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July 24, 2005

燐光群「上演されなかった『三人姉妹』」

 燐光群公演「上演されなかった『三人姉妹』」(作・演出 坂手洋二)の東京公演(7月6日-17日)と関西公演(7月21日-22日)が終わりました。チェホフの「三人姉妹」と、血なまぐさい終結を迎えたモスクワ劇場占拠事件を掛け合わせたような、坂手+燐光群ならではの独特の舞台だったと言われています。大阪芸術大大学院博士課程(文芸学)在学中の高木龍尋さんから、関西公演のレビューをいただきました。結語の切れ味をご賞味ください。以下全文です。

◎トゥーゼンバフはなぜ死んだか?

 チェーホフの『三人姉妹』は言わずと知れた名作である。その名作を燐光群がどうするのか? 上演されなかった、とはどういうことなのか? いささかの戸惑いを覚えながら劇場の席についた。

ひとつは劇場を占拠する武装集団である。配布されたリーフレットによれば、坂手洋二氏はこの作品の着想を、政情、治安の不安定なコロンビアで得たという。架空の国でのつもりで、という構想はロシアで起きた悲劇的な事件に行き着き、それが『三人姉妹』に入りこんだ。『上演されなかった『三人姉妹』』は、『三人姉妹』の中に劇場を占拠する部隊が乱入し、チェーホフに現実(?)が乱入するかたちで組み立てられている。

 その劇場では『三人姉妹』の二十年ぶり再演が始まろうとしていた。新しい演出で、三人の女優以外は他に舞台に登場しない。劇場のスタッフは二十年前の公演で何らかの役を務めた元役者や、公演寸前で切られてしまった役者たち。客にも元役者がいる。その上演が始まって間もなく、武装集団が突入してくる。銃を突きつけられても、普段からオーリガ、マーシャ、イリーナと呼び合うことを決められた三人の女優たちは芝居を止めようとしない。スタッフたちは状況をやり過ごすために次々舞台へ上がり『三人姉妹』をつづける。『三人姉妹』は人質たちはおろか、武装集団をも巻き込んで進む。

 その展開の大枠はチェーホフの原典とほとんど変わりがないと言っていい。設定は劇場の空間や人間関係に合わせて変えられている部分もあるが、『三人姉妹』から引用した台詞も多く、登場人物の行為もそこにすり合わされる。舞台は人物たちの意図とは別に、『三人姉妹』として動いてゆくのだ。どこまでが『三人姉妹』なのか、どこまでが劇場占拠事件なのか、わからない中で劇場に妙な一体感が生まれたとき、大統領の作戦は実行され、武装集団は人質もろとも壊滅し、あとには生とも死ともわからない人々、そして『三人姉妹』が終わる。

 と、観終わってひとつ疑問に思ったのは、なぜ結末を誰ひとり生死のわからない状
態(おそらくはそのほとんどが死)にしたのかということである。

 ロシアの劇場占拠事件が死屍累々に終わったのはニュースの伝えた事実であった。しかし作品をそこで終わらせなければならないわけではない。それに『三人姉妹』で唯一死んだのはソリョーヌイに撃ち殺されたトゥーゼンバフだけで、しかもその死体が舞台に晒されることはない。『上演されなかった『三人姉妹』』でもトゥーゼンバフ役を担ったアメリカ人の演出助手トーマスは正体不明の人質ソリョーヌイに撃ち殺される。けれども、それはトゥーゼンバフとしてではなく、トーマスとしてである。このあたりに、作品の核心を見つける糸口があるかも知れない。

 その鍵となるのは、トゥーゼンバフはなぜ死んだか(チェーホフはなぜトゥーゼンバフを殺したのか)、のような気がする。私はチェーホフの研究者ではないし、おそらく数多の論考が著されているだろうから、これが解答です、と披露するような勇気はないが、少なくともトゥーゼンバフは信じていた男なのではないか。働くということ、イリーナの愛がないことは知っていても未来の生活を信じていた。そして、死ぬとわかっていても希望を持っていた。それと同じだったのは武装集団の若者たちである。故国の解放を信じ、家族の幸福な未来を願い、大統領の策略を信じてしまった。その結果は死である。

 『三人姉妹』の登場人物は「人間でなくなった」ナターシャを除いて、みな絶望と諦めの上に自分自身の生を是認することで立っている。それはどれだけ悲しくとも虚しくとも、生命のあるかぎりつづけなければならない是認である。この作品が示そうとしたのは、何ものかを強く信じ希望するものから死んでゆく現代なのかも知れない。

 ここまで述べてきて、ふと、私が『三人姉妹』を全く知らなかったら、という問いに襲われた。『三人姉妹』がどんな話かを知らなかったら、『三人姉妹』の台詞を一言も知らなかったら、と考える。私はチェーホフの『三人姉妹』からこの作品を理解しようとしたが、その手立てを持たなかった人はどう思っただろう。そう考えると合点のゆかない箇所も多かったのではないだろうか。ただ、それでも、何かを信じ希望を持つことで降りかかる悲劇をみつけることはできるのではないか。それ以外に、それ以上に、この作品が語っていることを聞くのは難しい。この作品が伝えようとしていたことは、その実、チェーホフ『三人姉妹』そのものに既に仕組まれている。
(高木龍尋 尼崎市・ピッコロシアター大ホール、7月21日)


[上演記録]
燐光群公演「上演されなかった『三人姉妹』
作・演出 坂手洋二

東京 紀伊國屋ホール公演(7月6日-17日)
関西 ピッコロシアター大ホール公演(7月21日-22日)

<CAST>
女1・オーリガ(アンフィーサ)…… 中山マリ
女2・マーシャ ………………… 立石凉子
女3・イリーナ ………………… 神野三鈴

人質1・クルイギン …………… 鴨川てんし
人質2・アンドレイ …………… 猪熊恒和
人質3 …………………………… 久保島隆
人質4・ヴェルシーニン ……… 大西孝洋
人質5 …………………………… 杉山英之
人質6・ナスターシャ ………… 江口敦子
人質7・ソリョーヌイ ………… 下総源太朗
人質8・トーマス ……………… JOHN OGLEVEE
人質9・チェブトゥイキン …… 川中健次郎
人質10 ………………………… 宇賀神範子

占拠者1 ………………………… 裴優宇
占拠者2 ………………………… 向井孝成
占拠者たち ……………………… 樋尾麻衣子 宇賀神範子 内海常葉
                 工藤清美 阿諏訪麻子 安仁屋美峰
                市川実令 尾形聡子 坂田恵
                椙本貴子 塚田弥与以 中川稔朗
                樋口史 樋口美恵 松山美雪
若い女 …………………………… 宇賀神範子
若い男 …………………………… 小金井篤
中年男 …………………………… 内海常葉
アナウンサー …………………… 樋尾麻衣子

<STAFF>
照明=竹林功(龍前正夫舞台照明研究所)
音響=島猛(ステージオフィス)
音響操作=岩野直人
舞台監督=森下紀彦・高橋淳一
美術=じょん万次郎
衣裳=宮本宣子
殺陣指導=佐藤正行
演出助手=吉田智久・清水弥生・福田望
文芸助手=久保志乃ぶ・圓岡めぐみ
舞台写真=大原狩行
宣伝写真=竹中圭樹
チラシ写真=酒井文彦
宣伝意匠=高崎勝也
Company Staff =桐畑理佳・塚田菜津子・亀田ヨウコ
制作=古元道広・近藤順子
制作助手=宮島千栄・藤木亜耶・小池陽子
協力=円企画 高津映画装飾株式会社 C-COM
   東京衣裳株式会社 青年劇場
   常田景子 香取智子 山本哲也
   河本三咲 小林優 園田佳奈
   高本愛子 寺島友理子 増永紋美
   宮島久美 召田実子 八代名菜子 

平成17年度文化庁芸術団体重点支援事業

Posted by KITAJIMA takashi : 11:57 PM | Comments (0) | Trackback

May 27, 2005

蜷川 幸雄演出/大竹しのぶ主演『メディア』

 東京・渋谷のシアターコクーンで、蜷川 幸雄演出/大竹しのぶ主演『メディア』が上演されています。5月6日-28日の長丁場。いよいよ終盤に差し掛かっていますが、演劇記者の山関英人さんから蜷川さんへのインタビューを踏まえた劇評が届きました。ご覧ください。

◎女の生理で演出を一新 大竹しのぶの『メディア』

 蜷川幸雄の世界デビューとなった作品『王女メディア』。ギリシャでは、1983年、アテネにあるリカヴィトス劇場で上演され、当時、ギリシャ以外の国の人間が同地でギリシャ悲劇を演じるのは有史以来、と言われた。今回は、演出を一新し、「男の論理」に対する「女の生理」を前面に出した。28日までシアターコクーンで上演されている。翻訳も新しくして、題名も『メディア』(賢い人という意味)に改変。男性だった主役とコロスを、全員女性に入れ替えた。

 この物語は究極の、女による復讐劇である。母親が子殺しをして、夫に復讐する「最高の悲劇」で終幕を迎える。その母であり妻である役を演じるのは大竹しのぶ。「翻訳劇の文体を、日本人が生理的にも違和感を持たないでやれる女優」として蜷川は高く評価している。

 大竹の身体には「最果ての地から連れて来られた異民族」を象徴する刺青が施され、衣装の右半身には綻びが目立つ。その露わになった太ももが白く光って、生々しい。短くした頭髪は「2人で相談した結果」(蜷川)であり、この場合も異民族を意識した。「坊主にする」ことまで検討したという。

 印象に残ったのは外見だけではない。淀みのないことばの連続は音楽を奏でるようで心地よい。怒りを含んだ台詞からはエネルギーが迸り、全身を粟立たせる。叫びの声は重みを伴って、観客席に響いた。

 一方、コロスの装いも目を惹いた。子を背負う母親のようであり、孫を背に乗せた老婆のようでもあった。蜷川は「男は観念でしか子どもと接しないけれど、女は生理で関わる。へその緒で繋がってたんだからね。そういうことも含めて、子どもを抱いているということは、一番本質的に、『メディア』という芝居の中ではいいかな」と思ったという。ただ、母親であり老婆でもあるのは「複雑にしたかった、女性の存在をね」という狙いもあったようだ。

 舞台全面に張られた水からも母性が窺えた。羊水を想像させ、胎内を意識させる。それが決定的だったのは、幕切れに舞台後方にある扉を「開門」し、シブヤの空気を劇場に取り入れたことである。2500年前の作品世界と現代の連続性を想起させるとともに、最高の悲劇があろうとも、人は産み落とされ、生き続ける、という宿命を意識せずにはいられなかった。

 扉の開放を決めたのは初日の前日だった。そのために「さまざまな苦労をみんなに強いた」という。せっぱ詰まった中、その作業のために、5時間ほどの遅れが出た。そうまでしたのは「かつての『メディア』より俺は進化しているか」という蜷川自身の問いであり、「自分自身への闘い」だった。その答えは「すべて舞台にある」。〈文中敬称略〉
(山関英人・演劇記者)


[上演記録]
蜷川 幸雄演出/大竹しのぶ主演『メディア
(東京・シアターコクーン、2005年5月6日-28日)

【スタッフ】
作: エウリピデス
翻訳:山形 治江
演出:蜷川 幸雄
美術:中越 司
照明:原田 保
衣裳:前田 文子
音楽:笠松 泰洋
音響:井上 正弘
ヘアメイク:佐藤 裕子
振付:夏貴 陽子
演出助手:井上 尊晶
舞台監督 :小林 清隆

【キャスト】
メディア: 大竹 しのぶ
イアソン:生瀬 勝久
クレオン:吉田 鋼太郎
アイゲウス:笠原 浩夫
メディアの乳母:松下 砂稚子
守役:菅野 菜保之
報告者:横田 栄司
コロス :市川 夏江/土屋 美穂子/井上 夏葉/江幡 洋子/羽子田 洋子/難波 真奈美/スズキ マリ/太田 馨子/関根 えりか/栗田 愛巳/坪井 理奈 ほか

Posted by KITAJIMA takashi : 09:54 AM | Comments (0) | Trackback

May 12, 2005

劇団プロメテウス「目覚めよ、と呼ぶ声が天より聞こえ」

 劇団プロメテウス公演『目覚めよ、と呼ぶ声が天より聞こえ』が東京・渋谷の東京ウィメンズプラザで開かれました(4月1日-3日)。2000年の旗揚げ公演の再演。高校時代の先輩2人が参加している舞台をみた小畑明日香さんからレビューが届きました。

◎劇団プロメテウス「目覚めよ、と呼ぶ声が天より聞こえ」

 ・・・だめだぁー。だめです。面白いんだけど。

 筆者の高校の演劇部で先輩だった人が二人、参加しているこの劇団。二階席まである舞台をフルに使って役者が動き回る。身体能力をフルに生かして走ったり飛んだりもする。照明に関しては何の知識も無いが、贅沢に使っていると思う。

 なのにどうもいけない。
 きっと熱意がありすぎるのだ。
 旗揚げ時の台本を、劇団結成時からの役者が演出して再演したという作品だからかもしれない。演出家にとっては一番距離がとりにくいだろうし、初演のイメージを払拭するために苦労したのが窺える。役者を縦一列にしたり横一列にしたり、円にしたり。凝りすぎてか、役者の動きも自分の動きに似せてしまっていて役者がやりづらそうだった。「左門」というギャグ担当の役が際立って新鮮に見えたのは、きっと彼だけ好き勝手やらせてもらっていたからに違いない。

 台本自体、旗揚げ時のノリが引きずられている感じがする。旧約聖書を土台にシェークスピアと白虎隊を混ぜてトッピングにゲーテ、という話だと、一つ一つの知識がごつごつ主張しているのはいただけない。やっぱ野田秀樹って上手いよな、と思ってしまった。

 殺陣は上手いし、先輩二人(一人は演出兼役者)の動きは図抜けて目を惹いた。上手いのはわかるから、そんなに一生懸命やらないでほしい。演出家は脚本の言い回しを直す権利だってあると思うし、台本から洗い直してみたほうがよかったんじゃないだろうか。
小畑明日香(2005.5.10)


[上演記録]
劇団プロメテウス
目覚めよ、と呼ぶ声が天より聞こえ

会場:東京ウィメンズプラザ (東京・渋谷)
期間:4月1日-3日

作:金井以政
脚色・演出:三島由流
出演
飯沼貞吉:大橋光
右子/おむね:若山栄子
左子/文子:かわさき愛子
篠田儀三郎:小野一博
神父/日向内記:石部雄一
生徒:桐生真一
黒川雄斗、阿部明日香、松岡貴史、他

企画・制作 小野一博
照明 久保良子
音響 大野幸彦
舞台監督 久保大輔
撮影 根田拓也
美術・衣装 八重沢晃祥
衣装協力 矢内原充志(nibroll about street)
Print textile work by yaezawa (ヤエザワロゴ)www.yaezawa.com
運営 株式会社テクノリンク

出演
飯沼貞吉:大橋 光
右子/おむね:若山 栄子
左子/文子:かわさき愛子
篠田儀三郎:小野 一博
神父/日向内記:石部 雄一
生徒:桐生 真一
黒川雄斗、阿部明日香、松岡貴史、他

Posted by KITAJIMA takashi : 02:37 AM | Comments (0) | Trackback

May 09, 2005

ドロップD 「これからこいつと×××」

 昨年「劇団相殺」主宰者の1人として新宿タイニイアリスで公演を開いた飯田ゆかりさんが、連休中の5月3日-4日、同じアリスで単独ユニット「ドロップD」で、連作コント「これからこいつと×××」公演を開きました。この間何度か寄稿していただいている小畑明日香さんからレビューが届きました。先に西村博子さんがアップしたレビューと併せてご一読ください。

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 テレビでも芝居でもブラックユーモア全盛の時に、飯田ゆかりさんのオムニバス・コントを観ると心が安らぐ。驚かない、という意味とは少し違うが、安らぐというのがコントにとって褒め言葉かどうかは自信が無い。

二つの大きな話が卵でリンクしている、というのが全体の構成だろうか。どちらも卵が登場する、という以外は特に話に共通点は無い。一度、お互いの登場人物が少し会話するぐらいで終わっている。
誰も危険な目に遭わないし、不幸な結末を迎えることもない。それでも、笑えるんだなと思う。
ちゃんとお話したことは殆ど無いが、飯田ゆかりさんという人は根っから優しい人なのだろう。役者の熱意や拙さも含めて、演出家の人柄が滲み出ているように感じられた。

せっかくシチュエーションがぶっ飛んでいるのだし、もっと登場人物を追い詰めてほしかった。卵から恐竜が孵ってしまい慌てて箱の蓋を閉めて閉じ込める、というところで暗転してしまうのは惜しい。作中の人物の境遇に関わらず、役者は苦しめどころでしょう。やっぱり。
誰の揚げ足も取らずに観客を笑わせるのは難しい。ドロップDの名でなくても、ぜひまた公演を打ってほしいと思う。
(小畑明日香 2005.5.08)

Posted by KITAJIMA takashi : 05:42 PM | Comments (0) | Trackback
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