11月1日から新サイトに移行しました。URLは下記の通りです。リンクしている場合はURLを差し替えていただくようお願いいたします。

http://www.wonderlands.jp

September 17, 2005

二十一世紀舞踊 禁色

「avant」の表象

 照明はグリーンのドット・斜めに横切る赤い通路と変化し、やがて白い帯となって舞台の四辺を照らした。ステージ中央は黒い四角となり、伊藤キムと白井剛はその周縁を動く。

  はたしてこの黒い空間は、溝口の究竟頂(1)なのだろうか。空間の閉ざされた扉を外から叩いてみたが「拒まれているという確実な意識が」生まれたのか、あるいは周りをうろついて空間を探ってみたが何もなかった、と言いたいのだろうか。
 「『いかにもこの都市は中心をもっている。だが、その中心は空虚である』という逆説を示している。この中心とは緑で覆われて、お濠によって防禦さていて誰からも見られることのない皇居であり、『そのまわりをこの都市の全体がめぐっている』」(2)……この話オシマイ。

 何が書きたいかというと、照明の意図を探るまでもなく、組んでかたちをつくることはほとんどない彼らの(軸も重心も外したデュオの動きは、反応を窺いながら重心をあわせるとか相手に呼応するとか、関係性の微細な変化を身体表現で増幅させるなど組んで踊られるダンスの快楽から程遠い)、あの寒々しい距離から、「そこには何もない」という空虚さは伝わってきたのである。

 ではこの照明、可動域をはっきりさせたのだとして、それは外が決まることによって、おのが意識も芽生えてかたちづくられる、という自己認識過程の提示だったのか。それにしてはずいぶん簡単に、外枠は斜め、回廊型と目まぐるしく変わったものだ。つまり「外」を決める条件は、絶対的ではあり得ない。もっといえば「外と内」は相対的な概念のはずであり、むしろ一概に「外」なり「内」なり振り分けること、分けようとする言説、分けられると思い込んできた自明性を疑うという態度が「コンテンポラリー」であり、そこへ批評的に近づくか、また例えば『SHOKU』黒田のように地団駄を踏んで踏み抜こうとするか、というアプローチの違いがあると私は考えている。で、伊藤はどうだったのだろう。

 照明で一貫していたのは、二つの身体がたいそうフォトジェニックに感じられたことだ。簡単に書くと身体は「これみよがし」に光をあてられていた。これと、冒頭で全裸の(または、全裸に見える)伊藤と白井が、腹をつきだしてゆるい脚振り腿上げのような振りで登場し、いちもつを指差した動きに類似性があったと仮定すれば、伊藤は直接指し示しはしないものの、照明で「これが僕を決める外枠」と→を出していたのではないか。メタ・ライティングというべきか、一種の意趣返しの方法で、伊藤は外→内の自明性を問うたのだと思う。

 この場の音楽は楽曲ではなく、無機質な音を使っていたと記憶している。伊藤と白井はもそもそと動き、中腰の姿勢で起きて、転げ、また起きて徘徊する。このような彼らの「振り」というよりは、不規則な拍に対する反応は実にコレクトだった。 
 物理的にいえば、音は空中・水中などを伝わる波動の一種である。彼らの動きは、楽曲を形成する以前の、いかような「外枠」をも透過する波動に反応せずにいられない、という意思ではなかったか。非力で何もしないように見える身体の内側には、波動に対し生体反応をする不定形の生命体が、びっしりつまって蠢いている気味の悪さ、換言すれば空虚な黒い表層の下に貪欲な生の予感があった。したがって舞台は死の表象ではなく、また映画『ベジャール、バレエ、リュミエール』の冒頭の方で、モーリス・ベジャールが定義した「リュミエール=光」によってフォルムを明らかにされる以前の始原的な身体、いうなれば「avant」の表象を試みていたと思われる。(05.06.09 世田谷パブリックシアター)河内山シモオヌ

(1)『金閣時』三島由紀夫 新潮文庫
(2)「都市の中心、空虚な中心-都市を読む-


二十一世紀舞踊 禁色
[原作] 三島由紀夫
[構成・演出・振付] 伊藤キム
[出演] 白井剛/伊藤キム
 


Posted by : 01:00 AM

March 02, 2005

三条会『若草物語』

この原稿の小見出し、のようなもの

・原書『Little Women』原作『若草物語』と、上方歌舞伎の和事の近さ
・歌舞伎・バレエ・ミュージカルを、歌舞伎・バレエ・ミュージカルたらしめる可視・不可視のもの
・三条会に物語は可能か
・倫理と友情よ永遠なれ
・「発条ト」参加の音楽から浮かび上がった三条会の猛々しい魅力

 前作『ひかりごけ』(原作は、厳寒の知床沖でシケに遭い難破した徴用船の乗組員が、死んだ仲間の肉を食べて生き延びたという実際の食肉事件を題材にした武田泰淳の小説/戯曲)で、演出の関が排泄を描かなかったのはなぜだろう、と私は考えていた。どんな肉であれ、食べ続けていたらやっぱり出るものはあっただろうと思うし、なぜ人間は決を「出したがる」かという話でもあったからだ。そのような経緯ゆえに、今回の『若草物語』の「1幕 便所 便所が何より楽しい。」で、しめなわ状の三つ編みを頭の両脇にくっつけたスキンヘッドの男優四人が、横に並び中腰で生理現象に悶える様子で―便器に腰掛けているように見える―プレゼントのないクリスマスについて思いの丈を述べているのを観て、その勢揃いのような絵面に驚くよりまず『ひかりごけ』以来の答えがここにあったという爽快な気持ちになり、勝手に大いに納得した。もちろん、演出の意図とは何の関係もない。

 そんな余談はおくとして、原作『若草物語』の原書『Little Women』についてここで若干の前置きをする。なぜなら訳書『若草物語』のエピソードが意味するものと、日本でいうと江戸の天保期~明治中頃を生きたアメリカ人女性による、19世紀に出版された半自伝的小説だということだけでこの作品を裁断すると、その特性は見えてこないと思うからだ。
 『Little Women』は、もう使われない古い英語表現が四人の娘のバイオリズムに巧みに織り込まれ、婦女子独特の間合いで会話として交わされて日常生活の襞の内側を繰りながら、クリスマスの「めでたし」を目指して進んでいくという、惰力のようなじわーとした感動のある、いいかえれば大変芝居的な作品だ。まずテキストには当時の家庭という固定された場があり、場には定まった人物の関係性がある。一定の関係性があるということは、そこで暮らし周りの環境に育まれた身体が存在するということであり、従って登場人物の言葉というのは、どこの誰とも知らないがただそこにいる人の物言いではなく、固定された場によってつくられた身体から発せられる言葉となる。また、関係性を持続させる上で非効果的な言い方は鮮やかに回避される。さらに作品の言葉には話者の帰属する階級、頭の回転速度、アメリカ人度など人物像を描く筆が沢山用意されているはずだが、その微細は到底わからなくても、言葉が映画などで俳優の口をついて語られる時、今聞く英語の日常会話と異なる音の流れ・間によって綴られる感情や心理の波に乗ると、もらい泣きできたりする。『Little Women』がアメリカで繰り返し映画化されてきた理由の一つは、ここにあるのではないかと思う。
 
 このもらい泣きは上方歌舞伎の和事、人情ものを観てホロりとなるのに近い感覚だといえるだろう。近世の大坂、つまりある時代のある地域で記された言葉(義太夫訛り)が、型という特別な修練を積んだ現代の人間の身体を通し音として目の前に立ち上る、その生々しく艶のある音の抑揚や運びから、言葉の意味を超えた人間の内面の起伏そのものをありありと感じ取ることによってもらい泣きが起こるのだ。登場人物の感情や心理を解読してもらい泣く、ということではない。エピソードの現実性や普遍性もとるにたらぬ問題である。
 松竹・上方歌舞伎塾の主任講師でもある歌舞伎役者、片岡秀太郎が「現代の男女の在り方と、歌舞伎のドラマに出てくる男女の心の機微とか義理人情というのはかけ離れていて、理解しにくい部分が多々あり」「それを演じてみせて感動を与えるには、まずセリフ」であると述べ、イントネーションに重きを置いて指導すると語っていることは、この私見の証左となるだろう。(1)
 原書と訳書共通の事柄では、物語の中で起きる出来事の意味が、結局ドリフ大爆笑の落ちで鳴るジングル「ブ・パ・パ・ブッ」とほぼ同等という整然としたドラマツルギーもまさに芝居で、『Little Women』『若草物語』と歌舞伎はこれらの点においてそもそも近い、と私は考えている。

 さて、三条会の『若草物語』に入ろう。
 「ちょっと歌舞伎を意識し」たと当日パンフにあるが、しかし「それに束縛されずに、「物語」とは何か考えてみよう」という言葉どおり、いわゆる「古典への批評と敬意を込めた引用」に眼目は置かれていなかったと思う。(2)後で詳しく述べるが、舞台で表現された歌舞伎らしきものは、どの狂言の何を引用したということではなく、また歌舞伎の他にもクラシック・バレエもどきに頭上へ両腕を上げ爪先立ちで身体を回転させる動きが出てきたり、それからミュージカルと呼ぶかはともかくとして、しばしば俳優は音楽にあわせて台詞を歌っていた。
 ここに挙げた歌舞伎・バレエ・ミュージカルは、いずれも特殊な身体言語と音楽を用いて表現される芸術であり、エンタテイメントでもある。こうした舞台を鑑賞する時、逐一「人はあんなふうじゃない」と考えながら観続ける客は、果たしてどのぐらいいるだろうか。ミュージカルではたまに、作品の骨格を音楽で表現することがわかりやすく提示されているのに「なぜ突然歌うのだ、普通に喋れと思う」、またバレエ・歌舞伎にも動物や「○○の精」など人間以外の役はあまたあるのだが「人間が猫や獅子になるのは苦手」という人を見る。ともあれバレエを観ながら「王子は着替えの途中みたいな格好で、飛びながら宴会に出てこない」「太股あらわな衣装で脚を上げたりブンブン回る姫などいなかっただろう」とか、はたまた歌舞伎にやってきて「男は女ではない」「弁天小僧→青砥藤綱のような、同一作品内での二役なんておかしい」などと、以上思いつくまま列記したが、こんな前座以下の発言は誰もしないはずだ。
 要するにこれらは、観ている内に視聴覚を通して客がなんとなく「そういう形式なのか」と了解する事項であり、何回か通っている客であればとうに了解済みのことであり、そしてバレエならバレエ、歌舞伎なら歌舞伎というように、それぞれをそれぞれたらしめている確固たる約束事だ。三条会の『若草物語』は、具体的な引用を目指したのではなく、こうした約束事を見せることにあったと思われる。胴体部の前後に役者を入れた馬、花道、正面向きの横長の舞台、引幕、勢揃い、役者の名前を狂言の中に出す、一人一役でない役者など、『若草物語』に出てきた歌舞伎を歌舞伎たらしめる約束事を一言でいえば、今やっているのは芝居ですよとはっきり明示することであろう。
 『若草物語』でたよりなくペラペラな、でも芝居の進行を支配する紅白の幕が上演途中にもかかわらず、「女」という役名の女優によって引かれ強制終了しようとする時、台詞を述べながら抗う俳優は、幕が芝居の時間を支配するという観客了解済みの約束事に抗っているのだ。引かれた幕の向こう側で『若草物語』を続けたのも、芝居の時間の主導権を引幕から俳優に置き換えることで、約束事を観客に意識させる意図があったからに相違ない。また白馬の胴体に入った二名の俳優の顔をわざわざ馬から出させ、蹄の音を言わせる演出には、俳優の全存在をかけて、芝居を芝居たらしめる約束事を逆説的に語らせる明快さがあった。

 芝居を芝居たらしめる可視のものが明示されると、今度はおのずと不可視だが、芝居を芝居たらしめるものもわかってくる。それは、先に述べた「ある時代のある地域で記された言葉」を蘇らせる、「型という特別な修練を積んだ現代の人間の身体」を通した「音の抑揚と運び」だ。両者出揃ったところで、現代演劇の上演集団である三条会に立ち返ってみよう。観客了解の約束事や、特殊な言葉を蘇らせる型と口跡は?と考えると、彼らにはものの見事に何もない。四姉妹を演じるのが男優から女優へ、ある時はその逆へと変則的に入れ替わったり、数々の約束事を見せたのは、代々伝承されてきたものではなく三条会の演出・構成である。
 ところが三条会は訳語を超えて『Little Women』の、生活の襞を繰った時に聞こえてくる登場人物たちの笑い声や戸惑いや意地悪を舞台で実に生き生きと表した。すなわち19世紀アメリカの大変芝居的な作品に、現代の日本の俳優が血肉を与えたということである。「2幕 学校 異性のことだけを考えていた。」では、メグとジョーが舞踏会の招待を受けてから帰ってくるまでの騒動がメインに上演される。ケからハレまで併走して描かれ、見せ場のあるこの章を選んだセンスは、巧いと思わずにいられない。が、奉仕をいとわず姉メグとは違う慎ましさを持ちながら、大きく外れたところのある作者の分身=ジョーを、心底愉快に嫌味も迷いもなく現代の女優がやるのは難しくもあるだろう。
 大川潤子は期待に応えた。三条会の取り上げるテキストと現代とのいつものずれに加えて、今回は訳というもう一つのずれを、彼女は身体で受け止め扱わなければいけない。舞台上にある時、コントロールできなくなる瞬間はまったくないだろうと思わせる感動的な発声と身体や、すらりとした肢体でありながら相撲のしこ踏みのような動きをしてもぶれない重心のとり方などが、ジョーの愉快な表現に生かされていたのはもちろんのことだが、特筆すべきは彼女が、訳語を語っておりますというヨソの意識を常に持ち、外部に発していたことである。このヨソの意識と、期待どおりに失敗するジョーの外しっぷり双方を極限まで絞り出して表現することで、互いに「本」(大川は19世紀のアメリカ娘、ジョーはマナーのお手本)からどうしようもないずれがあるという共通項を引き出そうとする、力強い演技が生まれていた。大川に見られたこうした闊達な、困難に挑む力は、原作に即して考えるとまさにジョーの美点として描かれ、数々のエピソードで披露されるものである。この力があったからこそ、2幕は劇場内から笑いがもれる楽しい場面になり得たのだと思う。

 「3幕 友情 男女間なり国家なりを越えた友情なんて妄想かしら。」では、メグとブルーク先生の結婚話を軸に、おそらく「倫理」と「友情」という単語をモチーフにしたと思われるいくつかのイメージが展開される。前置きで「もう使われない古い英語」と書いたとおり、言葉は時代が変われば変わってしまうと思っていたが、先の大統領選や外交演説をかんがみるに、アイデンティティが変わらなければずっと使える言葉も確かにある、とこの幕を観てひっくり返された。と思いきや、打掛をまとった四姉妹お待ちかねの父が、ファーストフードの包みとコーラを引っさげ千鳥足で帰ってくる。姉妹の成長の様子を、半分眠った酔っ払いのたわ言として語るスーツ姿の父。その言葉は、やはり前置きで述べた『Little Women』における固定された場と関係性によってつくられた身体と言葉から、なんと隔たった得体の知れない軽さで劇空間に浮かんでいることだろう。食べ物やものの食べ方も、人の身体とともに在るものでありながら、言葉とは異なる次元で変化していることに気づく。ここで個人的に映画『スーパーサイズ・ミー』(3)を連想するやいなや、舞台ではネクタイを助六式に頭にしめた父が「あで、電気つけといて」とすべった声で、四姉妹の退場した下手に向かって言っていた。このように、わずかな時間の内に次々新しい『若草物語』が発芽し茎を伸ばしていく、そのどんな瞬間にもユーモアを確実に舞台へ刻む三条会の演出が、3幕ではひときわ輝いていた。
 粟津裕介(発条ト)参加の音楽は、この3幕で使用された「若草物語」が、三条会と音楽との関係に新しい可能性を開いたといえる。メロディは複雑ではない。しかし曲のシンコペーションが、大川・榊原の朗唱と横隊二列に並んだ身体の激しい動きを煽るのではなく、優しく外側から包みこむように用いられていて、これが三条会特有の劇空間の緊張を、たるませず和らげることに成功していた。だがその他は行儀のよさが耳に残る。三条会は『班女 卒塔婆小町』の「Tonight」(WSS)、『ひかりごけ』の「黒の舟歌」「カノン」、そして今回の「imagine」の選曲しかり、歌詞も曲調もメロディもリズムもひっくるめて楽曲としてもうこの世にある、曲の存在それ自体と真剣に対峙しつつ遊ぶところに本来の猛々しい魅力があると思う。演出家個人の薄暗い想い入れを一切練りこまず、また歌われている情景を再現するという関心などさらさらないはずのに、曲を視覚化してしまう関の才能は「imagine」で垣間見ることができた。(05.02.23 ホール椿)河内山シモオヌ

(1)関西の伝統芸能 いま・歴史・みらい
(2)三条会の『若草物語』は、春夏秋冬と移り変わる原作を、便所・学校・友情の3幕構成に仕立ててる。俳優が原作の時間の流れの上に乗るのではなく、彼ら自身によって新しい時間の流れをつくり、舞台上の時空間を重層・立体的に広げていくことで、現代に生きる俳優自身の言葉として台詞を語ろうとする三条会の変わらぬ試み(参照レビュー:『班女 卒塔婆小町』)は、役者が物語の流れを止めて見得を切り見せ場を強調することで、具体的な人物の演技から抽象・様式的な表現に飛躍する(この時、舞台上の時空間も具象から抽象へ飛ぶ)歌舞伎の舞台と似ている。
(3)『スーパーサイズ・ミー』思想で身体がふくれた監督のとはタッチの異なる、ユーモアの機能したドキュメンタリー映画。店員からスーパーサイズを勧められたら断らずにファーストフードを食べ続けるとどうなるか、健康な監督モーガン・スパーロック(非ベジタリアン)が試す。本土各所でまともそうな肉魚や野菜や果物を揃えるのは、大変な時間を必要としたり金銭的負担がかかりすぎるのではないかというホラーをアメリカに見る。「マックのロナルド」が愛される理由や学校給食の実態(問題の多い搬入業者の社名がソデクソという図ったような名前)の他、特に戯画化されていないのに限りなくナチュラル・ボーン・マフィアな加工食品業界ロビイストの活躍も捉える。

Posted by : 08:20 AM | Trackback

October 17, 2004

松平健 錦秋公演

*以下の文章は公演内容について言及しています。新鮮な気持ちで公演をご覧になりたい方、これから劇場に行かれる方はご注意くださいますようお願い申し上げます。河内山

 新宿コマ劇場にはやはり、顔の大きな座長がふさわしい。
 三重の回り盆を従えワイドに丸く張り出したコマの舞台にあうのは、幅の広い顔だ。特に舞台前方で正面を向いて立った時、ワイドTV的(横に引き伸ばしたよう)に広がる舞台空間に負けない顔幅は、座長を座長たらしめる重要なファクターだといえよう。
 逆に顔が小さいと、コマ興行である必然性が希薄になってくる。そのことを確信したのが、昨年の氷川きよし座長公演であった。何かしっくりこないと思っていたら、顔が小さいのだ。もっとも客席へ視線を送る時、高齢の観客を確実に捉えゆっくりと微笑みを与える氷川の正確なアクト、また司会者を置き、氷川への賛辞とMCの段取りは任せる演出など、観るべきものはあったことをつけ加えておく。
 さてブームになって久しい「マツケン」。梅田コマ劇場と博多座に続く今回の新宿コマ興行は、一部を芝居、二部を歌謡ショウに分けた近年の彼のスタイルは取られず、『暴れん坊将軍スペシャル 唄って踊って八百八町~フィナーレ・マツケンサンバ』という一つの作品を上演するかたちで行われた。

 物語は、問屋の娘お七と伊織、元は役者だったお夏と松平演じる新之助(実は上様:徳川吉宗)の二組の恋のゆくえを軸に、連続する不審火・木材買占め・「からゆきさん」の斡旋業にまつわる陰謀の謎が解き明かされていくというものだ。これに上様が親しんだ子守唄の悲しいいわれも絡んでくる。また、上様の母への想いが時折夢幻のように現れる。歌と踊りを交えた物語が一件落着すると、爺の「無礼講ですな」を合図に歌謡ショウの状態に入る。その時刻を確認したところ18:50近く。終演は19:20頃なので、正味30分のショウである。羽根をあしらった白いガウンや金の鱗状に輝くサンバ用着流しなどショウの衣装は数点、セットは無礼講開始時点で幾何学的なデザインに電飾をほどこしたものになり、後はラストまで変わらない。
 
 観劇した当初は、プロットを持ち出し歌や踊りとの辻褄を合わせたことによって、全体が薄くなったという印象を拭えなかった。例えば物語中盤、簡素な芝居小屋の前で朗々と読経声のラヴ・バラードを歌う松平。衣装は「しっかりした身なりのお侍」ではあるとはいえ、それでも日常の動作に即した着物姿だ。寂しい景色の中で、二人の恋心だけが夕日のように煌めく場面に思えないこともない。ところがこの展開では、いなせな若衆から弁財天までやる幅の広さ(以上は明治座で松平が行った)、性ばかりか洋の東西も自在に行き来し予想を超えるセットと衣装、何でも踊る群舞など、予算のある興行ならではのレビューのお楽しみは、ことごとく削がれる。「一回限り」という触れ込みでお夏と新之助が小屋の舞台に立ち、マンボを踊る場面構成はよく練られていたので、いっそ時代考証を全部無視して、上様が世界中の踊り子と出会うインター・ナショナル版にでもするか、喜劇的要素の強いオペレッタの手法を取り入れれば、これほど地味にならずに済んだのではないか。無駄な思索に駆られた。
 結局、彼らは一本のミュージカルを目指したのだと思われる。だが出演者の積極性にも関わらず無礼講前の演出は、「台詞・歌・踊りの順番と場面転換が、緩慢だけれどもそれっぽい舞台」の域を出ていなかった。まず、夢落ちで終わる話のあらすじを皆でかわるがわる朗読しているような台詞が、舞台の時間を停滞させている。その台詞の前後に流れる曲の転調や繰り返しは、乏しく唐突だ。おまけに一幕終わりの縮んだ群舞から露骨に伝わってきたのは、余裕がなくて歌や踊りを忘れていた劇中の人々の辛さより、後の無礼講までずっと抑えで行くという進行上のせこい計算だった。ミュージカルの特性は、楽曲の層の間を泳ぐ(転調・繰り返される)主要なメロディを聞き、振付や身体性を観ただけで、登場人物のキャラクターや心理のみならず作品の構造・背景も大まかに掴めることだ、という自分の認識に従えば、個人的にこれをミュージカルと呼ぶのは苦しい。
 
 しかしそれはおくとして、元ネタであるTVシリーズの『暴れん坊将軍』の大原則、つまり徳田新之助は、視聴者の希望年齢(おそらく三十前半か)のまま歳をとらないということを再考したら、薄いとは言えないと考えを改めた
 TVの上様は身分を隠して江戸の町に行き、徳田新之助と名乗って市井の人々と交わり悪をこらしめる。途中で女性との恋模様他、どんなことがあろうとロンド形式で終わりまでに元へ戻り、爺が見合いを勧めたりする。形式という枠を設けて表現の実験をしたり超法規的手段によりSFドラマになるのと違い、堂々たるロンド形式の中に、主役の松平さえ駒として組み込まれているのが特徴的だ。
 こうした延長上に今回の興行があるとしたら、上様はTVシリーズの「リアル」を死守し、上様然として在ることが第一に求められる。ならばわかる。江戸をうろつかない新之助、町娘や闇金に群がる悪党と絡まない上様など御法度だ。舞台の上様はパワーアップして歌や舞を披露し、町の人々と比較するとその賢さ、格好良さ、善性、浮世離れ度合いは宇宙的だが、あくまでも形式を遵守しながらの純化であったことに注目したい。すでにTVシリーズが終了した事実を踏まえると、SPものとして上様を原則から逸脱せずロング枠で、しかも一度終わらせて永遠になった話を昨日の続きのように、コズミックな身体というTVにはない強さを持って松平が演じたのは意義あることだったのだろう。
  一体TVシリーズはどのくらい続いたのかと思い調べたところ、足掛け26年とのことだった。徳川吉宗の治世は29年(1716-1745)なので、実際の在位期間に迫る長きに渡り、松平は徳川吉宗を演じたことになる。29年の治世の間に幕藩体制の建て直しを図り、貨幣ではなくそれまで引き継がれてきた米の経済に基づいて改革を行った吉宗。かたや26年間、一人の俳優が吉宗/新之助として生きてきたロンド形式の世界。史実とフィクションの20余年の月日を指一本分ぐらいの太さで繋ぐものは、変わっているようで変わらないという在り方かもしれない。
 
 何よりも今回は、殺陣をはじめ身体に入っている芸に関して「マツケン」というソフトが大変優秀であることを実感した。さらに彼は耳が敏感なのだと思われる。踊る音楽によって音の取り方を、とてもさりげなく変えていた。だからあれだけ多種の、時に定義不可能なダンスを数十分の間に次々踊ることが可能になるのだ。舞台のマツケンサンバについては、筆者は明治座公演の時と、それより以前に一度観た記憶がある。初回の衝撃は薄れても、カタルシスは観る度に大きくなっていく。どこまでも朗らかなグルーヴを感じるからだろう。
 松平の歌は音程が合っており、決して不味くない。ただ声質があまりに朗々としすぎていて、張り上げると先にも書いたように読経的に聞こえてくる。でも松平はそのまま「hoo!」と楽しげに掛け声を入れる。歌としてはここでずっこけてしまうのだが、ちょっとでも巧く聞かせようとか、無難にまとめるなどという小細工をしない潔さが端的に表れているのがこの「hoo!」だ。
 とにかく、松平は全身全霊でがんばっていた。将軍の名に恥じぬ天晴れな座長であり、エンターテナーだったと思う。演劇業界のみならず、趣味人の間では知られた松平健のパフォーマンスとはいえ、TVでは北島三郎出演の歌番組に突然現れて踊ったりゲリラ的な露出だったのが、ここ数年で当たり前となった。悲壮感を微塵も漂わせずブームを受け止めた彼の身体性が、今後どこへ向かうのか楽しみだ。

 あとは脇の話を少し。ドスの効いた声がするなと思ったら三原じゅん子が出ていた。松平が「寂しくなったらまた来てください」で〆るMCの間、三原は両腕の力を抜かず下げた十手でぴしっと×印をつくって待機しており、きれいな立ち姿を見せていた。
 物語についても補足しよう。「火事になると会える」という台詞もあることから「八百屋お七」を意識しているのは間違いない。古典を下敷きにするとか本歌取りとか、この際なくても誰も困らないのに読みかえや引用が半端に終わっていて、かといって単に客へのサービスとして取り入れたにしては、脚本の余計な自意識が感じられた。
 かつて藤田まことはコマ劇公演の際、『必殺仕事人』のオープニングを映すスクリーンの後ろから、ターミネーターよろしくにゅっと出てきた。むろん観客は、そのもてなしに大喜びである。長寿番組は、古典に頼らずともそれ自体がすでに笑いの種の宝庫だ。今回もTVあっての公演ならば、使用曲や馬上姿の松平など、TVシリーズとの連歌の関係を密にすると、長寿番組のマンネリズムを逆手に取ったサービスができたと思う。(04.10.08 夜の部 新宿コマ劇場)河内山シモオヌ
松平健とエンターテイメントについて

Posted by : 12:19 AM | Trackback

October 13, 2004

THE DEAF WEST THEATRE PRODUCTION OF『BIG RIVER THE ADVENTURES OF Huckleberry Finn』  

ミュージカル ビッグ・リバー ハックルベリー・フィンの冒険

アメリカの劇団、デフ・ウエスト・シアターに見た「違い」の意識 

 観に行こうと決めたのは、健常者と聾唖者が一緒に演じるこのミュージカルについて、手話が「いわばダンスの振付になっている」と紹介している文を読み、疑問を覚えたのが最大の理由だ。一見舞台をイメージしやすそうな説明だが、手話とダンス、どちらから考えてもその言い方は雑すぎるのではないかと思った。
 まず、アメリカ式手話(American sign language)はれっきとした言語(language)の一つだ。マイムとも違う。なぜダンスになるのだろう。ものの喩えだとしたら随分外している。『ビッグ・リバー』の俳優が創る身体のかたちは、最初から具体的な、決まった意味を持つsignが言葉として組み立てられたもののはずである。対してダンスは、必ずしも意味を持たされたり、物語のお供をする表現ではない。ダンスから振付家独自の音楽性や舞踊言語を観客が様々に受容し、作品をたぐり寄せることと、手話を見るのとはまったく別の行為である。いっしょくたに「どちらも身体の動き」と捉える目が、同じなのではないだろうか。
 紹介文の説明に疑問を呈するだけでは仕方がないので、道徳教育的な狙いが強い公演だろうか、と若干かまえるところもあったがとにかく観に行った。

 果たしてそれは、目で聞くパフォーマンスであった。彼らは手話で台詞を述べ、またある時はステップを踏みながら手話で歌っていた。声に出して同じ台詞を喋っても俳優の個性が出るのと同様に、一人一人の表現は違う。そうした彼らの台詞や歌のリズム、ブレス、強弱などを、私は語り手の身体を通して聞いているのだ。
 
 俳優は忙しい。ハックとともに旅をする逃亡奴隷のジム(M.マッケロイ)は、声に出して話し歌い、同時に手話を行う。厳しいダグラス未亡人の元から無法者の父親に引き取られ、逃げ出すハック(T.ジョルダーノ)は全身を駆使して手話で話し歌う。ハックの声の台詞と歌は、原作者のマーク・トウェイン役を兼ねた俳優(D.ジェンキンズ)が脇から担当する(彼は楽器も弾く)。麦藁帽に柔らかそうなシャツのハックに対し、三つ揃いを着こなしたマークのように、手話/音声の両者のいでたちは違う場合と、似た装いで出てくるパターンがある。その上、彼らの立ち位置が離れている(小説のページを模したパネルが立ち並ぶ装置の斜め上方、あるいはサイドから、または群集にまぎれ、音声担当が手話にあわせて台詞を言う・歌う)場合と、両者ぴったりくっつく場合に分かれる。立ち位置が離れている時は、聾唖の俳優の位置に近い方のスピーカーから音声が出る。
 ぴったりくっつく場合で代表的なのは、ハックの父親だ。容貌はあまり似ていないが、まったく同じ衣装を着て迫力ある髪型をした2人の俳優が現れ、ほぼ同じ振りをしながら手話と音声に分かれる。父親の周囲へ及ぼす迷惑、粗暴な振舞いは両者により増幅して表現される。両者はわずかに違う振りの時を中心に、細かく合図しあっているようだ。なお両者は、このように手話/音声に分かれる時と、手話/音声+手話になる場合がある。
 こうしたヴァリエーションは、演出上最大の効果を発揮するよう緻密に計算されているはずなのだが、繰り返し観ないと全貌を掴むのは難しいだろう。おまけに日本公演は字幕つきである。台詞を字で追いすぎると、手話による台詞を見逃してしまう瞬間がままあった。

 舞台を観ていると、手話は顔の表情や全身を駆使する特徴を持つ言語であり、感情を伝えるための身体表現力が鍛えられるのだなということもわかる。
 特にジョルダーノの、くるくる円を描くような滑らかな手話の軌道は際立っており、それは快活な喋り方のハックを思わせ、また一カ所に納まらない自由の希求者という、キャラクターの完結した側面をにじみ出させていた。一つ一つの手話が慎重で、強い意思を感じさせるマッケロイとともに卓抜した表現力である。ただし俳優の個性として突出しているジョルダーノの清潔感は、ハックという役柄を考えると評価が分かれるかもしれない。また弔いの場面で、メイドの母娘による深い海を思わせる圧倒的な声量の霊歌と、天上を繰り返し仰ぐ手と表情の、観ていて息が出来なくなるほどの万感を込めた手話の歌の二重唱は、今までに体験したことのない音楽だった。
 これらの動きは手話の言語的特性を生かして、手話による台詞や歌に発展させたものである。ステップ・表情・音による歌・手話による歌が層のように重なりキャラクターの感情の発露となった場面でも、他のミュージカル作品と同じく、歌とダンスが別の表現であることは注意深く観ていればわかるはずだ。仲間たちで遊びの計画を立てるところの、全員が浮き足立つステップなど、細かな振付は別に存在している。
 
 断っておくが、私は手話がダンスに見えたにもかかわらず「これは言語だ」と頑なに念じ続けていたのではない。実際に俳優の手話が始まったら、それは見るからに感情を伴う怒涛のsignsであり「言葉を話しているけれど、日常の喋り方とは違って、歌や台詞になっているのだろう」と、ごく自然に察したのだ。そして観ている間中、ここは語尾を伸ばしヴィヴラートを効かせているのだろうかとか、弾むように節をつけているのだろう、と想像力をかきたてられた。
 クライマックスでは大勢の俳優が舞台にいて、それまでの音声による合唱がふつっと消え、全員の手話だけが続く場面がある。静寂の中、大音量の歌が目に押し寄せてくるような、不思議な感覚にとらわれた。しかしいつもの「ものを見る手段としての目」を変えずに「揃って上体を動かしている」と考えたら、目から聞こえる歌の音量は絞られ、彼らの手話は群舞にも見えたかもしれない。結局のところ、手話が「ダンスの振付になっている」という言葉は、目を目としてしか使わなかった場合の感想なのだろうという結論に落ち着いた。

 『ビッグ・リバー』は筆者のように手話を学んだ経験がない者にも、手話という言語が、作品を成立させる他の諸条件―例えば音で聞こえる台詞や歌・ダンスなど―とまったく対等に舞台表現として機能していることを、明快に示す作品である。さらに手話が作品の中で孤立せず、他の諸条件と睦みあい、かけあったりアンサンブルになったりしながら、奴隷制をめぐる当時のアメリカ南部社会の通念(キリスト教義の解釈が背景にある)と実際に友人ジムへ抱く尊敬・信頼の念との壮絶な矛盾に悩み、後者を信じて成長するハックルベリー・フィンの姿を描いているから感動的なのだと思う。
 ジムとハックが仲違いの後に、月夜のミシシッピ河上でデュエットする「見える太陽や月は同じ でも 僕らは違う世界にいる 一つより二つの方がいい」という内容の歌詞には、デフ・ウエスト・シアターのスタイルが簡明に表されている。歌が強調するフレーズは、明らかに「同じ」ではなく「違う」である。『ビッグ・リバー』は『ハックルベリー・フィンの冒険』の骨組みを借りながら、聾唖者と健常者が用いる言語の違いを知ることの難しさと、違いを侵さず協調して一つの作業をすることの難しさに挑んだ軌跡の記録でもあるのだろう。
 
 装置についてつけ加えると、 舞台の中央に二畳ほどの台が置かれ、それにジムとハックが乗ると、彼らは筏の上にいるという見立てになっている。いざ河へ漕ぎ出す時は、台の周囲に並んだセピア色のパネルが上と横にはねて、鮮やかなブルーのスクリーンが現われた。冒険が始まるという物語上の展開だけではなく、紙と文字で親しまれてきた古い原作から新しく作品が旅立つ、という意図もあって、小説のページを模した古めかしいパネルがはねる装置を創ったのだと思われる。
 だが、当時の空気が鮮明に舞台に映し出されていたか、さらにその空気を現代に生きる彼らがどう捉えたのかということに関しては、全般に解像度が低く不明瞭であった。一言で書くと、舞台は無臭で温暖で清潔すぎた。
 原作は『トム・ソーヤの冒険』とともに、本国では大変よく知られた物語なのだろう。のみならずこの小説を支えるアメリカの、これぞ大陸という広大な土地、場所によって激しく変わる自然や気候、父と息子の関係の重要性、自由の重さ、州ごとの強い権限などはいにしえの神話的事柄ではなく、文化を育み今の生活とも少なからず地続きであるに違いない。
 そんな空気のように共有されているものを、地形も歴史も宗教も違うところにいる人間が、この作品を観て想像・喚起できる描法がどれだけあっただろうか。今回はその一番大事な空気が真空パックのように抜かれ、ハックの冒険譚があらすじに沿って上演されている印象を受けた。
 それよりも作品の時代を生きた人々が感じ、嗅いだであろう南部の空気、大陸の内側にいる人間が意識/無意識的に「当たり前」だと思っている背景を彼ら自身がよく見て立脚点を定め、劇場で描法を駆使して観客の五感に訴えることこそ、アートの初歩的な仕事ではないかと思う。俳優らがとまどいを見せるほど淡々と舞台が進んだのは、言葉のギャグを理解できない観客のせいだけではないはずだ。カントリーやゴスペルを用いた楽曲は「Dang Me」で知られるロジャー・ミラー後期の作品(作詞・作曲)である。が、演奏は凡庸で、特にカントリーは勘所とでもいうべき盛り上がりがなく平坦に流れてしまっていて、俳優の歌唱力と身体のふんばりに頼っていたという点も、舞台の弱さの原因として挙げられるだろう。(04.10.11 青山劇場)河内山シモオヌ 

Posted by : 08:25 AM
1 |  2  | all pages