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September 25, 2005

#1. ポタライブの「源」

 「散歩しながら楽しむ」路上演劇、「ポタライブ」に関するレビューは、ワンダーランドでも2005年5月28日の記事で紹介していただいた。この秋「アキマツリ」と銘打って新作、再演と取り揃えた連続上演がおこなわれている(詳細はポタライブ通信で)。

 先日、「アキマツリ」の先頭をきって、ポタライブの第一作『源』が緊急再演された。舞台になる場所が消え去ってしまうため、上演可能な今、最後の再演がなされたのだという。このいきさつのなかに、ポタライブという演-劇スタイルの特質が見えてくるようだ。

 『源』という作品に照準しつつジャンルとしての特質を考察しながら、ここで改めてポタライブを紹介してみたい。

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 ポタライブは、市街地、野外で上演されるけれど、舞台芸術である。野外を舞台とするというよりも、野外が舞台になるのだ。それは、必ずしも「借景」だというわけではない。市街地や野外の風景そのものに秘められたドラマがむしろ主役になることもあるからだ。

 その点で、たとえば寺山修司の市街劇とは別の角度からドラマにアプローチしていると言えるはずだ。ポタライブは、寺山的市街劇の攻撃性や過激さと直接比較できないような性格をもっている。しかし、より穏やかなものではあっても、あくまでドラマを汲み取ろうとする営みであることも見逃すべきではないだろう。


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 舞台とは、常に束の間のものだろう。上演という関係が結ばれる間だけ、ただの空間は舞台としてそこに現れる。そうした点で、移ろう日差しや天候、様々な通行などを舞台化していくポタライブの創作は、それが束の間のものであることが常に明白にされているという点で舞台化の純度を劇場におけるよりもむしろ高めていると言えるかもしれない。

 そして、その舞台化の遂行は、行政の力や資本の運動などによって痕跡を消去しながらめまぐるしく変化しては反射的反応だけをひきおこすような「スペクタクル」と化してしまう様々な土地の有様を、舞台造形的に、劇的な認識において、束の間、取り戻そうとする運動でもあると言えるかもしれない。


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 劇作家の岸井大輔とダンサーの木室陽一の二人が主宰するポタライブ。その第一作『源』が初演されたのは2003年4月30日だとのこと。再演を繰り返すなかで練り上げられ、『源』は最終形になっていったそうだ。その模索の中で、現在のポタライブのスタイルも確立されたらしい。ポタライブという名称が使われ始めたのは2003年からだが、その前身となる作品は「街頭芸術横浜2001」で公演されていたとのことだ。


 ポタライブは、吉祥寺や船橋、谷中、広尾といった様々な土地に取材して既に多数の作品が創作されてきている。「お散歩しながら楽しむライブ」というのが、ポタライブのキャッチフレーズなのだけれど、散歩するコース自体が、それぞれの街や地域への綿密な取材の結果、その土地の歴史やドラマを際立たせるように設定される(取材の綿密さについてはこの記事のインタビューでも語られている)。

 たいてい、どこかの駅の改札前が集合地点に指定され、そこに集まった観客は、案内人に連れられて駅から歩いていく。一行が、その土地が秘めているドラマの要となるポイント、ポイントにさしかかったとき、少しずつ案内役がその場所の解説をしていく。その、解説が進む風景のどこかに溶け込むように、ダンスなどのささやかなパフォーマンスが行われていたりもする。

 解説の語りと、散歩のコースに寄り添うようにぽつぽつと進むパフォーマンスが、全体としてドラマを織り成していく。ポタライブは、だいたいそのように行われる上演だといえるだろう。

 ポタライブは、独特のしかたで、劇場無しで舞台を作る手法を開拓している。劇場を借りたり、維持したりする資金がなくても、いくらでも舞台は作れるし、いくらでもドラマは実現できるわけだ。
 公的資金や行政からの支援を期待するまでもなく、劇的=舞台的な創造性を発揮する余地を作ろうと思えば、いくらでも可能だということを、ポタライブは示してくれている。岸井さんに加え田口アヤコさんが作演出をはじめるなど、その活動は少しずつ広がっているが、これからますます、その意義は大きなものになりそうだ。


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 さて、野外や市街地でのパフォーマンスということなら、既に様々な試みがなされていて、発想としては珍しくない。

 ダンスにおけるトリシャ・ブラウンをはじめ、今まで劇場の外でパフォーマンスを行う試みは様々になされてきただろうし、メレディス・モンクも場所の特性を生かした野外公演を上演している。それら、劇場の外へ出ようとする様々な試みからポタライブが発想を得ていることは確かだろう。問題は、その発想を具体化し練り上げる手法があるかどうかだ。

 その点で、ポタライブには、一見何気ないが、しかし周到に計算された「作品化」の手法があることに注目しておくべきだ。「散歩」をベースにするコンパクトさ、観客も移動する視点の変化を効果的に舞台作品化する仕方、そして、歩いてまわれる範囲で場所に密着しながら、その地域の特性をドラマ化する手法において、ポタライブには他に無いユニークさがあると思う。


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 舞台とは、視線が集中するように組織された場所のことであり、視線を集める演出にこそ舞台芸術の鍵があるとしたら、それは仮設であれ常設であれ、劇場という閉鎖空間をしつらえなくても様々な仕方で実現可能なことだ。

 その裏返しになるが、ポタライブにも舞台裏はある。観客は案内役に連れられて歩いていき、それにつれて視野が移動するにつれ、死角も移り変わる。その隙をぬって、出演者は観客の先回りをして視界の先にあらわれたり、視界の外に消えたりする。

 歩いていって角を曲がって、風景が開けたとき、そこに不意に出演者があらわれている。後ろから出演者が追い抜いていくこともある。からだを運び視野が動くこと自体が含んでいるドラマの可能性がポタライブでは時折見事に活用されるのだが、ドラマが実現されるために、筋書きをなぞる場面や演技の連続が必要なわけでもないわけだ。

 ポタライブにおいては、演技者が遠景のなかに置かれて、観客は遠くから目をこらすこともあるし、風景の片隅に演技者が立つことで、風景全体が際立つようなこともある。

 これは、「役者中心」「演技中心」的な舞台観からは出てこない、ドラマ的な動的造形の可能性だ。舞台の中心に立つことを特権化するのではない仕方で、多様に移り変わる関係の中に視線が結び付けられ、それが舞台を生み出し、様々に身体や事象が点在する風景そのものが舞台として造形されてゆく。


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 ポタライブをジャンルとして語る上では、観客参加の問題なども欠かせない点だけれど、さしあたりそれについて細かく考えることは控えよう。とりあえずここで、先日行われたポタライブの第一作『源』の再演について語っておきたい。

9月18日(日)19日(祝) 15時―16時
ポタライブクラッシック「源」 

作・演出・案内 岸井大輔(劇作家:ポタライブ主宰) 
出演 木室陽一(ダンス:ポタライブ主宰)
榊原純一(おどり)
丹羽洋子(ダンス)

 『源』では、作品の舞台となり作品を舞台とする風景そのものが、消えてしまうことになった。そのために緊急の最終上演が行われたのだった。

 『源』は、三鷹駅から出発して、浄水場の傍まで歩くコースを上演していくポタライブで、タイトルは江戸=東京の水源地ということにちなんでいる。江戸時代の玉川上水をめぐる歴史の地層を掘り起こしつつ、三鷹市と武蔵野市の違いをめぐる話まで、様々な歴史的エピソードが案内役のナレーションによって語られていき、武蔵野市に特有の自然に満ちた公園の景色の中で、ダンサーたちが土地の記憶の結晶のように佇み、あるいは、踊り、秋口の陽光に照らし出される、その様子は限りなく美しかった(観客も出演者も、秋口の蚊の最後のあがきともいえる攻撃に悩まされもしたのだけれど)。


 そうした散歩の最後の山場は、武蔵野市のはずれにかつてあった野球場へと中央線から分かれて通じていた旧国鉄の引き込み線跡だ。レールを外したあと、緑道のような公園として残された廃線跡は、その両側に散在する家々の庭のようでもあって、独特の佇まいを見せていたのだけれど、道路拡幅工事によってその歴史の痕跡は風景ごと消え去ってしまうことになったのだった。


 『源』という作品は、少なくともその再上演可能性が消え去るという意味においては、その母胎となった風景ごと、消え去ることを余儀なくされてしまったわけだが、上演を通じて舞台となることで、消え去っていく些細な風景は、僅かの人々の間においてであれ、束の間生き直され、作品化され、つまり、形象化=理念化されることにおいて、記憶に埋め込まれるものになった。


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 あるいは、舞台というはかなさの鏡の中で、生活を織り成すそれぞれの身体もまた束の間のものであるということが、劇的に示されもするのかもしれない。

 演劇というものが、一面において、遠く、追悼儀礼に淵源するものだとして(ここでわたしは西郷信綱『詩の発生』所収の論文「鎮魂論-劇の発生に関する一試論-」を念頭においている)、ポタライブの舞台造形は、さまざまな場所に固有の光景に対する「喪」を許さないほどに忘却を強いるめまぐるしいスペクタクルの隙をぬって、観客のそれぞれに追悼的な認識を行う機会をひそやかに開いてくれるものなのかもしれない。そしてそれこそ、常に束の間のものにほかならないそれぞれの身体が要請しているはずのものかもしれない。


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 ポタライブの上演はときどき、あまりに抒情的ではないかと思えることもあって、それは多分ポタライブが組織している「舞台」の構造そのものに関わる制約であるのかもしれないと思うこともある。その制約が身体器官的な要請であるにせよ・・・・『源』の上演で、長く続く廃線の名残の緑道の端を抜けて、既に拡幅している道路のあたりに出る前に通り過ぎた公園で、赤い服をきた出演者に勢い良く漕がれていたブランコが、数分間道路拡張計画の説明を聞いて折り返したあと、再び通りすぎる時には無人で揺れていたことがあって、その折り返して道を戻る先に、次のダンスは既にはじまっていて、揺れているブランコを横目に自ずと視線は元来た道を辿りなおしはじめているのだけれど、そうした一連の視線の動きが、何か劇的なものとして、脳裏に焼きついている。


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さて、以下に公演情報を再掲載しておきたい。


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■吉祥寺編「泡」
  10月1日、3日、4日 13:30~15:00
  JR吉祥寺駅中央口改札前 13:15 待ち合わせ

■吉祥寺編「断」
  10月2日、4日、6日  19:00~20:00
  JR吉祥寺駅中央口改札前 18:45 待ち合わせ

■広尾編「鯨より大きい」
  10月8日、9日、10日 15:00~16:30
  東京メトロ広尾駅1番出口方面改札前 14:45 待ち合わせ

◇横浜編「墓標」
  10月15日・16日 集合場所・時間未定

◇船橋編「青の反対色はオレンジだが、そんな恋は江ノ島の海
に捨ててきたの」
 10月22日・23日 17:00-18:30 
JR船橋駅改札前17時待ち合わせ

■船橋編 「ふねのはなしは、ないしょのまつり」
  10月29日・30日 14:00-16:00 
JR船橋駅改札前14時待ち合わせ

■船橋編「ルーチン ワーク」 
  11月3日4日5日6日 13:00-
 JR船橋駅改札前 13時 待ち合わせ

■小金井編「かわあそび」
  11月12日13日 JR武蔵小金井駅改札前15時待ち合わせ

料金は■が2000円、◇が1500円です。

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予約問い合わせは、
potalive@yahoo.co.jp
または
080-3444-4342
で受け付けている。


上のリストの中で私が見たことがあるのは「断」と「青の反対色は・・・・」の二本だが、「断」は吉祥寺の謎が一気に明らかになる名作。必見かつ必聴。「青の反対色は・・・・」は、海に向かっていくルートが楽しく、遠景のダンスが絶妙だ。

Posted by : 01:50 PM | Comments (1) | Trackback

September 18, 2005

#0. 劇評と劇(場)の概念について

未来社のPR誌『未来』の2005年9月号が、舞台芸術関連の記事を二本載せている。そこから、このあいだの『ユリイカ』「小劇場」特集、についても触れつつ、劇と劇場、の概念についてちょっと考えてみたい。

これから執筆者としてこのサイトに参加するにあたり、まずはこういう形で投稿を始めてみようと思った。

まずは、『未来』の2005年9月号から見てみよう(ちなみに、大きめの書店や人文書に力を入れている書店などでは、『未来』を無料で配布している場合もある。公立図書館などに所蔵している場合もある)。

現在日本滞在中のハンス=ティース・レーマン氏による著書『ポストドラマ演劇』への書評として書かれた横山義志氏の「演劇の低俗さについて」は、それ自身独立した論考としても読める。横山氏は、件の邦訳でも「演劇」と訳されている “theater” という語が「劇場」も意味するものであることに触れつつ、ギリシャ語の語源にも遡りながら、歌や踊りを排除した「演劇」が成立した系譜を解きほぐし、身体を見る経験の場としての「シアター」を捉えなおそうとしている。

もうひとつは、岩崎稔氏による、「コレオグラーフ、ウヴェ・ショルツの死」で、普通なら振付家と訳される“choreographer”という語を、ギリシャ語の語源にも遡りながら、コロスの配置によって創作する芸術家と捉えなおし、その演劇的力を原初へのまなざしにおいて再評価することから語り起こして、日本には十分に紹介されてはいない(私も不勉強ながら知らなかった)ウヴェ・ショルツという芸術家の生涯を簡潔に描いている。

ともかく、すでに日本に定着している、劇、演劇、劇場、といった語がそのような訳語として用いられ定着したいきさつを見直すところから始めないと、日本では「小劇場」とか「コンテンポラリーダンス」とかいった言葉で語られてもいる舞台芸術の今日性を捉えそこなうことになりかねないという問題設定が、ここから浮かび上がってくるようだ。

そこで思い起こすのは『ユリイカ』2005年7月号の「小劇場」特集のこと。

たとえば「この劇団がすごい’05 」としてまとめられているコーナーでは、ダンスカンパニーやダンサーも紹介されていたりした。この一見でたらめな「劇団」という言葉の乱用を見て、「劇団・手塚夏子」とか言って笑ってすましているだけはもったいないだろう。

ちょっと立ち止まって考えてみれば、この紙面構成は、本来ならば「小劇場」とか「劇団」という言葉で括れなかったはずの事柄をそこに投げ込み、あえてカテゴリーを誤用し、概念をきしませてみせることで、舞台をめぐる言葉が、日本の舞台芸術の動向に追いついていない現状を、そのまま露呈するパフォーマンスになっていた、と言えるのかもしれない。

と、ここまで書いて、もう一度立ち止まってみる必要があることにあとから気がついた。この晩夏、日本のマスメディアで「劇場」という言葉がどのように隠喩的に用いられていたかについても、注意を怠るべきではなかったかもしれない・・・・。

さて、今まで「はてなダイアリー・白鳥のめがね」の記事をこちらで度々紹介していただいたわけだが、このたび、Wonderlandの執筆者として、直接投稿させていただくことになった。

これから、個々の舞台作品に触れた経験にも折々言及しつつ、劇場という場所の成り立ちを問い返すことを目標に置きながら、時評的な文章を投稿していきたいと思う。公演評+αといった感じで、舞台を見る文脈が新しく開かれることを願いながら、「劇評」の射程をちょっとでも広げようと試みつつ、書いてみようと思っている。今回の記事は、いわばその問い直しにむけた序論であり導入である。

Posted by : 01:10 PM | Comments (0) | Trackback