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June 07, 2005

新国立劇場 『箱根強羅ホテル』

 前作『円生と志ん生』から三月、早くも井上ひさしの新作が新国立劇場中劇場に御目見え。例によって、と言ってしまえることがもはや「事件」なのだけれど、遅れはともあれ、その筆力には脱帽の一語。さて肝心の作品は、といえば、おそらくは「昭和庶民伝」から「東京裁判三部作」へとつながる系譜を引きながら、歌と笑いの機能を練りあげ、高めていった秀作。作家の熟成を感じさせる一本である。

 昭和二十年。箱根強羅ホテルにソ連大使館を再疎開させる動きが持ちあがり、それにあたって従業員が集められる。近眼・やぶにらみ・幼少の事故と、さまざまな理由で眼に不自由を持つ男三人、図書館員、戦地帰りの植木屋に女子工員たちが担うは靴みがき係、アイロン係、洗濯係、植木係…。外務省の思惑は、ここ箱根強羅ホテルを舞台にしてモスクワルートの和平交渉を進めること。やがて、和平交渉派と、軍部本土決戦派との駆け引きが展開していく。

 心理的な意味/主題としても、また舞台に具象化される仕掛けとしても、『箱根強羅ホテル』を読み解く上での重要な鍵言葉は「見えない」ことである。「見える」と思っていたことが「見えない」。よく見れば見えたはずのことが見えていない、あるいは見ようとしない。全体を包み込む「○○、じつは△△」式の二重構造は、最たる例証といえよう。新国立劇場のシリーズ「笑い」における最大のハイライトともいうべき第二幕冒頭、スパイの正体が次々と露見していく場面では、それが笑いの文法として活きた。「見えていない(=ばれていない)」と密談をつづける彼らの背後に人が集まり、万事発覚、お手上げへとなだれ込む絶妙なテンポは手練手管を知り尽くした作者ならでは。それらをすべて覆う観客の視線までもが一つの劇構造に組み込まれ、舞台と客席の交感により構築される劇的宇宙が見事に炸裂した。

 軍部の作戦にも笑いのペーソスは横溢する。「海軍マムシ作戦」や「H弾・H剤」をはじめ、珍妙な作戦が陸海軍によって語られ、笑いを呼ぶ。アメリカ軍の艦砲射撃を防ぐために陸軍本隊を海岸線から40キロ、山梨にまで後退させ、「これなら砲弾も届かない」と高笑いする軍部の「秘策」はもはや笑い話。状況しだいでは、天皇を長野、朝鮮、満州へと移し、「陛下のいるところが日本なんだよ」とあくまで戦う、そうすればそのうち敵も飽きて引き分けになるとのたまうなぞ噴飯物である。がしかし、「作中に登場する本土決戦用の珍作戦は、すべて実在したもので、作者が勝手に捏造したものではありません」という注が振られているように、一切が紛うことなき事実。冗談としか思えない作戦が、大真面目に考えられ、それを心底信じていた。大真面目に、そして誠実に、それが何より切ない。現代を生きるわたしたちの地平から見れば、「馬鹿」なことである。いま本気でそんなことを考えている人がいたならば、間違いなく精神病院にでも入れられるだろう。けれども、そうすれば勝てる、大丈夫と信じた人びとがいた。「国」を思う気持は、その仕方の差異こそあれ、変わらないにしても、「信じることと冷静に分析することは別のもの」という一言に尽きるわけだ。

 信念や希望は時に人を盲目にさせる。「勝てるはずだ→勝てるかもしれない→勝てる→勝つ!→バンザイ!!」という「手前勝手の四段活用」を駆使して、人は生きる。スパイ三人衆が眼を病んでいた(振りをしていた)ことも、見える/見えないことのメタファとなろう。しかし、目が曇っていたのは果たして戦中に限ったことだろうか。井上ひさしは、戦後、目をつぶって、今なお過去を見ようとしない日本人を、絶えず言及してはこなかったか。ロシア人学校の生徒たちが書いた作文、「忘れられない光景」が、それぞれの瞳に刻み込まれている。「記憶の畑を耕そう 時からこぼれ落ちる一瞬、の、光景集」。かつて「時代と記憶」をテーマにした小劇場での新作五作品連続をつなぐコピーである。記憶しつづけること。それはしっかと見ることであり、また、歌うことでもあった。

 劇中歌は相も変わらず秀逸である。宇野誠一郎はもちろん、チャイコフスキー、ベートーヴェンからリチャード・ロジャースまで、日本語詞を西洋の旋律に乗せる業はお手の物。リチャード・ロジャースの "The Girl Friend" から生れた『まかふしぎなパジャマ』は、少女の喜びと安らぎを歌う佳曲である。また、姉弟の二十五年ぶりの再会を演出した『鬼ヶ島の子守唄』にみられる、歌による記憶の共有。『暗号歌』は笑いとともに「軍部」という特殊な所属を確認する。『勝利の日まで』は、身分・立場・思想の違う人びとを、「一億総心中」へと収斂される「日本国民」としての共同体意識につないだ。それはあたかも「天皇陛下」の一言に姿勢を正すように。井上戯曲における「歌」は、メッセージ色の強かった近作に対して、感情の高まりや、意識に訴えかけるものが増えていた。ドラマ・ウィズ・ミュージック(=音楽を伴う演劇)」を旨とする井上芝居の熟練スピードには目を見張るばかりである。

 今作の最大の功労者は梅沢昌代である。と思わず言い切ってしまったが、後悔はしていない。彼女なしに、『箱根強羅ホテル』は井上作品として最低限のラインを超え得なかったと言って過言ではあるまい。この劇に主人公(のようなもの)がいるとするならば、麻実れい演じるロシア語教師、山田智恵子だった。日本人(こちら)とロシア人(あちら)との混血(半々)である彼女は日露関係の楔となるよう位置づけられていたし、また、劇中歌も多くソロパートをあてがわれ、劇の中心として屹立すべきだったろう。しかし、井上作品初出演に加え、台本の遅れによる稽古の不備など、もう少し時間があったらな、仕方ないのかなとつい思ってしまう事情は鑑みた上で、舞台に立つだけで凛とした空気を放つ風格は流石ながら、やはり台詞がぼやけ、対話に勢いが足りない。逆に、梅沢昌代は井上作品の常連も常連、こうした状況は幾度もくぐり抜けて来た経験もあるにしろ、緩急自在の台詞術、他俳優との連携を巧みに主導し、劇空間を縦横に疾駆する。梅沢昌代の身体のリズムは、井上芝居のリズムに本当によく似合う。俳優と作品の幸福な出会いとは、こういうことを云うのだろう。ただ、少しばかり「よ過ぎた」ものだから、麻実れいを食ってしまったことは否めない。二人の絡む場面では多少抑えた印象もあったが、全体として、完全に劇の軸になっていた。バイプレイヤーが主役以上に輝いてしまう、それはそれで問題なのである。けれども、段田安則ら巧者も光り、また新境地を開拓した感のある内野聖陽も好演、中劇場の広い空間を、何とか調和させることに成功していた。

 井上ひさしは、「あの」ラジオ放送を境に変転する「日本人」の姿を描きながら、「1945.8.15」という刻印を舞台に乗せない。そこに至る「オキナワ/ヒロシマ/ナガサキ」を悲劇の現場として用いない。これまでの作品では、幕切れのその先に暗示される登場人物の運命は決して明るいものではなかった。希望は示唆されながら、常に、不安や不吉さが立ち込めていた。けれども、『箱根強羅ホテル』には、必死で生きていく人びとの光がある。前線へ飛ばされシベリアに送られた稲葉陸軍少佐、任務中に負傷し軍の病院に入院した岡陸軍軍曹と三浦海軍少佐、進駐軍にくっついてジープに乗り込んだ三人娘…。明るい未来ばかりではないにしろ、前向きに生きる術を得た登場人物の笑いによって幕は下りる。それをよしと見るか否か。観客の胸にのみ、答えは在る。(後藤隆基/2005.6.7/新国立劇場 中劇場 [PLAYHOUSE])

Posted by : June 7, 2005 11:37 PM | Trackback
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