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March 08, 2005

劇団印象「幸服」

 劇団印象の第3回公演「幸服」が横浜のSTスポットで開かれました(2月10日-13日)。慶応大出身者らが2003年に旗揚げ。当初は言葉遊びを多用した野田秀樹風のスタイルを採用していたが、昨年11月公演から「言葉にこだわった『エッチで、ポップで、ドキュメンタリー』な芝居でオリジナリティーを確立すべく奮闘中」だそうです。
 今回の芝居は父親と息子、それに父が通うバーのホステスがアパートの一室で展開する密度の濃い会話劇と言っていいのではないでしょうか。

 スタッフに友人がいるらしい「Sharpのアンシャープ日記」は「日曜日の夜6時からの開演だったのだが、もうすぐ『サザエさん』が始まるだの、7時から夕飯を食べ始めるのに献立は何にするだの、表面的にはリアルすぎるほどにリアルな日常生活の中で時間を進行させつつ、その根底で、通奏低音のように、家族とは何か、個人のアイデンティティとは何か、という問題を深く掘り下げていく」と書いています。

 舞台はアパートの一室。壁一面に女性の下着が飾られています。父親は女装が趣味。そのせいか母親と別居(離婚だったかな?)しているけれど、息子と同居している。そのアパートに、父がよく行く女装バーのホステスが姿を現すところから舞台が始まります。
 父と子、男と女、客とホステスという3層の関係が濃縮された空間に描かれるのですが、衣装を媒介とした「性」と「生」がいやでも浮かんできます。

 舞台の実際はどうだったか。劇団印象の主宰者鈴木厚人さんが個人ブロク「ゾウの猿芝居」サイトに「酷評から学べること」というタイトルで次のように書いています。

テーマがわからなかった、というアンケートも多かったのですが、
わからないこと、難しいことが問題なのではなく、
わからないけどわかりたい、と思わせられなかったことが問題で、
わからないが面白い、と思ってもらえなかったことが問題なのだと思います。

わからない、と言わせてしまったら負け。
面白い芝居は、わからなくても面白いし、
わからないことを忘れるぐらい面白いものだから。


これはその通りでしょう。唐十郎の芝居はその典型ではないでしょうか。あとでよく考えると荒唐無稽な筋書き、矛盾する仕掛けに気付いても、劇場で見ているときは放射する強烈なエネルギーに圧倒され、劇世界に引き込まれ、気が付けばはるか遠くまで飛ばされてしまうのです。

意味を説明するのだとしたら、 幸福のメタファーとして、幸服を配置し、 孤独のメタファーとして、空腹を配置しました。 (hangerとhungerは別にかかっていない) というのは、現代における空腹とは何に対する空腹なのか、 物質的にはいつも満腹だけど、 精神的にはいつも空腹である、 それは孤独がより一層、重みを増しているからではないのか、

そして、今思えば、そこが描き足りなかったのですが、
孤独になることが幸福か、
孤独を埋めることが幸福か、という対立を見せたかった、
ゆえに、
孤独な人間が家族を食べて、空腹と孤独を埋める、
そのことを腑に落ちるように描く演出力、脚本力が及ばず、
わからない、と言わせてしまっているのだと思います。
また、一人の人間が家族を食べてしまうまでのバックグラウンドが、
見えてこない、そこが「私の中では落ち」なかった原因だと思います。


 そこまでの射程があったとは気が付きませんでした。「父子相克」の末の「父子同根」が、この芝居の着地点に用意されています。それがまた、家族や孤独や空腹と絡んで重要なポイントだというわけです。おそらくその辺を実感できるかどうかに、公演評価のカギがあったように思われます。

Posted by KITAJIMA takashi : March 8, 2005 11:40 PM | Trackback
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