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August 20, 2004

tpt「シカゴの性倒錯+カモの変奏曲」

某日観劇録」サイトがtpt「シカゴの性倒錯+カモの変奏曲」(8月12-29日、 ベニサン・ピット)のレビューを掲載しています。いずれも「現代アメリカ演劇の言葉の戦士」デヴィッド・マメットの作品ですが、「アメリカには全国的にもはや一般常識となってしまったような悩みがあって、それを観客も共有しているという前提でもともと書かれた脚本」なので「日本で上演するには、それらの解説に相当するような演出が必要になる」と述べています。
Posted by KITAJIMA takashi : 08:35 PM | Comments (0) | Trackback

燐光群「だるまさんがころんだ」

燐光群「だるまさんがころんだ」公演は、「私たちの戦争」とともに、多くの反響を呼びました。2つの東京公演は7月15日から8月4日で終わり、その後8月末まで各地で開かれています。
こまつ座公演の評をいただいた後藤隆基さんから、「だるまさんがころんだ」のレビューが届きました。坂手洋二(「燐光群」作・演出)の発信方向を見定めようとしているように思われます。

◎「創作」という冒険の道行―燐光群『だるまさんがころんだ』

 坂手洋二という才能は常に歩いている。「現実」の道を踏み外すことなく、自身が現代を生きている、極めて強い自覚を肌身離さずに歩いている。彼は自己模倣を嫌悪する。予定調和を拒否する。貪欲に演劇表現を追求し、常に現行の「坂手洋二」で在り続けようとする姿勢は、作品においても、その創作過程においても貫かれている。

 坂手洋二は、今のそして少し先にあるものを捉える、敏感な社会的な眼を持った劇作家である。その手法は、たとえば評伝劇を確立した井上ひさしと同様の影響を後続に与えたともいえよう。

 近年の劇作の特徴として、坂手は現代社会が抱える問題に基づいた或る一つのキーワードをもとに、そこにまつわるあらゆる事象を吹き寄せにしてみせる。一見それぞれが孤立して見える世界が、実はひとつの輪であることに気づかせる。『だるまさんがころんだ』で言えば「地雷」。しかし、独断の大薙刀を振るって言えば、主題が「地雷」であることにそれほどの大きな意味はない。「素材としての地雷」というならば別としても。彼の意識は「社会派」と括られるのを自らはねのける如く、題材が如何に演劇として成立し、且つ表現が演劇でなければならないのか。それに終始している。何をモチーフとするかは入り口でしかなく、その後の処理如何で綺羅星にも塵芥にもなる。

 今回の「地雷」の選択は、坂手洋二自身が世界とつながろうとする意思表示そのものなのであり、そこに関わるすべての人びとが「演劇」を通してある種の共同性を獲得することに他ならない。もちろんそのすべてが、9.11以後の世界情勢や、地雷という申し子が眠りのうちに牙を研いでいたすべての戦争の上、「現代社会の構成員としての私たち」という立地点にあることが前提なのである。

 『だるまさんがころんだ』は、ここ数年の坂手洋二、燐光群の創作活動のひとつの達成であったといえる。たとえば坂手は『屋根裏』から、十分から十五分ほどの短い場面をつないで一つの大きな物語を完成させるという手法に可能性を見出しているようだ。コマーシャルの挿入が度重なるテレビに慣らされてしまった現代において、短時間のシーンを暗転でつなぐ劇時間の処理は有効に作用する。「笑い」への意識的作業も『屋根裏』以降の産物である。

 時空の広がりは海外に及び、挿話も自立した意味を持つようになった。ラップ調の口上で地雷を売り歩く死せる武器商人は、多用される「専門用語」や坂手の硬質な劇言語と拮抗し、独自の文体を紡ぎだす。また今回の収穫としては非現実の領域にもう一歩足を踏み入れた点があろう。地雷敷地対の兄弟や地雷製作に従事する男の娘、地雷を食べる巨大トカゲなど、死者と生者との共生がより顕著となり、現実と非現実の柔らかな境界が異界への出入口を自在に広げる。

 小さな「挿話」という個人が集合してある形態を形成する。物語の中心に据えられる「家族」は最小限の共同体としてのモデルである。登場人物のそれぞれが集団のうちに生きている。地雷と一人で戦うヒロインの女(宮島千栄)がすべての登場人物と各国語で「だるまさんがころんだ」を遊ぶ。あらゆる種類の人間の共生という可能性を追うこの物語は、今失われつつある人間性の回復を眼中においてはいないか。

 思えば、無差別に不特定の人間を破壊する「地雷」と「通り魔殺人」を重ねた意図もそこにあった。作家の技法が彼の思想を体現するならば、まさに「創作」という冒険を通じて最小限の「劇団」単位から世界へ向けて発信されるメッセージが、ここにはある。
(後藤隆基 / 2004.8.15 )

Posted by KITAJIMA takashi : 11:19 AM | Comments (0) | Trackback

August 19, 2004

劇団バカバッドギター「伝染するラプンツェル」

無夢楼劇団(Dreamless Theatre、台湾)の主宰者C. Jan さんから劇団バカバッドギター「伝染するラプンツェル」公演(7月23-25日、新宿タイニイアリス)のレビューが届きました。筋書き、俳優の所作、演出から最後のあいさつ(礼)まで、同じ演劇人の経験を基にした詳細なレポートです。

Morbid, Twisted, Wicked - Eventually Indescribable Beauty
by C. Jan (Dreamless Theatre in Taipei)

Through conversation, when we use the word 'you', the concept 'you' actually means 'the memory memorized by you', not your mortal flesh or beautiful face, and the way things to be memorized decides one's personality.

Memories, sometimes equal forgetfulness, the play 「伝染するラプンツェル」 wraps the sentimental theme with spread little tizzies. At the beginning, performers wear cartoon clothes made by paper and cutely act a short part of the fairy tale, Rapunzel, unveils the main scene.

The structure of the plot is designed to be suspense drama, there is a mainly indoor scenic background and someone gets killed or injured, though the criminals all got caught at once, even themselves can't describe the motivations. Eventually, they find out that there seem to be hypnosis, or rather, under a curse.

The first suspense is a female staff member, Rinko Saeki. After the injury event, seem to lose her mind slightly, she whispers repeatedly: Memory A and memory B...it is a theory about how things being memorized can affect the way things looked like. For example, the truth, fact or reality, is nothing but how you recall it when needed. In other words, the so-called truth can be chosen, or even delicately designed.

I like the short stories told by different roles through the play, though some may say that those are irrelative to the plots and the theme, or it is just the show time for each character. Uh, well, at least the showers on stage widely open their arms to the audience.

A ghostly role, Karasu, without a face and acting like an old-age witch, symbolizes the hypnosis and the curse. As more appearances on stage, astonishingly, the atmosphere is becoming scary and breathless.

It is not easy to deeply convince the audience that there is a ghost at live theatre; especially this is not a high-budget production. However, the director seems to reach it. At least a foreigner like me who believes in the character Karasu at the moment. The only character without a face on stage arouses me lots of imagination; morbid, twisted, wicked, eventually expresses the elegant and indescribable beauty. Interesting.

Gradually, all clues point to one of the main characters, Shigeko Shigeta. Perhaps because Karasu is part of Shigeta's interior, she decides to chase Karasu. They have a long talk with each other. Eventually Karasu fades away to relief.

This production does his best to explore the vague part of the mind. Feeling like some scenes break my heart with theirs. It is the fragility (not weakness) courageously expressed on stage moves me. The performers are shining under the spotlight because of doubtlessness from director I suppose. Actresses and actors are trained to reach the ability to expose their deepest softness artistically to the audience, which makes the performance art.

At the bow of this play, each performer speaks the name of the role and themselves' one by one. The illusion created in about 120 minutes may be gone by the 3 minutes bow or not.

A wonderful bow at stage won't save a plain drama except their audience, but an inappropriate bow will drag down an excellent performance. The art about how to arrange the bow at the end of a play sometimes is even tougher than to direct the work itself.

Posted by KITAJIMA takashi : 07:33 AM | Comments (0) | Trackback

August 18, 2004

ゴキブリコンビナート「ナラク!」

「dm_on_web/日記(はてな)」がゴキブリコンビナート公演「ナラク!」を取り上げています。タイトルが「薄っ!」。「グロテスクなものをただ見せているだけで、ディテールがない」「露悪趣味もこだわれば楽しめるものになるのだけど、今どき露悪趣味“だけ”で盛り上がれると思っている節があり、その辺もちょっと時間が止まってる気がする」と指摘しています。


Posted by KITAJIMA takashi : 11:27 AM | Comments (0) | Trackback

劇団M.O.P「虚飾の町に別れのキスを」

30's SubCulture Blog」が劇団M.O.P公演「虚飾の町に別れのキスを」(東京・紀伊國屋ホール、8月6-12日)をみて、「難しく考えさせず、その舞台上にある世界と転がるストーリーを誰でも楽しめるエンターテインとして見せた軽快な舞台」と述べています。

Posted by KITAJIMA takashi : 10:15 AM | Comments (0) | Trackback
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