11月1日から新サイトに移行しました。URLは下記の通りです。リンクしている場合はURLを差し替えていただくようお願いいたします。

http://www.wonderlands.jp

June 17, 2005

ジャブジャブサーキット「成層圏まで徒歩6分」

 劇団創立20周年記念公演・第1弾で第42回公演。名古屋、東京公演が終わり、大阪公演は6月末から7月初めの予定。ジャブジャブサーキットの芝居は何度か見ていますが、いつも平均以上の出来栄えなので安心して出かけることができます。SFっぽい話でも、現実世界との緊張感をオーソドックスに舞台に載せられる劇団という印象でした。今回はどうでしょうか。

 いつも変わらず活発にレビューを掲載している「しのぶの演劇レビュー」サイトによると、「舞台は天文台に隣接する“成層軒”という名のレストラン。天文台の持ち主である天文学者の森迫教授が急死し、助手の雨月(咲田とばこ)がその後を受け継いだが、町内では天文台の取り壊しが検討されるようになっていた。レストランを経営する夫婦(岡浩之と中杉真弓)と近所の和菓子屋の主人(小山広明)らは、天文台を立て直そうと策を練っている。そんな折、法律事務所の職員だと名乗る女(高木美千代)が訪ねてきて・・・」というお話です。

 「しのぶ」さんは「いいお話でした~・・・前作同様、優しいセリフにほろりとさせられ、よく練られた謎解きも楽しかったです」と書いています。
 ただ不満も。「役者さんの演技と演出の力が脚本に追いついていないため、作品の本当の魅力を伝えることができていません」と述べています。

 この辺は「観劇の日々」サイトのしおこんぶさんも「役者の空気に一体感がないので、作品全体のまで中途半端に感じてしまった」と惜しんでいます。しかし「ラストシーンはちょっと難解だったようにも思う」けれど「ミステリー風の謎解きが沢山あって、次々と解決されていくあたりはとても面白い」と作家の力量を認めています。

 はせさんの作品に対する評価はおしなべて高いようですね。「しのぶ」さんは最後に「『ニセS高原』(平田オリザさんの戯曲を4人の演出家が演出)みたいに、はせひろいちさんの戯曲を色んな劇団で上演する企画とかあったら嬉しいな」と書いています。そういう目利きのプロデューサーが現れないものでしょうか。


[上演記録]
ジャブジャブサーキット劇団創立20周年記念公演・第1弾
第42回公演「成層圏まで徒歩6分」

名古屋公演@七ツ寺共同スタジオ(5月18日-22日)
東京公演@ザ・スズナリ(6月10日-14日)
大阪公演@ウイングフィールド [ウイングフィールド提携公演] (6月29日-7月3日)

 作・演出:はせひろいち
 出演  小山広明 岡浩之 咲田とばこ 荘加真美(T) 中杉真弓 小関道代
      高木美千代 永見一美 小島好美(T) 千頭麻衣(T) 他
    (T)はトリプルキャストです。
    名古屋はトリプルキャスト。東京は荘加と小島、大阪は荘加と千頭が出演予定。

Posted by KITAJIMA takashi : 02:52 PM | Comments (6) | Trackback

June 15, 2005

しずくまち♭「穴ヲ食ベル」

 芝居者と音楽家の表現ユニット「しずくまち♭」の公演「穴ヲ食ベル」が麻布die pratzeで開かれました(5月19日-23日)。2002年に改名していますが、前身の劇団から数えると、活動歴は14年にもなります。公式サイトには「半音下がった視点から / 物語を言葉として音として立ちのぼらせて行く / 想いが液化する瞬間……感情の露点を私達は描きます」という言葉が載っていました。

 「#10の観劇インプレッション」サイトの「#10(ナンバーテン)」さんによると、「すべての女性が死滅し、残った男達は不老となった世界。ダンディズムに生きるよすがを見出した男達は、失われた女の記憶を取り戻すために女と子供を“造った”。彼女たちの出現によって男達は少しずつ変わっていく」という物語です。

 さらに「女のいない世界の男達を女優が演じ、造られた女を男優が演じる少々奇妙な舞台。最初は滑稽だったが、不思議なものですぐに見慣れて、シリアスな場面でも違和感なく観られた」としたあと、「奇抜な設定の世界でややベタな展開、そして少々意外なエンディング。バランスのとれた秀作だったと思う」と述べています。

 いつも紹介している「デジログからあなろぐ」サイトの吉俊さんは男女の役割取り替えについて次のように書いています。

演出上の取り組みとして秀でているのは男の役を女性が、女の役を男性が演じるという部分です。一聞すると、ただそれが笑いのネタとして行われているのでは?という感想を抱くかも知れませんが、この配役が意外にも物語にうま~く溶け込んでいる。男らしいという部分を見失った男、女の作り物であって女性を学ぶ女・・・そんな倒錯している設定を露骨に描き出す方法として、この男女の入れ替えはかなり上手くいっていると感じた。

 吉俊さんは末尾で「偏らないバランス感覚で、いろいろ楽しめる作品」と述べています。
 「しずくまち♭」 は、ユニークな個性を持ったユニットのようです。次作をみてみたい気分になりました。


[上演記録]
 しずくまち♭公演 「穴ヲ食ベル」 
 麻布die pratze (5月19日-23日)

■作・演出:ナカヤマカズコ
■作曲・編曲:侘美秀俊
■出演:岡島仁美、山崎龍一、坂本華子、上地正子、由田豪、伊藤美紀、 ナカヤマカズコ、飯野さくら、下中裕子、諏訪友紀、朴井明子
■演奏:侘美秀俊(ピアノ)、 海月たかこ(ヴァイオリン)、生形憲市郎(コントラバス)、堀米綾(ハープ)
■Staff
 照明/大堀久美子
 舞台美術/伊藤雅子
 宣伝美術/大下詠子
 衣裳/竹内陽子
 制作/伊藤美紀

Posted by KITAJIMA takashi : 11:08 PM | Comments (0) | Trackback

June 14, 2005

劇団乞局「耽餌(たぬび)」

 不気味な世界観と丁寧な演出などで評価の高い劇団「乞局」(コツボネ)の第8回公演「耽餌(たぬび)」が6月9日から12日まで王子小劇場で開かれました。同劇場が主催する「2004年佐藤佐吉賞」で最優秀作品賞(「汚い月 『陰漏』改訂現代版」)を受賞したこともあって、期待の舞台でした。

 劇団Webサイトによると、乞局の舞台は「何処かしら欠けた登場人物たちが救いようのないすれ違いを織り成し、不幸な結末へと静かに進んでいく」(プロフィール)と書かれています。確かにこの公演に登場する人物はどこかが「欠けている」ように見受けられます。

 産院で赤ちゃんの首を絞めた過去を持つ不妊の看護婦が刑期を終えて出所、ある安アパートに入居するところから舞台が始まります。犯罪の再犯防止と更正などに協力する「付き人」はゲイだと言い、赤ちゃんを殺された若夫婦が出所を知って付きまとったり、自分をナイフで刺したことのある不登校の中学女生徒にアパートで勉強を教える女教師がいたり、元夫婦でありながら同じアパートに住んで性的関係もあるタクシー運転手の男女も登場したりと、歪んだ人間関係や裏のある性格が描かれます。ちょっと訳ありのアパートの調理人ととんちんかんな見習い(?)も芝居の欠かせない要素なのかもしれません。「欠け方」はさまざまですが、人物配置と性格描写は手筋に適っています。

 「デジログからあなろぐ」サイトの吉俊さんは「表面的には平穏な日常が紡がれているようでいて、でも背後はしっかりと崩壊している。そんな裏と表を抱えている、まさに『欠けた』人たちが織り成すアットホームな日常」を、京極夏彦の小説世界になぞらえます。「漠然とした恐怖がジワジワと積み重ねられていく」特有の雰囲気ですね。特に乞局は「欠けた非日常によって、補完された日常を想起させる」とみた上で「観客は、そのギャップの部分に『気味の悪さ』を感じ、救われないエンディングに『後味の悪さ』というコメントをつける」と述べています。京極ワールドとの対比は鋭いですね。

確かに、エグイ終わり方だったのですが・・・きっとそれだから「後味が悪い」のではなく、結局のところエピローグが無いからで、日常へと引き戻されないから観客はそう感じるのではないだろうか。 残酷な結末に明確な言葉を与えて日常の一部に昇華させない手法、誰もが答えを求めていて答えを与えられる事に慣れている時代の中で、実のところ後味の悪いものが日常に埋もれている・・・そういう答えの無いことに答えを与えないことの価値を与えているものかもしれない。

 「答えを与えないことの価値」に意味を見いだしている吉俊さんとは別に、物語の組み立て面や完成度からみると、また違った道筋が見えてくるようです。
 乞局を「贔屓の劇団」という「おはしょり稽古」サイトのあめぇばさんは、「褒め言葉ばかり考えながら開演を待っていたから、終演後は少しの間唖然としてしまった」「個人的には大変期待外れだった」と書いています。その後も「本作品では粘ついた会話が醗酵しない。いつ醗酵するのかなと思って観ていたら、くしゃっと崩れて終わってしまった。個人的な予測だが、題材を盛り込みすぎて半端に完結してしまい、書き直すに書き直せなくなってしまったのではないだろうか」と推測を交えつつ残念がっています。

 ぼくが見たのは10日(金)の公演です。初めての「乞局」体験なので過去の舞台との比較はできませんが、意外に垢抜けた印象を受けました。不気味さをよい意味で手堅く仕立てた舞台と言い換えてもいいと思います。演出が手堅いだけに、物語の組み立てに構造的な不具合が見え、なにか手違いがあったのではないか思われます。

 物語の隠れたモチーフは、人間の肉体や骨格の手応え、血と粘液の手触りだと思われます。首に手をかけたときの「ポキッと音がした感触」「思い出すたびに心が踊った踊った」という「人に言うわけにいかない」感覚が不気味さの源泉になっています。この穴場に観客をどう引きずり込むかが腕の見せ所でした。

 同じアパートに住む人たちの群像劇のようにみえながら、最後には些細な仕草を周到な伏線に変え、一挙に全編を集約するラストシーンが用意されるのではないかと思わせる進行でした。しかし元看護婦の最後の行動で、その暗闇に収斂される登場人物は半分もいません。残りはただ周りを取り囲む一員の役回りとなって、結末からこぼれ落ちているように思えました。

 これとも関係しますが、やはりストーリーの構造的な問題に触れないわけにはいきません。この芝居は、出所する元看護婦に「付き人」が伴うという設定でした。再犯防止と更正、さらには被害者の復讐防止のためだとプログラムに書かれています。しかしその存在が、劇全体を動かすキーパーソンの役割だとは最後まで思えませんでした。またゲイだから女性と同居して構わないという設定は、ゲイの実体を誤解しているか、でなければ偏見の影をまとっていると言われかねません。また付き人とは関係なく、ほかのカップルらが別々に動いていて、結末で束ねられるような印象も受けませんでした。

 もう一つ、プログラムでは、鳴き石という石塚のようなものを舞台上に配置しています。みんながツバを引っかける対象として存在していたことは分かりますが、物語にどう絡んでいたのか明瞭でありません。石の傍らで惨劇が起きるにしても、その場所が必然であるとも思えません。プログラムにわざわざ解説まで掲載された「付き人制度」と「鳴き石の伝承」が、プロット進行の捨て石になっているような印象を残しました。

 乞局のこれまでの公演をみて「演技も演出も洗練されてきた分、魅力が薄れてきた」という意見も耳にしました。確かに不快感を呼び覚ますほどの気味悪さが、ある種の稚拙な演技と演出によって醸し出されるかもしれません。しかしそれは一回性のパプニングに過ぎないでしょう。次のステップに踏み出してしまったのですから、後味の悪いドロドロした感触を、緻密な演出と練り上げた演技で具体化していく以外に道はあせません。

 京極ワールドになぞらえるわけではありませんが、これからは物語が決定的に重要になってくるはずです。骨格がしっかりすれば、血も肉もたわわに育ち、粘膜も粘液も発酵するほど滲み出ます。そうなってこそ、おぞましいほど後味の悪い収穫が期待できるのではないでしょうか。後味の悪さやおそましい結末の意味と意義の考察は、そのときまで待ちたいと思います。


[上演記録]
劇団乞局 第8回公演「耽餌」(たぬび)王子小劇場提携公演
2005年6月9日-12日

【脚本・演出】下西啓正
【出  演】役者紹介
秋吉 孝倫
田中 則生
下西 啓正
三橋 良平
石井  汐
酒井  純
古川 祐子

安藤 裕康
佐野 陽一
吉田 海輝
五十嵐 操
加藤めぐみ(零式)
松岡 洋子(風琴工房)

【スタッフ】
舞台美術
:丸子橋土木店(綱島支店)
照明
:椛嶋善文
照明操作
:谷垣敦子
音響効果
:木村尚敬
:平井隆史(末広寿司)
舞台監督
:谷澤拓巳
衣装
:中西瑞美
宣伝美術
:石井淳子
WEB管理
:柴田洋佑(劇団リキマルサンシャイン)
制作
:阿部昭義
:尾形聡子
制作協力
:玉山 悟
:石原美加子
:林田真(Sky Theater PROJECT)
協力
:田村雄介
:(有)エム・イー・シー
:岡崎修治・勉子
:古藤雄己(創像工房 in front of.)
:飯田かほり(蜷局美人)

製作
:乞(コツボネ)局

Posted by KITAJIMA takashi : 11:05 AM | Comments (0) | Trackback

June 13, 2005

岩松了「センター街」

 劇作家岩松了の作品3本連続公演の第2弾「センター街」が下北沢のザ・スズナリで開かれました(6月1日-8日)。最初の「アイスクリームマン」は5月11日-29日に終わり、「隣りの男」は6月15日-26日(本多劇場)の予定です。

 「女子大生カンゲキノススメ」サイトは岩松作品の特長を「岩松作品は一見、誰にでも見破れそうな展開や人間関係を巧妙な台詞回しで覆い隠したり、露呈させたと思ったら煙に巻いたりして観客の意識を惹き付ける。また、登場人物の視線や口調の端々から読み取れる情報が他の舞台より格段に多いので、明らかにされる事柄が少ないにも関わらず、目が離せなくなってしまう」と述べています。

 「アイスクリームマン」と「隣りの男」の演出は岩松自身ですが、この「センター街」は、劇団「ペンギンプルペイルパイルズ」を主宰する倉持裕が担当しています。略歴に「1994年岩松了プロデュース公演『アイスクリームマン』に俳優として参加」とあるほどなので、親しい間柄と思えます。その演出はどうだったのでしょうか。
 関連写真を併載してセンスよくブログページを作る「Club Silencio」サイトの「no_hay_banda」さんは、「これがなかなかツボを押さえた演出で感心した。局面を丁寧に積み重ね、ぬるくて実は熱い世界を見せる手捌きが絶妙である」と褒めています。

 ぼくもこれを含めて2作ともすでにみました。3作目も今週の予定に組み込んでいます。感想はその後でまとめます。

追記(6.23)
 Critic Line Projectの竹内孝宏さんが「センター街」のレビューをまとめています。
 この作品を「デビュー作『お茶と説教』(1986年)と最新作『シブヤから遠く離れて』(2004年)のあいだにはさまって」いると指摘した上で、「そこで際立っているのは時系列的な連続性よりもむしろ断絶である」と述べています。初期作品に描かれたのがご近所という近隣関係が成り立つ場だったのに対し、「センター街」ではさまざまな階層が吸いこまれそのままダラダラと居ついてしまう「都市のブラックホール」「場ならざる場」に様変わりしたと言うのです。「これはあきらかに作家の時代認識であり、また80年代末から90年代半ばにかけてこの国が経験した地殻変動の演劇的要約であるといえる」と述べています。

 なるほどこう読解してみると、だらしなく間延びした印象を与えていたいくつかの断片が、ある必然性を持って織り込まれたのだと推測が可能です。

Posted by KITAJIMA takashi : 10:49 PM | Comments (0) | Trackback
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