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February 17, 2005

こまつ座 『円生と志ん生』

◎ユートピアのゆくえ

 こまつ座にとっては『兄おとうと』(2003年)、井上ひさし自身にも『夢の泪』(新国立劇場、2003年)以来凡そ二年ぶりとなる新作は、二人のはなし家がその興行途中、敗戦直後の満州大連に閉じこめられた六百日間の道行を描いた『円生と志ん生』。五年前から構想をあたため、初日を二月五日に控えた一月二十七日に脱稿したという今作。前評判は相も変わらず頗る好調、前売完売も毎度の事ながら周囲の期待は否が応にも高まる。無事に、かどうかは舞台裏のこと、「遅筆堂」を支えるスタッフ一同の苦労は推して知るべしと云ったところだが、兎にも角にも初日の開幕ベルは紀伊國屋ホールに響き渡った。

 表題の通り、大枠は六代目三遊亭円生と五代目古今亭志ん生という戦後日本文化を担う二人の落語家を題材とした、従来の括りで云えば「評伝劇」の体裁をとる。歴史を虱潰しに調べ尽くし、微に入り細に入った膨大なる資料のほんのわずかな間隙を持ち前の想像力でグイと押し広げたところに、井上評伝劇の劇的宇宙は生れる。かつて『人間合格』(こまつ座、1989年)で太宰治の小説技法を戯曲化してみせ、また『連鎖街のひとびと』(こまつ座、2000年)では新劇や大衆演劇、軽演劇の台詞や結構を規範と仰いだ。上記の作品に限らず、井上戯曲には数ある「演劇」の様式そのものが台詞劇として顕されるが、『円生と志ん生』には「落語」の風味が大いに盛り込まれている。舞台には終始「舞台上の舞台」という可能性、落語のスタイルを示唆しつづける座布団に似た四角形の盆が置かれ、劇空間の基軸となる。おなじみのピアニストが寄席太鼓を鳴らすと、円生が高座の態で時代背景をおもしろおかしく語りだす。中途で志ん生が座布団担いで現れれば、観客は先ず第一場自体が『円生と志ん生』の枕であることに気づかされるのだ。そしてそれは終幕に至るまで劇を支配する約束事となる。

 三場の冒頭で或る曲がラジオから何気なく流れたとき、不覚にも落涙しそうになってしまった。胸にこみあげるものがあった。その曲とは石谷一彦作曲『小さな公園』。『連鎖街のひとびと』の劇中歌である。『円生と志ん生』が『連鎖街のひとびと』の延長線上にあることは云うまでもない。昭和二十年、つまり「あの」年の八月末の大連を舞台にした『連鎖街のひとびと』と、ほとんど時を同じくして『円生と志ん生』の舞台は設定されている。円生、志ん生二人が朝の寝床で聴くラジオからこの歌が流れ、その後、物語の進展に併走する形で「連鎖街」の話題が登場人物の口にのぼれば、『円生と志ん生』という物語の向こうに「連鎖街のひとびと」の姿がありありと浮かぶ。伊勢町の日本館から少し離れた連鎖街の今西ホテルには、片倉、塩見という二人の劇作家が、一彦やハルビン・ジェニイらが。さらには大連に閉じこめられ、帰りたくても帰れない多く日本人がいる。同じ思いを抱く人たちがそこに生きている。円生と志ん生は片倉と塩見の別の形象として舞台に現れていた。日本館の一部屋から、一曲の歌によって劇世界が一気に拡大される。同じ時を、同じ気持を、違う場所で様々の人が生きているという共生感覚。それはたとえば別場において、文化戦犯に指定された円生と志ん生が「これで巣鴨に入れる」と狂喜乱舞する場面にも明らかだろう。すなわち「巣鴨」とは「巣鴨プリズン」であり、『夢の裂け目』が、『夢の泪』が、『紙屋町さくらホテル』が次々と見えてくる。人は、自分と何かしら具体的な関わりを持つときにはじめて相手の存在を認めるのであって、以外のときにはたとえ壁一つ向こう、いやすぐ隣に坐っていたとしても、互いは別世界の住人であり、それは不在と同質でさえある。井上ひさしの演劇は、「昭和」「日本」を糧としながら観客の想像力のうちに何処までも広がっていく世界観に真骨頂がある。それも時代や歴史を賢しらに押しつけるのではない。基盤にあるのは、いまわたしたちが生きているこの瞬間、別の場所でも誰かが生きており、直接に関わることはなくとも、時代という大きな物語を背負って底辺でつながるという、至極単純な一事に他なるまい。しかし、はなし家の評伝劇、また「大連」の連作という趣向を身にまといながら劇世界を支える核は、大きな宗教劇としての側面である。

 かつて満州国は大日本帝国によって理想国家として建設された。その表玄関であり、神社仏閣、教会から遊郭まで、あらゆる施設が整備され、市街中心の広場から放射線状に広がる大連は、内地の日本人には夢溢れる街、人工のユートピアだった。『ひょっこりひょうたん島』にはじまり、『吉里吉里人』などを経て常に「ユートピア」を探しつづけている井上ひさしにとっても、大連はこの世に実在した「夢の街」だった。井上芝居では「場」の設定が重要視される。その点において、「大連」は恰好の「場所」である。しかし、円生と志ん生が駆け回る大連市のあちこち、それこそ教会から遊郭、街外れの廃墟や井上戯曲には珍しい電信柱が一本立つばかりの道端という各場は、地獄とさえ呼ばれる夢の墓場、覚まされた夢の跡である。四人の女優が各場で女郎からシスターまでを演じ分ける趣向も秀逸である。中でも修道院の屋上で繰り広げられる圧巻の九場には、シスターとはなし家という「聖」と「俗」の対比とともに、「笑い」とは何かという究極の問題が提示される。
 
 「兄さん(=志ん生)」と「松っちゃん(=円生)」から、不条理劇で有名な「ゴゴ(=エストラゴン)」と「ディディ(=ウラジーミル)」を連想することは安直な深読みかも知れない。しかし、ベケットの静止、不動というモチーフを一身に受ける例のふたり組に対して、円生と志ん生はひたすら動き回る。移動しつづける。羽衣座で役者をしながら身を立てる円生と、死んだふりをするかのように街々を浮浪する志ん生。聖書の教えと小咄がことごとく符合し、シスターたちに救世主と勘違いされた挙句「偽者の救世主」とまで云われる志ん生だが、「ゴドー」というわけのわからないもの、もしかしたら運命のようなものを待つばかりではなく、世界が悲しみに満ちているならば「すてきな」悲しみに変えてしまう心の強さを、はなし家の、「笑い」の役割と求める。自分たちのいるその場所を幻想でない「ユートピア」にしなくてはならない。夢破れ、ロシアの侵攻に晒されている地獄にも似た大連の地でこそ、それが諒解されるのだ。「笑い」を以て現実世界の困難を超克せんと試みつづけてきた井上ひさし流ユートピア論の一つの解が、ここにはある。『円生と志ん生』は『ゴドーを待ちながら』に対する反歌のような性格を有する、とは些か穿った見方だろうか。ともあれ、「聖書」も「三代目柳家小さん集」も、この世という「涙の谷」を越えるための標である。落語家の口を借りて、「笑い」とは「人間であること」「生きること」と同義であることが語られる。そして観客参加型の大仕掛けに大いに腹筋を鍛えていただきたい。観客参加といって、客席におりたりだとか、はたまた観客が舞台にあがったりだとかいうように直接的な舞台と客席の交流が行われるわけではない。俳優の演技に対する観客の反応から舞台効果が高まり、「間」の操作によって観客との関係を濃密にしていく手法には劇場が寄席と化すような錯覚をさえ覚えた。

 近年の作品では作家や歴史的事件を題材にとったためか、歌や踊りを用いる巧みな結構ながら、説明や主義主張が耳に強く響くこともあった。しかし、饒舌を口立て式の対話や落語という「形式」のうちに織りこみ、また本当に、歌が台詞以上の役割を担う。それらは新劇という現代演劇の或るスタイルにおける台詞の在り方、語り方に一石を投じたとも云えるだろう。と、いろいろ愚言を並べたててみたものの、どうも『円生と志ん生』は旧来の井上戯曲とは景色が違う。先行芸能から様式を育み、「大衆芸術」とさえ呼ばれる落語からの視線は、「むずかしいことはやさしく、やさしいことはおもしろく」というこまつ座の理念に沿った上で、また新しいスタイルを発見した。奇妙な余韻残る幕切れとも併せ、井上戯曲を総括した際に問題作とさえ見えると思うのだ。そしてそれを見事に視聴覚化した鵜山仁の演出も特筆すべきだろう。(後藤隆基/2005.2.12)

Posted by : February 17, 2005 11:40 AM | Trackback
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