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February 10, 2005

双対天使「赤い、赤い、赤い靴」

  少女カーレン(上ノ空はなび)が何とも言えない、飾り気なしの可愛いらしさだった。レースの縁飾りのある黒いドレス、その短いスカートからにゅっと突き出た白いふっくらした両足が、後ろに前に右に左に、赤い靴に引っ張られて、めちゃ踊りする。もっと見ていたかった。もっと踊って欲しかった。

  あんまり洋ものを見ない私がなぜ阿佐谷アートスペース・プロットに? 理由は簡単。ルコック・システムとはそも何ぞや、この目で確かめたかったからだ。脚本・演出の猪俣哲史は、本場で実際に学んできた人。Physical Theatreに関する論文もいくつかある。帰国後の公演はこの「赤い、赤い、赤い靴」で3回目とか。どこまでこだわるかも見届けたいと思った。
作品は題名から明らかなとおりアンデルセンがもと。靴も母親手製の布靴がやっとという貧しい家の少女が、貴婦人に仕えることになり、夫人の目が見えないのを幸い、いけないと言われた赤い靴を靴屋で買い……と、ほぼ原作に添って始まって行く。が、その後、夫人はかつて自分の実の娘に嫉妬して見殺しにしたことがあり、その夫は戦いに負けて人肉を食べ、告白を聞くのが役目の牧師はロリコン、足フェチだった……と、話は思いがけない方向に進んでいく。が、実はこれはショータイム。誰がいちばん残酷かのコンテストだったというどんでん返しとなる。そして再びアンデルセンのほうに戻っていって、踊って踊って踊り続けなければならない少女は足を切ってと頼み、願いどおりの足切り。しかしなぜか天使が足を返してくれて、めでたしめでたし――のはず。
ところがこのハッピーエンド。放ったらかしの飢え死にか、実母のお葬式のすぐあとに続いており、少女の赤い靴はまたぴくぴく動きはじめる――というところで終わる。そう、これは、いちばん純真、可憐な少女が実はいちばん残酷だったという物語であった。少女がまったく少女。オンナなんかでないからいっそう残酷、理屈でいえない怖さである。その昔、童話を読みなおし、本来持っていた残酷さを蘇生させようとする作業が盛行したことがあったが、これもその流れ。別役の初期傑作と同様だ。
ほんとのことをいうと、初めはなかなか物語の中に入れなかった。日本人の顔や声と、もとはコメディア・デラルテとか、ガイジン風手振り身振りとが、しっくりしなかったからだ。やがて出てきた少女には、そういう型っぽい動きがなかったので助かった。幸い?少女は口もきけなかった。いずれ日本の、役者一人ひとりにぴったりの、イノマタ・システム?が生まれていくにちがいない。
とはいうものの、貴婦人の今は亡き娘の成長が3足の赤い靴で示されたり、電動ノコの音が少女カーレンの足の切断だったり、説明でなく観客の想像と感受に直接伝えようとするルコック・システム。そのポイントをという猪俣哲史の意図はよく伝わってきた。たとえば懺悔室が横に倒されると棺桶になったり、道具(モノと言ってくれと抗議されそうだが…)を、自然主義的にでなく、演劇として面白く使おうとする工夫もよく凝らされていた。
欲を言えばまだまだ。3階から落下した娘の音は? 人肉の味は手触りは? 言葉でなく直接伝えられるはずのことは少なくない、と思った。着想が面白いカニバリズムも、犠牲者決めるくじ引きと赤い靴の関係が今イチ呑みこめなかったし。盲目に聾唖に足の切断――知ってか知らずか、残酷はもっともっとあったのに、とも思った。
「赤い靴」とは、アンデルセンのなかでも飛び切り素敵な選択だったと思う。このままではもったいない。練り直して再度の挑戦をぜひ期待したい。少女はなぜ踊り続けないではいられなかったのだろう。赤い靴は猪俣哲史にとってなんだったのだろう。そして私には?――刺激的な芝居を見ると、あとが楽しい。                 (西村博子 2005.02.05)

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November 21, 2004

アル・ムルワッス劇団「イラクから、船乗りたちのメッセージ」

――自由と平和の国!?へ、バグダッドからオリーブの枝をくわえて飛んできたかもめたち――

 Al-Murwass Group Folklore and Modern Artsの“Message Carried by Ship from Iraq”は東京、名古屋、大阪と、まるで16号台風に逆らうようにして元気に駆け抜けていった(10/3~25)。イラクの人を見るのは初めて、ましてやその舞台を見るなんて全く未知との遭遇だったといえる今度の新鮮体験は、実に実に多くの挿話と驚きを私に残していってくれた。 

 そのうちの一つは、国際交流基金フォーラム→タイニイアリス→ちくさ座→アリス零番舘-ISTと、公演を重ねるにしたがってその声は次第に少なくなっていったけれども、戦争の国から来た芝居、暗いかと想像していたら思いがけず元気でよかった、楽しかったといった感想のあとに、「ところで、あれは何を演っていたんです?」と、観た人から必ず質問されたことである。とくにそれは、フォーラムでの公演のあとに多かった。  
 しかし、それもまったく無理のないこと。4000年の歴史を持つというウート(ギターやマンドリンの先祖)の、いわば古代へのいざないに続いて、バスラ地方に古くから伝わるという民俗舞踊によるPart1と、マイムによるPart2の、いわば現代とが、まったく分離したような形で上演されたから、である。

 かなり長い休憩を間に挟んで、Part1は、①白い帽子をかぶり腰布をつけた船乗りたちが遠く大洋へと元気に漕ぎ出す踊り。②まるで月の砂漠かアラビアンナイトの昔みたいな衣装の女性たちが出てきて、遠くにいる恋人を想う踊り(むろん恋人は日本と重なろう)。③アラジンの魔法のランプから出てくるあの魔法使いをそれぞれ鞭のような杖をもって叩き伏せ、祈り伏せする踊り(魔法使いはフセイン独裁政権だろうかアメリカ占領軍だろうか)。④裾まで届く白い衣装の男性たちが手をつないで歌詞なしで踊る優雅な踊り(婚礼の祝い。とともに誤爆されたファルージャの婚礼が想いだされた)。⑤人類発生の地・アフリカから伝わってきたという打楽器、自分たちの劇団名でもあるムルワスを称え、伝統を守る決意を表わす歌と踊り。そして⑥最後のフィナーレ。イラクの国旗をふりながら、大丈夫、僕たちはへこたれてはいない、日本のみなさん、友情ありがとうを歌う歌で終わる。これはこんど来日のために新しく作られた歌という。そしてこれらの踊りや歌の合間を、物語の宝箱のなかに(あるいはフセイン政権下に?)長く閉じ込められていたシンドバッドが生き生きと新生し、しかし彼はみんなといっしょに踊ることができないという悲しみのマイムが――あまり上手くはなかったが――縫っていった。

 Part2はバグダッドの日常、現代のシンドバッドである。往来もままならぬ窮屈な中を友だちも訪ねて来てくれた。が、石油を運び出す汽車はひっきりなしにどこか遠くに向かって走っていくのに、僕たちはどこにも行けない。錠のおりた扉、コチコチと時を刻む秒針、日々の貧しい食事、決して通じぬ妻との会話。僕らはただ遠く、高くを望み見るしかない。(爆撃によって)人々もおおぜい倒れていく……といった無言の想いが、窓にもトランクにも時計にも額縁にもなる四角の白い木組みや、「戦場のメリークリスマス」のメロディに合わせたくるくる廻りや、ムンクの「叫び」のように大きく口を開けた顔――ただ額縁から片足突き出ているところがいかにも今のバグダッド。Pat2のタイトル「声にならない叫び」にふさわしい――の写真撮影やで表現されていった。

 以上の全体がイラクからのメッセージ。劇の冒頭、船といっしょに海を渡ってきたかもめが、観客たちに配布したもの、ということになっている。よく考えられた、わかりやすい舞台である。ムルワッスをはじめ、ウート、ゼルーナ、タール2丁、シンセサイザーによるライブ演奏もこよなく楽しく、私たちを遠い昔へといざなってくれたし、ときに力強くときに哀愁に満ちてこれからの困難を想わせたりした。

にもかかわらず、「あれは何を演っていたんです?」であった。これは構成に問題があるにちがいない。歌詞が分からないからということもむろん理解の拒否に影響あっただろうが、1960~70年代の言葉の意味に頼らない演劇を歴史的に経験した日本の私たちにとって、それはさしたる問題ではない、はず。私は耐えに耐えたけれども、とうとう、「Part2は、⑤と⑥の間でなければならないのでは?」と口を出してしまった。それはやっと、アリス零番舘でのシンポジウムが終わった夜のことだった。

驚いたことに、ジャバール団長とシャカール演出から即座に「それは僕たちの最初からのプランです」という返事が返ってきた。フォーラムである人に言われて急遽、構成を変更したというのである。な、なんと素直な人たちだろう。「ごめんなさい。私は日本の人たちにも、ほんとうに仲良くなり何でも思ったことが言いあえるようになるまで決してこういうことは言わないのだけど。あなた達とはもう会えないかも知れないので」と私は詫びて、話は次に移っていった。が、再び驚いたことに、翌日、アリス零番舘での初日からすぐ、①~⑤→マイム→⑥の友情と連帯の歌、と順序が変わっていたのだった。まあ、なんという素直な人たちであることか! これで、“ようやく新生した僕たちは民族の伝統を守りながら、厳しい今に耐え未来に向かっていくんだ”といった彼らの演劇的決意が、私たちに初めて伝わってくるようになったのであった。

むろん課題はまだまだ多い。①~⑤をつなぐマイムが、実際の宝箱を使うことのできたフォーラムやちとせ座はともかく、小スペースのタイニイアリス、アリス零番舘ではマイムの身体表現が貧しくて、シンドバットが何のためにたびたび出てくるのか分かりにくかったこと。伝統的な演奏者たちと現代を表現するマイマーたちとが、日本の「新劇」以上に分業的、バラバラだったこと。踊りとマイムとのあいだの幕間をいかに縮めるか、その工夫が足りなかったこと、等々。

 彼らが関空からドバイ経由、アンマンに向かって発っていくのとほとんど入れ違いみたいに、バグダッドでは行方不明を報じられていた香田証生さんが遺体で発見され、ファルージャでは米軍の包囲が総攻撃へと変わっていった。間一髪であった。いつか演奏者たち(完全なプロ。その技術がすばらしい)と、踊り手(近代日本が喪ってしまったなんばや、後ろに跳ねてしか進まない歴史的な身体を保持している)と、マイマー(パントマイムの型を演ずるのではなく、言葉にならぬ想いをどう表現するかが必然的にマイムの手法を採らせた)が、互いに役を担いあい一つの有機体となるとき――そのとき初めてムルワッス劇団はFolklore and Modern Artsという呼び名を胸張って言えるにちがいない。私はその困難な未来を、しかし羨望とともに夢みている。日本の同時代演劇では決して試みられなかったこと、だからである。   (3都市随行。西村博子 タイニイアリス主宰)

シンポジウム「イラクの今!―バグダッドの街、バグダッドの演劇―」
 10/6フォーラム, 10/18 名古屋女性文化学院, 10/21(大阪)アリス零番舘-IST

公演:国際交流基金フォーラム 10/7(木)~9(土) 3回
   タイニイアリス 10/12(木)~14(土) アフタ^トーク 各3回
   名古屋ちくさ座 10/19(火)~20(水) 3回
   アリス零番舘-IST 10/22(金)~24(日) 5回

団長・歌:MHAMMED/JABAR
演出:MOHAMMED SHAKAR
マイム:ANES AGEEL
ウート:ZUBER/HUSSIN
ぜル-ナ:JABAR/NASIR
ムルワース:SALMAN/SALEM
キーボード:SHIMAL./MAJEED
タール:JABAR/IBRAHEM,
     FARAS/MTANE
ダンサー:METHAK/SHNEN
     NAHAD/LAZEN 
     ADAE/ KAMEL
     ADAL/JAABAR
     HAEDAR/SHLAKA
     SAAD/SALAR
     MAHAMED/MAHAMED
     JAPAR/ANSAM  MS
     MOHAMMED/BOSHRA MS
メーキャップ:AEMAN/KHODHER  MS

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November 19, 2004

庭劇団ペニノ 「黒いOL」

――新宿西口広場の、今日、たった今―― 庭劇団ペニノ 「黒いOL」

 右手から静かに裸身の女性が出てきて、薄暗い舞台の真中、客席から見おろすと凸型に見える水溜りの窪みをビジョビジョと奥のほうへとゆっくり渡っていき、やがてその尖端でぼんやり立ち尽くす……と、舞台は果てた。もし私が男だったらここで最高のエロスを感じた、のかも知れない。私はひとりクスクス笑っていた。ペニノのいたずら?がおもしろかった。

 案内の声にいざなわれて、拍手ひとつないポカンとした感じの客席から舞台へ、付け根?に掘られた深い穴や続けて細長く掘られた浅い水溜りや、それを取り巻くさまざまな道具や器具をタニノさんは好きなんだなあとつくづく眺めながら通り抜け、出口に設けられた丸橋を渡ってテントの外に出る。が、ふと黒い空を見上げると、周囲には巨大な高層ビルがニョキニョキとそそり立っていて、それらが今見たばかりの貧しい――とあえて言おう――ペニノの営為を見下し、まるであざ笑っているように感じられた。もっともっと粘ればいいのに。資本主義にはかなわない、のでは? 私はがっくりした。

 これは、タニノクロウの究極のテーマ、一度は必ず立ち上げなければならない舞台であったにちがいない。

 初めは確かにタイトルに惑わされ、黒いOLたちを追っかけて観ていた。が、途中でアッと気がついた。これは舞台からストーリーやメッセージを読み取るための舞台ではなかった。ただ紗の奥にポッと灯がともりそれが次第に数をまし、女性たちが長いことかかって濁った溜まり水でストッキングを洗い、すすいだり揉んだり、ときにはちょっと喫煙所に固まって休んだりもし、やがて暗く静かなクライマックスを迎える――といったプロセスを、ただ感じるための芝居であった。そういえば事前に、ピアノ演奏していた左手の男性とDJみたいにマイクを前にしてハンディ・テレビに見入っていた右手の男性とが、薄い乳白色の手袋――スキンのような――を両手にはめ、準備はすでに整っていたのであった。やがて全身ぽっと熱くなって行為がはじまるのだが、うす暗がりの中でうごめくOLたちの、あるときはさざめき、あるときは呟いたり声が高くなったり、音としては聞こえてきてもあまり粒立つことのなかった言葉たちのなかで、唯一正面切って言われ、はっきり耳に響いたのは、“私は「今」おか「今日」こです”の、ひとことだった。

 それにしてもその行為は貧しかった、と思う。60年代の黒人ジャズかホットな音楽で客入れ、それがやがてピアノのライブ演奏に変わり、ずっと奥でかすかに灯がともり、それが次第に数を増してこちらに近づいてきて……最初舞台は、十分すぎるほどの期待感から始まっていった。がその後、その行為はあまりにもひそやか、あまりに暗く単調で、愉楽に欠けるものになっていった。

 何日もかかって営々と労力を注ぎこんできたに違いないテント作りまで※勘定に入れるとこれは、途方もない前戯とそれに比べてあまりにも呆気ない行為であった。ほとんど不能と言わなければならない。折角火のついた蝋燭がなぜか一つひとつ消され片づけられていくのをじっと待っていなければならなかったり、何より、折角バカでかいパンティ・ストッキングが滴りを垂らしていたのに、それが丁寧に畳まれてしまうまで延々と無駄な時間を待っていなければならなかったことが辛かった。蝋燭はせめて燃え尽きるまでともっていなければならなかったし、デカパンはほかにすることないの?と気が揉めた。

 同じように行為を描いた作品に三好十郎の「胎内」(1949)、「冒した者」(52)がある。牟森作・演出の「紅鯡魚DES HARENGS ROUGES」(95 中日合作)もそうだった。が、前者は死を目前にした人間の生の実感、それを追求する粘りにおいて、後者は、さわやかな風のなかの田植え、噴き溢れる井戸、大きな水桶の中で嬉々として戯れる女、ぴちぴちはねながら噴出する泥鰌……その明るさ、勢いにおいて、圧倒的にパワフルだった。

 「黒いOL」に発射はあったのだろうか?屹立はしたのだろうか? 濁った溜まり水は最後まで澱んで残存していたような気がする。今日、ただ今、なのであろう。私たちはそれを(望遠鏡で)覗き見るしかない――とペニ●のタニノは考えているのかも知れない。そう思うよりない舞台だった。 (2004.11.13所見。西村博子)

 ※ 「黒いOL ドキュメント」(タイニイアリス 11/16)を見た。それによると、テント作りは10月15日から。16号台風にも襲われた大変な作業であったことがわかる。
 ※前回公演「小さなリンボのレストラン」(2004.4.29-5.16 追加公演 5.20-21, 27-28)の劇評は「気違いMealパーティーのAbsurd劇」をご覧ください。


【上演記録】
■庭劇団ペニノ 「黒いOL
作・演出:タニノクロウ
場所:西新宿6丁目13番地広場(グリーンタワー横)
日時:2004年11月3日-9日 11月3・4日・5・8・9日 20時開演 
    6・7日18時・21時開演 開場は開演の30分前
    ※上演時間は1時間を予定しております。
料金:日時指定 前売り2800円 当日3000円

出演
島田桃依
瀬口妙子 
墨井鯨子 
野中美子 
磯野友子 
六分一サラ 
河野辺舞 
野崎浩司
吉野万里雄 
海老原聡 
野平久志

スタッフ
舞台装置 掛樋亮太
舞台補佐 鈴木仁美
舞台美術 玉置潤一郎、谷野九朗

照明    今西理恵
音響    小野美樹
宣伝美術 渡辺太郎
演出助手 小野美樹

Web    定岡由子   
制作協力 三好佐智子
制作    小野塚 央、野平久志
舞台総括 海老原聡平
企画・製作 puzz works
協力  (有)quinada
写真モデル O.J.Loco


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August 01, 2004

庭劇団ペニノ 「小さなリンボのレストラン」

――気違いMealパーティーのAbsurd劇―― 庭劇団ペニノ 「小さなリンボのレストラン」

  話題のユーメー劇団、立見の当日券求めて並ぶ行列を尻目にゆうゆうA席に着席するのも悪くないのかも知れないが、面白いから見てみたら?日ごろ信頼するシアター・ゴア-からのミニコミ、地図を片手にやっとのことで劇場を探し当て、さあ、何が展開するかドキドキしながら見ていく気分はこたえられるものではない。いわんやそれが期待以上の舞台においておや!である。 庭劇団ペニノの「小さなリンボのレストラン」はそういう、久しぶりの芝居見の醍醐味であった。

 舞台は骨董店かとみまごうほどごちゃごちゃっとした、汚いレストラン。タイトルにレストランとあるからレストランなのだろうが、カンテラ風のシャンデリア?や鹿の頭の剥製を見れば猟師小屋かも知れないし、出入口の庇に生えてるぺんぺん草?がこっち側に伸び、舞台バナはほんものの土、蕪なんかも植えてあるところをみると、ひょっとしたらここはかつての天野天街、内外逆転の世界みたいだし。そんな奇妙空間にシスターと呼ばれる女と寺山修司の大山デブ子のような女性と山高帽?かぶった紳士の三人が順に現れ、それぞれの食事をまあ済ませるといえば済ませるまで。ウエイトレスが「いらっしゃいませ、これはこれは本日はお日柄も良く、<略>ねえ。心よりお待ちしておりました」「ご予約の○○様でいらっしゃいますでしょう?」と尋ねるたびに、それは男女に否定されるから、ここはゴドー空間。客たちはポッツオー、ラッキーの末裔だったのかも知れない。

  その上彼らの食事はといったら! 背丈ほどもある皿の大山盛りを見る間に平らげ、楽譜メニューをピアノで弾きだす女性。ちっとも出てこない料理に札束を勘定し続けるシスター。豚の角煮を注文しながら最後までありつけない紳士――それはまるで「不思議の国のアリス」の気違いティー・パーティ、おっ!とではない、気違いMealパーティであった。昔、absurb theatreという海のあなたからの言葉が“不条理”劇なんてムズカシー日本語に訳されてしまったので、こういう、何が起こるかわからない、まるでワケ分からん可笑しな芝居をAbsurd劇といえば誤解を招くかも知れない。またこの小さなレストラン、言葉が決して噛み合わない私たちの日常にどこか似通うというには、この小品、あまりにささやか、大げさすぎると反論されるかも知れない。けれども庭劇団ペニノが見据えている(であろう)未来も含めて、私はあえて言いたいと思う。これは私たちの今居るAbsurb世界だった、と。

  もちろん、そう言い切ってしまうには躊躇がないわけではない。たとえば匂いや土や皮むき器の林檎やぶっちゃける赤ワイン、天井からしたたるネバネバなどなど、創り手はおそらく、意味の頭理解ではなく体感として直接伝えようとしたのだろう。が、その企みが、たとえば、よく拵えてはあるもののまるで食感に関わりのない料理たちや、終始目潰しくらわすシャンデリアの光や、何より、せめて意味不明の台詞にでも耳澄ますぐらいしか仕方のない、何にも伝えない俳優たちの体や声などによって、裏切られることが少なくなかったからである。

  作・演出の名はタニノクロウとあった。今言ったことがクロウ氏の目指すものだったかどうか、一度の出会いに断言することはできない。けれども、彼の狙う、何かこれまでの芝居にはない不思議世界が将来、観るものに十全に伝わっていくためには、これから山あり「谷」あり、散々「苦労」するにちがいない――そんな予感とこれからへの快い期待に、いま私の体は、クスクス笑っている。  (西村博子 5/27 所見 「Cut In」第28号=2004年7月号所載)

庭劇団ペニノ
第9回公演 「小さなリンボのレストラン

作・演出:タニノクロウ
公演日:2004.4月29日(木)~5月16日(日)
追加公演 5月20日(木)、21日(金)、27日(木)、28日(金)
場所:はこぶね
料金:前売 ¥1200 /当日 ¥1500

CAST
野平久志
絹田ぶーやん 
島田桃依
瀬口タエコ

STAFF
舞台美術/谷野九郎
照明/谷野九郎
音響/谷野九郎
チラシ画/谷野九郎
制作/小野塚央・野平久志
Web/定岡由子
製作/puzz works

Posted by : 06:24 PM | Comments (0)
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