確かめようじゃないか。<br />
　北口（武蔵野市側）に出て駅裏の小川に降りていくと、流れは駅の手前で地下に消えています。その行き止まりの小さなスペースに、緩やかに動いている人影が見えました。白衣をまとい、葉陰から漏れてくる陽光を浴びながら、手足を広げて鶴のように舞っています。太極拳の稽古かな、邪魔しちゃまずいなあ、と思って進んで行っても動きは止まりそうにありません。そうか、パフォーマンスなのだ！<br />
　初っぱなの軽い連打で、ぼくはすっかりポタライブにさらわれてしまいました。</p>

<p>　やがて上水沿いの遊歩道を歩きます。両側の遊歩道は、三鷹側が舗装され、武蔵野側は土のまま。川縁も三鷹側がコンクリートで固め、武蔵野側には植木が生えたりしてほぼ自然の景観が保たれています。<br />
　「市内の空き地をどのように利用するか、武蔵野市が住民アンケート調査をすると、６割ぐらいが『原っぱ』にしてほしいという結果が出るそうです。自然にあまり手を加えないでそのままにしておくのが多数のようですね。右手の原っぱもその一つです」</p>

<p>　道路の向こうに広場が広がっています。片隅には遊具があり、大きな木が茂っているけれど、真ん中は確かに原っぱです。かけっこしている子供たち、ボールを蹴っている大人が…。と見ていると、スキー帽（のようなもの）を頭からすっぽり被った人が案山子のように立っていました。ブラウン系の汚れた色合いの衣服を身に着けています。まさか案山子のはずはありません。出演者なのでしょうか。近くの石の上を真っ赤なシャツに白っぽいスカートの女性が飛び跳ねながら渡っていく姿が飛び込んできました。ベンチに座っているお年寄り、立てかけるように置かれた自転車、それに乳母車。原っぱに似つかわしい風景がそこにありました。</p>

<p>　「玉川上水が通るようになってから、この辺りは田畑になりました。道が碁盤の目のようになっているのは、その用水路の跡です」と説明が続く。細いけれどもまっすぐ延びた道の先に、赤いシャツの女性が何気なく立っています。やっぱり出演者だったんだ。</p>

<p>　やがて遊歩道から離れ、道路沿いに進むと境浄水場が見えてきます。もうこの辺りは武蔵野市です。　「昔は用水に引く水量を加減したり、汚染など水の扱いに注意を払っていたのも、下流で飲み水に使われるからですね」。岸井さんの語りもすんなり飲み込めるようになっていました。</p>

<p>　浄水場の東側に沿って、珍しく煉瓦敷きの細道が続いています。戦後間もないころ、その先は東京グリーンパーク野球場につながっていました。旧中島飛行機工場跡地に建設された野球場は数万人を収容できるほど大規模で、オープン時はプロ野球が開催されていたそうです。しかし１年で閉鎖、幻の野球場となりました。鉄道も廃線です。グランドの土が関東ローム層のため、土ぼこりが風にあおられて満足に使えなかったのが原因と言われています。</p>

<p>　線路跡はその後、遊歩道に姿を変えました。いまはグリーンパーク遊歩道と呼ばれています。しかし、その遊歩道も近々、姿を消すことになりました。東京都の道路計画が進んでいるからです。</p>

<p>　「ポタライブはここが発祥の地です。2003年4月にここで始め、何度か実施しましたが、舞台自体が消滅することを知って急遽、公演を決めました」と岸井さん。初演当時歩道脇にあった住宅はほぼ姿を消し空き地になっていました。「歩道を自分たちの庭のように使っていた」石積みの階段だけが、取り壊された住宅の気配を残しています。</p>

<p>　軽装の年配夫婦や自転車に乗った主婦らが行き交う歩道を、そんな説明を聞きながら進んでいくと、駅からの途中、2、3度姿を見かけた白衣の人が、ずっと遠くで踊っている姿が見えます。すぐ横の公園でブランコに乗っている女性は、あの赤シャツ、スカート姿の女性。汚れた衣服のパフォーマーは、いつの間にか廃屋跡地に立っている…。</p>

<p>　通りかかりの人も立ち止まったり、パフォーマーの脇をすり抜けたり。パフォーマーもぼくらを追い越していったり、突然視界に入ってきたり。スキー帽の男は遊歩道を折り返して解散地に近づくと、細い道に身体を投げ出す動作を繰り返していました。これは五体投地なのでしょうか。チベット仏教の究極の巡礼作法がここでは、消えゆく景色を慈しむ儀式と重なっているように思えました。</p>

<p>　散歩は終わりました。間もなく緑に覆われた遊歩道も姿を消し、後には、東京都が建設した広い道路が延び、車列が行き交う光景に様変わりするでしょう。</p>

<p><br />
　駅の地下を上水が通っているのは、近代の発展が地底に追いやったとも言えるし、上水はそれでもしぶとく生き残ったとも言えるでしょう。三鷹、武蔵野両市の施策の違い、原っぱづくりを支える住民、水源地としての生活作法を刻んできた歴史、消えた鉄道といま貫通寸前の道路計画、消える風景とリアルな現場と…。「舞台とは、視線が集中するように組織された場所」（柳沢望「ポタライブの『源』」）だとすれば、ポタライブという方法論によって、土地の変遷（歴史）もまた、かけがえのない舞台装置となり作品となるのです。</p>

<p>　柳沢望さんは前掲の論考で次のように述べています。</p>

<div class="quote">　歩いていって角を曲がって、風景が開けたとき、そこに不意に出演者があらわれている。後ろから出演者が追い抜いていくこともある。からだを運び視野が動くこと自体が含んでいるドラマの可能性がポタライブでは時折見事に活用される。（中略）演技者が遠景のなかに置かれて、観客は遠くから目をこらすこともあるし、風景の片隅に演技者が立つことで、風景全体が際立つようなこともある。<br />
　これは、「役者中心」「演技中心」的な舞台観からは出てこない、ドラマ的な動的造形の可能性だ。舞台の中心に立つことを特権化するのではない仕方で、多様に移り変わる関係の中に視線が結び付けられ、それが舞台を生み出し、様々に身体や事象が点在する風景そのものが舞台として造形されてゆく。
</div>

<p>　「多様に移り変わる関係の中に視線が結び付けられ、それが舞台を生み出し、様々に身体や事象が点在する風景そのものが舞台として造形されてゆく」という表現は、あまりに演劇寄りと言われるかもしれません。その土地、その町（街）の記憶を読み直す作業が、必ずしも演劇を要請しているかどうか自明ではないからです。しかし土地の記憶を立ち上げる方法が、土地の多様性と同じように多様であれば、それはどのような呼称であるかを求めてはいないでしょう。土地（とそこに住む人びと）の歴史と記憶を揺り動かすことによって浮かんでくるイメージとその奥行きが、そこを歩く人びと、見つめる人びとに照射されるよう願っているのではないでしょうか。</p>

<p>　ポタライブの試みによって舞台の可能性が広がります。演じる側も見る側もまた、演出・演技のありようだけでなく、作品という枠組み自体を見直さなければならなくなりそうです。きわめて印象的で、かつ刺激的なスタイルに出会った１日でした。</p>

<p>　今回が 「源」の最終公演になってしまったのは本当に残念です。必要以上にことこまかな紹介だったかもしれません。しかし２度と行われることのない公演への言祝ぎであり追悼の儀式だとみなしてご容赦いただきたいと思います。<br />
（北嶋孝＠ノースアイランド舎　2005.9.27補筆 28日写真追加）</p>

<p>[参考情報]<br />
　・ポタライブ（ 劇作家岸井大輔 website ） <a href="http://plaza.rakuten.co.jp/kishii/">http://plaza.rakuten.co.jp/kishii/</a><br />
　　ポタライブ通信　<a href="http://plaza.rakuten.co.jp/kishii/diary/200509210000/">http://plaza.rakuten.co.jp/kishii/diary/200509210000/</a></p>

<p>　・玉川上水（東京都水道局） <a href="http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/pp/tamagawa/">http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/pp/tamagawa/</a><br />
　・境浄水場見学記　<a href="http://www.nakaco.com/suidou/water%20supply/Tokyo/sakai.htm">http://www.nakaco.com/suidou/water%20supply/Tokyo/sakai.htm</a><br />
　・東京グリーンパーク野球場（武蔵野市） <a href="http://www.city.musashino.tokyo.jp/profile/musashino100/04.html">http://www.city.musashino.tokyo.jp/profile/musashino100/04.html</a><br />
　・東京スタディアム（グリーンパーク） <a href="http://www.geocities.co.jp/Playtown-Darts/7539/yakyujosi/kanto/greenpark.htm">http://www.geocities.co.jp/Playtown-Darts/7539/yakyujosi/kanto/greenpark.htm</a></p>

<p><br />
［上演記録］<br />
◎<a href="http://kurumin.dyndns.org/potalive/">ポタライブ</a> クラッシック 「源」<br />
15時　JR三鷹駅改札前待ち合わせ（14時45分より受付開始）</p>

<p>作・演出・案内　岸井大輔（劇作家：ポタライブ主宰）<br />
出演　木室陽一（ダンス：ポタライブ主宰）榊原純一（おどり）丹羽洋子（ダンス）</p>]]>
    </content>
  </entry>
  <entry>
    <title>#1. ポタライブの「源」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://wonderland.tinyalice.net/cgi/mt/archives/000441.html" />
    <modified>2005-09-25T04:50:15Z</modified>
    <issued>2005-09-25T13:50:15+09:00</issued>
    <id>tag:wonderland.tinyalice.net,2005://2.441</id>
    <created>2005-09-25T04:50:15Z</created>
    <summary type="text/plain">　「散歩しながら楽しむ」路上演劇、「ポタライブ」に関するレビューは、ワンダーランドでも2005年5月28日の記事で紹介していただいた。この秋「アキマツリ」と銘打って新作、再演と取り揃えた連続上演がおこなわれている（詳細はポタライブ通信で）。 　先日、「アキマツリ」の先頭をきって、ポタライブの第一作『源』が緊急再演された。舞台になる場所が消え去ってしまうため、上演可能な今、最後の再演がなされたのだという。このいきさつのなかに、ポタライブという演-劇スタイルの特質が見えてくるようだ。 　『源』という作品に照準しつつジャンルとしての特質を考察しながら、ここで改めてポタライブを紹介してみたい。...</summary>
    <author>
      <name></name>
      
      
    </author>
    <dc:subject>0205-yanagisawa</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://wonderland.tinyalice.net/">
      <![CDATA[<p>　「散歩しながら楽しむ」路上演劇、「<a href="http://kurumin.dyndns.org/potalive/">ポタライブ</a>」に関するレビューは、ワンダーランドでも<a href="http://wonderland.tinyalice.net/cgi/mt/archives/000356.html">2005年5月28日の記事</a>で紹介していただいた。この秋「アキマツリ」と銘打って新作、再演と取り揃えた連続上演がおこなわれている（詳細は<a href="http://plaza.rakuten.co.jp/kishii/diary/200509210000/">ポタライブ通信</a>で）。</p>

<p>　先日、「アキマツリ」の先頭をきって、ポタライブの第一作『源』が緊急再演された。舞台になる場所が消え去ってしまうため、上演可能な今、最後の再演がなされたのだという。このいきさつのなかに、ポタライブという演-劇スタイルの特質が見えてくるようだ。</p>

<p>　『源』という作品に照準しつつジャンルとしての特質を考察しながら、ここで改めてポタライブを紹介してみたい。</p>]]>
      <![CDATA[<p>*</p>

<p>　ポタライブは、市街地、野外で上演されるけれど、舞台芸術である。野外を舞台とするというよりも、野外が舞台になるのだ。それは、必ずしも「借景」だというわけではない。市街地や野外の風景そのものに秘められたドラマがむしろ主役になることもあるからだ。</p>

<p>　その点で、たとえば寺山修司の市街劇とは別の角度からドラマにアプローチしていると言えるはずだ。ポタライブは、寺山的市街劇の攻撃性や過激さと直接比較できないような性格をもっている。しかし、より穏やかなものではあっても、あくまでドラマを汲み取ろうとする営みであることも見逃すべきではないだろう。</p>

<p><br />
*</p>

<p><br />
　舞台とは、常に束の間のものだろう。上演という関係が結ばれる間だけ、ただの空間は舞台としてそこに現れる。そうした点で、移ろう日差しや天候、様々な通行などを舞台化していくポタライブの創作は、それが束の間のものであることが常に明白にされているという点で舞台化の純度を劇場におけるよりもむしろ高めていると言えるかもしれない。</p>

<p>　そして、その舞台化の遂行は、行政の力や資本の運動などによって痕跡を消去しながらめまぐるしく変化しては反射的反応だけをひきおこすような「スペクタクル」と化してしまう様々な土地の有様を、舞台造形的に、劇的な認識において、束の間、取り戻そうとする運動でもあると言えるかもしれない。</p>

<p><br />
*</p>

<p><br />
　劇作家の岸井大輔とダンサーの木室陽一の二人が主宰するポタライブ。その第一作『源』が初演されたのは2003年4月30日だとのこと。再演を繰り返すなかで練り上げられ、『源』は最終形になっていったそうだ。その模索の中で、現在のポタライブのスタイルも確立されたらしい。ポタライブという名称が使われ始めたのは2003年からだが、その前身となる作品は「街頭芸術横浜2001」で公演されていたとのことだ。</p>

<p><br />
　ポタライブは、吉祥寺や船橋、谷中、広尾といった様々な土地に取材して既に多数の作品が創作されてきている。「お散歩しながら楽しむライブ」というのが、ポタライブのキャッチフレーズなのだけれど、散歩するコース自体が、それぞれの街や地域への綿密な取材の結果、その土地の歴史やドラマを際立たせるように設定される（取材の綿密さについては<a href="http://tokyo.101.7272.tv/report.php?SID=12564">この記事</a>のインタビューでも語られている）。</p>

<p>　たいてい、どこかの駅の改札前が集合地点に指定され、そこに集まった観客は、案内人に連れられて駅から歩いていく。一行が、その土地が秘めているドラマの要となるポイント、ポイントにさしかかったとき、少しずつ案内役がその場所の解説をしていく。その、解説が進む風景のどこかに溶け込むように、ダンスなどのささやかなパフォーマンスが行われていたりもする。</p>

<p>　解説の語りと、散歩のコースに寄り添うようにぽつぽつと進むパフォーマンスが、全体としてドラマを織り成していく。ポタライブは、だいたいそのように行われる上演だといえるだろう。</p>

<p>　ポタライブは、独特のしかたで、劇場無しで舞台を作る手法を開拓している。劇場を借りたり、維持したりする資金がなくても、いくらでも舞台は作れるし、いくらでもドラマは実現できるわけだ。<br />
　公的資金や行政からの支援を期待するまでもなく、劇的＝舞台的な創造性を発揮する余地を作ろうと思えば、いくらでも可能だということを、ポタライブは示してくれている。岸井さんに加え田口アヤコさんが作演出をはじめるなど、その活動は少しずつ広がっているが、これからますます、その意義は大きなものになりそうだ。</p>

<p><br />
*</p>

<p><br />
　さて、野外や市街地でのパフォーマンスということなら、既に様々な試みがなされていて、発想としては珍しくない。</p>

<p>　ダンスにおける<a href="http://www.trishabrowncompany.org/company_trishabio.html">トリシャ・ブラウン</a>をはじめ、今まで劇場の外でパフォーマンスを行う試みは様々になされてきただろうし、<a href="http://www.meredithmonk.org/monk/index.html">メレディス・モンク</a>も場所の特性を生かした野外公演を上演している。それら、劇場の外へ出ようとする様々な試みからポタライブが発想を得ていることは確かだろう。問題は、その発想を具体化し練り上げる手法があるかどうかだ。</p>

<p>　その点で、ポタライブには、一見何気ないが、しかし周到に計算された「作品化」の手法があることに注目しておくべきだ。「散歩」をベースにするコンパクトさ、観客も移動する視点の変化を効果的に舞台作品化する仕方、そして、歩いてまわれる範囲で場所に密着しながら、その地域の特性をドラマ化する手法において、ポタライブには他に無いユニークさがあると思う。</p>

<p><br />
*</p>

<p><br />
　舞台とは、視線が集中するように組織された場所のことであり、視線を集める演出にこそ舞台芸術の鍵があるとしたら、それは仮設であれ常設であれ、劇場という閉鎖空間をしつらえなくても様々な仕方で実現可能なことだ。</p>

<p>　その裏返しになるが、ポタライブにも舞台裏はある。観客は案内役に連れられて歩いていき、それにつれて視野が移動するにつれ、死角も移り変わる。その隙をぬって、出演者は観客の先回りをして視界の先にあらわれたり、視界の外に消えたりする。</p>

<p>　歩いていって角を曲がって、風景が開けたとき、そこに不意に出演者があらわれている。後ろから出演者が追い抜いていくこともある。からだを運び視野が動くこと自体が含んでいるドラマの可能性がポタライブでは時折見事に活用されるのだが、ドラマが実現されるために、筋書きをなぞる場面や演技の連続が必要なわけでもないわけだ。</p>

<p>　ポタライブにおいては、演技者が遠景のなかに置かれて、観客は遠くから目をこらすこともあるし、風景の片隅に演技者が立つことで、風景全体が際立つようなこともある。</p>

<p>　これは、「役者中心」「演技中心」的な舞台観からは出てこない、ドラマ的な動的造形の可能性だ。舞台の中心に立つことを特権化するのではない仕方で、多様に移り変わる関係の中に視線が結び付けられ、それが舞台を生み出し、様々に身体や事象が点在する風景そのものが舞台として造形されてゆく。</p>

<p><br />
*</p>

<p><br />
　ポタライブをジャンルとして語る上では、観客参加の問題なども欠かせない点だけれど、さしあたりそれについて細かく考えることは控えよう。とりあえずここで、先日行われたポタライブの第一作『源』の再演について語っておきたい。</p>

<blockquote>

<p>９月１8日（日）１9日（祝）　15時―16時 <br />
ポタライブクラッシック「源」　 </p>

<p>作・演出・案内　岸井大輔（劇作家：ポタライブ主宰）　 <br />
出演　木室陽一（ダンス：ポタライブ主宰） <br />
榊原純一（おどり） <br />
丹羽洋子（ダンス）</p>

<p></blockquote></p>

<p>　『源』では、作品の舞台となり作品を舞台とする風景そのものが、消えてしまうことになった。そのために緊急の最終上演が行われたのだった。</p>

<p>　『源』は、三鷹駅から出発して、浄水場の傍まで歩くコースを上演していくポタライブで、タイトルは江戸＝東京の水源地ということにちなんでいる。江戸時代の玉川上水をめぐる歴史の地層を掘り起こしつつ、三鷹市と武蔵野市の違いをめぐる話まで、様々な歴史的エピソードが案内役のナレーションによって語られていき、武蔵野市に特有の自然に満ちた公園の景色の中で、ダンサーたちが土地の記憶の結晶のように佇み、あるいは、踊り、秋口の陽光に照らし出される、その様子は限りなく美しかった（観客も出演者も、秋口の蚊の最後のあがきともいえる攻撃に悩まされもしたのだけれど）。</p>

<p><br />
　そうした散歩の最後の山場は、武蔵野市のはずれにかつてあった野球場へと中央線から分かれて通じていた旧国鉄の引き込み線跡だ。レールを外したあと、緑道のような公園として残された廃線跡は、その両側に散在する家々の庭のようでもあって、独特の佇まいを見せていたのだけれど、道路拡幅工事によってその歴史の痕跡は風景ごと消え去ってしまうことになったのだった。</p>

<p><br />
　『源』という作品は、少なくともその再上演可能性が消え去るという意味においては、その母胎となった風景ごと、消え去ることを余儀なくされてしまったわけだが、上演を通じて舞台となることで、消え去っていく些細な風景は、僅かの人々の間においてであれ、束の間生き直され、作品化され、つまり、形象化＝理念化されることにおいて、記憶に埋め込まれるものになった。</p>

<p><br />
*</p>

<p><br />
　あるいは、舞台というはかなさの鏡の中で、生活を織り成すそれぞれの身体もまた束の間のものであるということが、劇的に示されもするのかもしれない。</p>

<p>　演劇というものが、一面において、遠く、追悼儀礼に淵源するものだとして（ここでわたしは西郷信綱『詩の発生』所収の論文「鎮魂論-劇の発生に関する一試論-」を念頭においている）、ポタライブの舞台造形は、さまざまな場所に固有の光景に対する「喪」を許さないほどに忘却を強いるめまぐるしいスペクタクルの隙をぬって、観客のそれぞれに追悼的な認識を行う機会をひそやかに開いてくれるものなのかもしれない。そしてそれこそ、常に束の間のものにほかならないそれぞれの身体が要請しているはずのものかもしれない。</p>

<p><br />
*</p>

<p><br />
　ポタライブの上演はときどき、あまりに抒情的ではないかと思えることもあって、それは多分ポタライブが組織している「舞台」の構造そのものに関わる制約であるのかもしれないと思うこともある。その制約が身体器官的な要請であるにせよ・・・・『源』の上演で、長く続く廃線の名残の緑道の端を抜けて、既に拡幅している道路のあたりに出る前に通り過ぎた公園で、赤い服をきた出演者に勢い良く漕がれていたブランコが、数分間道路拡張計画の説明を聞いて折り返したあと、再び通りすぎる時には無人で揺れていたことがあって、その折り返して道を戻る先に、次のダンスは既にはじまっていて、揺れているブランコを横目に自ずと視線は元来た道を辿りなおしはじめているのだけれど、そうした一連の視線の動きが、何か劇的なものとして、脳裏に焼きついている。</p>

<p><br />
*</p>

<p><br />
さて、以下に公演情報を再掲載しておきたい。</p>

<p><br />
＊　＊　＊</p>

<p><br />
■吉祥寺編「泡」<br />
　　10月1日、3日、4日　13:30～15:00<br />
　　JR吉祥寺駅中央口改札前　13:15 待ち合わせ</p>

<p>■吉祥寺編「断」<br />
　　10月2日、4日、6日 　19:00～20:00<br />
　　JR吉祥寺駅中央口改札前　18:45　待ち合わせ</p>

<p>■広尾編「鯨より大きい」<br />
　　10月8日、9日、10日　15:00～16:30<br />
　　東京メトロ広尾駅1番出口方面改札前　14:45　待ち合わせ</p>

<p>◇横浜編「墓標」<br />
　　10月15日・16日　集合場所・時間未定</p>

<p>◇船橋編「青の反対色はオレンジだが、そんな恋は江ノ島の海<br />
に捨ててきたの」<br />
　10月22日・23日　17:00-18:30　<br />
JR船橋駅改札前17時待ち合わせ</p>

<p>■船橋編　「ふねのはなしは、ないしょのまつり」<br />
　　10月29日・30日 14:00-16:00　 <br />
JR船橋駅改札前14時待ち合わせ</p>

<p>■船橋編「ルーチン　ワーク」　<br />
　　11月3日4日5日6日　13:00-<br />
　JR船橋駅改札前　13時　待ち合わせ</p>

<p>■小金井編「かわあそび」<br />
　　11月12日13日　JR武蔵小金井駅改札前15時待ち合わせ</p>

<p>料金は■が2000円、◇が1500円です。</p>

<p>＊　＊　＊</p>

<p></p>

<p>予約問い合わせは、<br />
potalive@yahoo.co.jp<br />
または<br />
080-3444-4342<br />
で受け付けている。</p>

<p><br />
上のリストの中で私が見たことがあるのは「断」と「青の反対色は・・・・」の二本だが、「断」は吉祥寺の謎が一気に明らかになる名作。必見かつ必聴。「青の反対色は・・・・」は、海に向かっていくルートが楽しく、遠景のダンスが絶妙だ。</p>]]>
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    <title>りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピアシリーズ第三弾『冬物語　-Barcarolle-』</title>
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    <modified>2005-09-23T17:10:44Z</modified>
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    <created>2005-09-23T17:10:44Z</created>
    <summary type="text/plain">新潟の劇場、りゅーとぴあの製作による「りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピアシリーズ」も第三弾となりました。AUNでは吉田剛太郎氏と組まれている栗田芳宏氏が演出し、今回は出演もしています。このシリーズ、毎回東京でも公演しているのですが日程が短いためか、いまひとつ話題にならないような気がします。とても好きなシリーズなのでこちらにも紹介させていただきたいと思います。 りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピアシリーズ第三弾『冬物語　-Barcarolle-』&quot;...</summary>
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      <![CDATA[<p>新潟の劇場、りゅーとぴあの製作による「りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピアシリーズ」も第三弾となりました。AUNでは吉田剛太郎氏と組まれている栗田芳宏氏が演出し、今回は出演もしています。このシリーズ、毎回東京でも公演しているのですが日程が短いためか、いまひとつ話題にならないような気がします。とても好きなシリーズなのでこちらにも紹介させていただきたいと思います。</p>

<p><a href="http://tabla.cocolog-nifty.com/junrei/2005/09/barcarolle_32d9.html">りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピアシリーズ第三弾『冬物語　-Barcarolle-』"</a></p>]]>
      
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    <title>三条会組『ニセＳ高原から』</title>
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    <modified>2005-09-22T19:10:05Z</modified>
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    <created>2005-09-22T19:10:05Z</created>
    <summary type="text/plain">　九月のこまばアゴラ劇場は、五反田団・三条会・蜻蛉玉・ポツドールによる『ニセＳ高原から〜『Ｓ高原から』連続上演〜』が話題を呼んでいます。Wonderlandでも皆様たくさんのレビューをアップされていて、非常に賑々しい。一ヶ月という長い公演時間が、『S高原から』の劇時間に何となく重なるような気分に陥ったりもして。全体は二十七日まで。三条会組は残すところあと二回（九月二十四日、二十六日）です。...</summary>
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      <![CDATA[<p>　九月のこまばアゴラ劇場は、五反田団・三条会・蜻蛉玉・ポツドールによる<a href="http://nise-s-kogen.com/">『ニセＳ高原から〜『Ｓ高原から』連続上演〜』</a>が話題を呼んでいます。Wonderlandでも皆様たくさんのレビューをアップされていて、非常に賑々しい。一ヶ月という長い公演時間が、『S高原から』の劇時間に何となく重なるような気分に陥ったりもして。全体は二十七日まで。三条会組は残すところあと二回（九月二十四日、二十六日）です。</p>]]>
      <![CDATA[<p>◎絶対の時間を超えるために</p>

<p>　平田戯曲を三条会が上演するという出来事は、たとえば普段の方法論からも対立項を読み込まれざるを得ないだろうし、「現代演劇」という意味合いでも大きな興味の対象となる。言語性や物語性を外縁から囲み、中心から貫く三条会の肥沃な演劇的土壌に、平田オリザ『Ｓ高原から』という「静か」ながら強固な台詞劇の種子を蒔く。そこに花咲き実を結んだ三条会組『ニセＳ高原から』とは、一体どんな舞台だったのか。“Do-Re-Mi”から”Edelweiss”まで、「高原」で結ばれた”The Sound of Music” との光溢れるコラボレーション。そして、Smetana”Moldau”——雄大な河の流れを称える荘重な交響楽にも付与される時間のイメージ。「三条会」ではなく「三条会組」としての登場は、あらゆる状況を孕んで冒険的であり、『若草物語』、『メディア』から連なる新しい三条会の演劇を感じさせるに十二分の逸品であった。</p>

<p>　『ニセＳ高原から〜『Ｓ高原から』連続上演〜』において、テーマともモチーフとも呼べる、平田オリザ『Ｓ高原から』が共通のフォーマットとしてある。原作に筆を入れアレンジを施し、何よりも脚本段階でそれぞれの世界観を構築する三劇団に対して、台詞に手を加えない三条会の仕方には、これまでギリシア劇や三島戯曲、近代文学などを扱ってきたとほぼ変わらぬスタンスが窺える。三条会にとっての平田戯曲とは、前記の作品群と並べると大きく性格の異なる類の作品に見えるけれど、「三条会」という演劇集団を軸に据えてそれらを見渡したとき、距離感は同様、自らの意図を戯曲（台詞、物語）に投影することなしに、舞台上に表現されるものとしてのみ作用する。極端なもの同士をどちらも受け容れ、両立させる。平田戯曲の言語性と、三条会の存在感といった両者のズレは自ずと顕れるだろう。</p>

<p>　もう一つの基盤として不動の存在を示すのは共通の舞台装置——正方形に並べられた四脚の赤い長椅子、中央のガラステーブル、その上の呼鈴、観葉植物など——であり、いずれも作品の世界、即ち「サナトリウムの面会室」を舞台に、「死」をめぐる物語が展開されることの前提条件である。人物の行為ではなく、「場」の性格と、そこに流れる時間そのものがドラマであり、如何なる事件が起ころうと表情を崩さない。永遠に続くかにみえる時間の反復・円環にあって、変化を起こし得る可能性を秘めるのは誰かの「死」だろう。しかし、その死ですら少なからず前提として容認されている以上、淡々とたゆたう時空に同化せられてしまう。婚約破棄が、他患者の死が、男女関係のいろいろが、また『風立ちぬ』についての議論が懸命にされようとも、一切は劇的な萌芽に発展することはなく、ゆっくりと流れつづける長く無稽な時間の些末な通過点として、サナトリウムの時・空間が常に相対化していく。患者も、世界を支配する法則の一つとして死に至る流れを受け容れている。受け容れようとしている。そこではサナトリウムという「場」と「時間」自体が主役となる。サナトリウムの人びとの感じる、あるいはそこに流れる時間——「下」と比較される半年の長さなど——、リズムのない、連綿とした時間を繰り返す虚構の日常、与えられた自由による時間感覚の喪失。すべてを強制的に押し流し、それは否応なしに刻一刻と進む、「死」の風であるかも知れぬ。自己は「三週間もいたら」飲み込まれてしまう。意識できるのは黒百合やアザミが咲いたといった自然界の時間である。病が人間の時間・行動を制限し、限定された空間に無制限な時間が流れる。それが、原作『Ｓ高原から』の世界なのだった。</p>

<p>　三条会組『ニセＳ高原から』の表面上には、一見過剰とも云える存在感が横溢し、『Ｓ高原から』的な一切は背後にうっすらと浮び上がらせられる。舞台上を流れる風は、一度の例外を除いては、常に下手から上手への一方通行である。入り口から病棟へ。冒頭では医師、松木義男（岡野暢）が下手から上手へと幾度となく横切り、ループする日常的な時間を約束事として視覚化する。松木は終幕近く、藤沢知美（寺内亜矢子）に追われ走り抜ける。他の人物も走る。それまで人物の移動は舞台の後方にほぼ終始していたが、手前の椅子の上をドタバタと駆け抜ける。幕切れに向かって、劇時間は加速する。関美能留は、時に走り、時に立ち止まりもする個々の人物の主体とは別に、等速で一方向に進む客観的な時間軸と、その上を大きく波を描いて交差しながら進むもう一つの時間世界を描きだした。それは時間だけに止まらず、書かれた台詞（＝言葉）と舞台上に顕れる演劇的表現の関係でもあったと云えよう。</p>

<p>　「現代口語」的話法から、「強く、速い」三条会特有の台詞術まで、乱発される「どうも」など、極めて抽象度の高い平田戯曲の台詞が様々の位相で語られ、また歌うはずのない、躍るはずのない戯曲で歌い躍る俳優の身体が放出する、過剰且つ豊かな「音」世界が、逃れようもない戯曲の基調音として横たわる「死」——狂騒の陰に、「死」へと向かう静けさを逆説的に暗示する。俳優・照明・音楽のボリュームが、水面下に何かを感じさせる。人物の興味は内へ内へと集約されている。舞台上に見える景色としては、中央に置かれた呼鈴に対する異様なまでの執着であり、その一方で外へ外へと広がり広がる衝動が、俳優の身体を突き動かしている。面会室での話題には、積極的な回復の発言はほぼない。殆どが誰かの「死」という結末であり、ここでは他人の死すら円環の中の一通過点でしかない。病気や死を語るのは「言葉」でなく、流れる時間と場の性格によってである。笑いによる病の治癒効果なども昨今頓に交される議論の一つであるようだけれど、幾度となく爆発する哄笑は、「死」のイメージが浸す時・空間に対抗する「生」の意思表示でもある。死と向き合わざるを得ない人たちの生に対する衝動。絶望の果ての明るさ。高原をかける、最後の夢——。</p>

<p>　療養所の秩序立てられた時間は、三条会組の舞台において、あるとき突如として混沌の中に投げ出され、断絶する。わかりやすい具体例を挙げてみよう。ジュースを頼まれた看護人の川上（久保田芳之）が四つ並べたジョッキにジョウロから水を注ぐ。その間、それまでの会話は中断され、一同、川上の行為を凝視する。ゆるゆると流れる連続的時間は断ち切られ、間隙にグイと押し広げられた一瞬の時が拡大、挿入される。そして何事もなかったように時は動き出す。対話や言葉からではなく、人物の行為・行動を通して均一な時間に対するフェイクがかけられ、生の光量をあげる。また西岡、前島、吉沢兄妹の対話場面では、榊原毅（西岡隆／吉沢茂樹の二役）、大川潤子（上野雅美／前島明子／吉沢貴美子の三役のうち、ここでは雅美、貴美子の二役）の二人が繰り広げる言葉、そして声の鬩ぎ合いに強力な磁場が発生する。時にスピーディな落語とも思わせる、「二人同時一人二役」は、行為としては過剰この上ない。平田オリザ『S高原から』は、噂を介して、孤立する人びとの関係性が紡がれていた。死へと収斂され、様々な情報を無化するサナトリウムの時・空間では、話されている内容よりも、誰が、どのように意思疎通を図るかということが問題になる。言葉は何を伝え得るか。平田オリザが言葉においてそれを乗り越えようと試みたとすれば、その意味で、平田オリザと関美能留の求めるものは、遠くないのではないかという気もする。関美能留はそうして書かれた言葉に、逆に過剰な行為をぶつけ、『S高原から』という時間と場が示す内容自体よりも、表象のされ方を問題にする。書かれた言葉そのものが過剰なのではない。誰がどのように、そのことについてしゃべり、どう伝わるか。鎮静化された台詞を語る俳優に過剰な行為を課すことによって、主体的な人間の在り様が描かれていた。</p>

<p>　関美能留の言語外表現の手腕は新たな出会いによってレンジを広げた。水平に歩む平田戯曲の言葉の世界と、垂直に起る、存在そのものが雄弁である世界。それらを束ねる編集感覚の妙は屈指である。眼に鮮やか、耳にも愉しい。また幾層にも重ねられた仕掛けに笑いながら、うっとりと劇宇宙に身も心も委ねることだってできる。言葉や感情とは無関係にも見える身振りや台詞回しは、むしろその差異によってわたしたちの心に強く迫るのである。これまで一晩限りの舞台が多かった三条会にとって、連続ではないにしても一ヶ月以上の公演期間という長丁場自体が、特殊な時間でもあった。『S高原から』という劇時間が、三条会の現実時間に作用したと考えてみてもおもしろい。時間が既に、絶対のものとして視聴覚化されているその上に、何を置いていくのか。時間を超え、空間をも超えてそこにいる、夢幻のごとき俳優たちの、誰憚ることのない笑声と、その直前まで対象に注がれる眼差しには慈愛をさえ感じる。たとえば佐々木久恵（舟川晶子）が村西（中村岳人）に、大島良子（立崎真紀子）の結婚話を告げる場面。本来であればそこにいるはずのない人物たちが舞台上に残り、佐々木・村西の対話を注視、悪い報せに混乱する村西の返答ひとつひとつに劇しい笑いを以て応ずる。決してリアルではない。しかし舞台全体が織りなす滑稽と悲哀が一入も二入も深まり、胸を衝く。俳優たちが何かを食い入るように見つめる表情、緊張が弾けるまでの空白の「待ち」時間。わたしたちをどうしようもなく支配し、反面、まるで無関係のように在る絶対の時間は、伸縮する劇空間によって一瞬、壁を破られた。死の恐怖とは、誰かの死など一切関わりなく、どこまでも続くであろう現世の時間にある。余人は知らず、少なからずそう感じる筆者にとって、たしかにそこには救いがあった。（後藤隆基／2005.9.19／こまばアゴラ劇場）</p>

<p><br />
</p>]]>
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    <title>劇団アランサムセ「アベ博士の心電図」</title>
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    <created>2005-09-19T10:10:24Z</created>
    <summary type="text/plain">今年で結成十六年目だそうです。 商業的な面を視野に入れ始めたということで、変革を楽しみにしています。 アリス･インタビューと合わせてご覧ください。 おはしょり稽古より「謳いあげるよりも感じてほしい」...</summary>
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      <![CDATA[<p>今年で結成十六年目だそうです。</p>

<p>商業的な面を視野に入れ始めたということで、変革を楽しみにしています。<br />
<a href="http://www.tinyalice.net/">アリス･インタビュー</a>と合わせてご覧ください。</p>

<p><a href="http://ameblo.jp/oh-hasyorillesson/entry-10004415638.html">おはしょり稽古より「謳いあげるよりも感じてほしい」</a></p>]]>
      
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    <title>仏団観音びらき「女殺駄目男地獄」</title>
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    <modified>2005-09-19T09:50:10Z</modified>
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    <created>2005-09-19T09:50:10Z</created>
    <summary type="text/plain">新進気鋭の関西の劇団。 女が殴られるシーンなのに、どうしてこんなに可笑しいんでしょう。 おはしょり稽古より「現実は直視してナンボです」...</summary>
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      <![CDATA[<p>新進気鋭の関西の劇団。<br />
女が殴られるシーンなのに、どうしてこんなに可笑しいんでしょう。</p>

<p><a href="http://ameblo.jp/oh-hasyorillesson/entry-10004413504.html">おはしょり稽古より「現実は直視してナンボです」</a></p>]]>
      
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