11月1日から新サイトに移行しました。URLは下記の通りです。リンクしている場合はURLを差し替えていただくようお願いいたします。

http://www.wonderlands.jp

こまつ座第73回公演「父と暮せば」

「No hay banda」blog が新宿・紀伊国屋サザンシアターのこまつ座第73回公演「父と暮せば」を取り上げ、「出演者は2人とも達者です。しかし…親子の気持ちのぶつかり合いのところでは心からの触れ合いが伝わってこない演出」とズバリ。また遅刻客が開演中に入ってきて観劇の妨げになる事態も率直に指摘しています。

Posted by KITAJIMA takashi : 02:50 PM | Comments (0) | Trackback

REAL TOKYOに寄稿したレビュー

文字数は250。半角カナなら倍に増やせるかと血迷ったが、往生際が悪いと思い直し、いざ始めてみるとそれは一筆描きのようで楽しい作業だった。  河内山シモオヌ

 UPしたのは、日英2ヶ国語の情報サイトREAL TOKYOに寄稿した舞台・興行のレビューだ。サイトでは、記事は公演終了とともに削除される。元々の記事には舞台写真などの画像、公演データへのリンク、星取り、執筆者一覧にリンクできる署名、読者星がついていた(今回は割愛する)。
 
 事前紹介が原則とのことだったが、私はできるだけ観劇後に書くようにしていた。そんな訳で、紹介できたのは比較的上演期間の長かった作品が多い。事前紹介した作品に関しては、ニュース記事的な文、過去の公演の様子などを記すにとどまった。
 
 やんわり原則を破ったのは、私の場合観てからでないと、扇ならば要となる一文が書きづらいという理由があったからだ。けれども演劇や興行全体を盛り上げるためのアプローチは、事前事後に関わらずいろいろな方法があっていいと思う。REAL TOKYOは執筆者の独断と偏見による取捨選択を前面に出す、という点で一貫している情報サイトだ。またREAL TOKYO向きの作品があれば紹介していきたい。
 
*特に記載のないものは、サイト内のSTAGEカテゴリーに掲載された。
 各タイトルの左はUPされた年月日、下はトップページ一行コメント

030327 白鳥の湖
ロンドンの人気ダンスカンパニー、AMPの追加公演
『くるみ割り人形』など古典バレエの楽曲を借りながら、バレエの「お形」への疑問を実験的な作品に変えてきたイギリスのダンスカンパニーAMP。映画大好きM.ボーンの現代人心理考察(何を観たがっているか、どんな悲劇に共感するか)が卓越している。いかにもクラシック、のスタイルで描かれるワキ筋との対比鮮やかな白鳥の踊りは、パワー全開でラストへ垂直落下。ある時は己に向き合えない王子を、ドッペルゲンガー的に揺さぶる。ゲイ表現は映画『セルロイド・クローゼット』の、隠喩を駆使した同性愛描写テクとは隔世の直球勝負だ。

030328 若者と死
斬新な装置も見どころ      
ジャン・コクトー原案による、ローラン・プティの初期代表作(1946年初演)。日本では牧阿佐美バレヱ団がプティの許可を得、4年前に初めて当時の装置を再現した状態で上演された。椅子が無秩序に置かれた汚い屋根裏のアトリエが、一転して40年代パリの上空夜景に変わる装置の斬新さもさることながら、高いアクロバティックな跳躍の後の激しい落下、首と肩を起点にしたねじれた倒立など、振りは意図的に重力を感じさせる。死神に操られて一人の青年が命を「落とす」テーマを含めて、この約18分の落ちるバレエは時代を超えた新しさに満ちている。
*固有名詞訂正・加筆

030423 障害者プロレス『ドッグレッグス』第59回興行 Approach2
拝啓、健常者さま   
代表北島行徳が著した『無敵のハンディキャップ』から5年余り、最近は満員御礼続きのドッグレッグス興行。健常者と障害者、もしくは障害者同士が、その障害の程度に応じ階級別に分かれて試合を行う。ボランティアを取り巻くゆるぅい感動、自己満足、甘えを断固拒否。他者と自分との違いを、身をもって知る彼らが興行を続けるのは、人間同士が本気でぶつかることを決して厭わないという彼ら自身の立場表明でもある。女社長(すばらしい喋りのセンス)による漆黒ジョーク連発の実況は、北島のいう通りまさしく観客との「言葉のプロレス」。
*TOWNに掲載

030425 東京国際コメディフェスティバル
お台場だヨ!全員集合(ドリフは出ません)   
G.W.のお台場に内外のコメディアンやパフォーマーが大集結。見て楽しめる作品と、言葉を理解して笑うステージの内訳は5分5分の模様。日本発のプリンセス・テンコー、「一線を超えた物はすべてギャグである」が持論の大川豊総裁の下、政治・宗教・経済にお笑いゲリラを仕掛けてきた大川興業の江頭2:50など、今や某国関連のニュース映像経由で目にすることの多い2人を生で見られる絶好の機会だ。電撃ネットワークは、人間効果音のアンビリカル・ブラザーズと共演。ラーメンズ片桐仁も、エレキコミックとのコラボレーションで出演する。

030605 六月大歌舞伎 夜の部
ご存じ、幸四郎の幡随長兵衛に注目
三千余人の子分がいたという江戸の侠客、長兵衛を主人公にした狂言は数多い。かつて染五郎時代に、河竹黙阿弥作『極付 幡随長兵衛』を演じ、手塚治虫に「"二十一世紀に歌舞伎役者が示すような"芝居」と評された幸四郎。今回は長兵衛と白井権八の出会いを描く鶴屋南北作『御存 鈴ケ森』で、どんな幸四郎長兵衛を見せるのか。美貌の花形役者が演じてきた権八の殺陣、客席を海に見立てた趣向など、40分ほどの演目だが見どころは沢山。仁左衛門・玉三郎の顔合わせで贈る通し狂言『曽我綉侠御所染』は、両花道を用いる珍しい舞台だ。
*家庭画報国際版ウェブサイトに翻訳転載

030609 サド侯爵夫人―澁澤龍彦著『サド侯爵の生涯』による―
三島由紀夫作、シアターアーツが選ぶ戦後戯曲ベスト1
6人の女が語るサド侯爵。客席に張り出したチェス盤のような舞台の上で、彼女たちはシンプルにアレンジされたロココ調の衣装に身を包み、各々を象徴する思想に跨ってサドを語り、革命へと移り行く時代を背景に言葉のみの騎馬戦を繰り広げる。場ごとの立ち位置が細かく変わるので、人物相関や各人の心理の動きは明解だ。中央の空いた椅子はおそらく不在のサドであり、からっぽの椅子で示された、この世で「一番ふしぎな」実体サドと対峙し続けるルネの宿命は、19年の歳月を経た終幕で明らかとなる。ベタ過ぎるSEが台詞のリズムを分断。

030610 The Musical CHICAGO
ボブ・フォッシー渾身のトリック
ボードビル形式を取り入れたステージ。トリックやどんでん返し満載の物語ラスト、命運を賭けた「ショータイム」の終了を悟った後のロキシーとヴェルマの歌には、あえて猥雑な世界から機微を、老いと疲労から希望を描き続けたフォッシーの人生観と人間賛歌が託されている。このミュージカル最大のトリックは、50年もたてば全て変わってしまうと劇中で歌っておきながら、今なお踊り継がれている『CHICAGO』そのものだろう。元Wet Wet Wetのボーカル、M.ぺロウの扱いは座長公演的だが、自信を持って軽快に弁護士ビリーを演じている。

030805 世界バレエフェスティバル
フォーサイス、キリアンらコンテンポラリー作品も上演
世界各国のプリンシパル、エトワールが競演するバレエフェスも10回目を迎え、コンテンポラリー作品の上演が増加。期間中は度々、談笑しながら電車で上野から帰るダンサーたちに遭遇する。日常空間に現れた、この高い音楽性を備えた特殊技能集団には、強烈な個性を持つ者がいる一方で、美しいがよく似ているダンサーも。厳しい練習の連続、そして日々表現するものが似た場合、外見も相似形になるのだろうか。ジル・ロマン(ベジャールバレエ団)の『アダージェット』は涙が踊っているかのような哀しみに溢れ、かつて観た江頭2:50の一人芝居が思い起された。

030805 blast
超マーチングバンド!
ドラム&ビューグル・コーとマーチングバンドを極限までショウアップ。サーベルやカラーフラッグも登場する。久々に「すべての芸術は音楽に憧れる」という言葉を思い出し、アメリカの多様性と寛容な文化を堪能した。ところで、軍の伝統でもあるマーチングバンド。たしかに聞いていると大変気持ちが高まる編曲であり、もしこれが「地元の」とか「自国の」バンドならば、連帯意識も芽生えよう。これだけ寛容で多様性を持った文化の利用目的の一つが、国威発揚というのは皮肉だ。オーチャードはいつもの通り、どこで観ても満足度の低いホールである。

030922 ALICE FESTIVAL '03
21回目の小劇場演劇祭、国内外10都市13劇団が参加
東アジアとの演劇交流を続けてきた「ALICE FESTIVAL」。今年は新たに2カ国のカンパニーが参加する。アクロバット、マジック、バレエ、コンテンポラリーダンスで構成された、旅芸人の愛の道行『Love:A Distant Dialogue_愛:よそよそしい対話』(ニューデリー)、夜の人々の物語を独特のダンス・テクニックで描く『Melatonin』(シンガポール)、両者に共通するテーマは「孤独」のようだ。なお『Melatonin』は、『Serotonine』(銀幕遊學◎レプリカント・大阪)との競作。演出家やゲストを交え、各都市の演劇状況、彼らの創造方法などについて話し合うシンポジウムも同時開催される。

031031 CVRチャーリー・ビクター・ロミオ
「ふるえるほどリアルだ!」(N.Y.Times) 
管制官との交信やパイロットの会話などを記録するCVR(コックピット・ボイス・レコーダー)。実際の飛行機事故のCVRに残された記録を、操縦室に模した舞台で俳優が演じる。網のような飛行マニュアルが何かの原因でほつれた時、その破れ目から立ちのぼるクルーの声は、専門用語のやりとりというより危機に向かう人間の精神そのものの発露だ。これはフィクションの広野から台詞で心理を掘り出す戯曲以上にタイトな「ドラマ」の構図であり、なぜ上演側が「演劇」として取り上げたかという問いへの答えだろう。初演時は「台詞を喋っている」感が強かったが・・・・・・。
*加筆

031121 野村萬斎企画・監修 現代能楽集 I『AOI』『KOMACHI』
麻実れい、手塚とおる好演
川村毅が「右に能の詞章を、左に三島由紀夫『近代能楽集』を置いて」書き下ろした2戯曲の上演。『KOMACHI』の小町は、原節子の軌跡を彷彿とさせる女優に置き換えられて登場。全編から川村の、映画に対する特異な、気味の悪さを感じさせるまなざしがこぼれてくる。『AOI』は『近代能楽集』収録の「葵上」の骨格や、幽界と現実の配置をそのまま踏襲した川村流日本演劇クロニクルに思えた。光源氏はカリスマ美容師。やや酸味を覚える「現代の」設定だが、そうしたディテールや通俗性より、すべてが個人の物語へ収斂されていたことに違和感が残る。

040119 プティ:マ・パヴロヴァ【DVD】
詩情あふれるカルフーニの熱演 
「ピアニストがピアノを持つのと同じように、自分のカンパニーを持つことは振付家には欠かせない」と語ったR.プティ。1972年の創立当初から26年間芸術監督を務めたマルセイユ・バレエ団出演の『マ・パヴロヴァ』は、ショパンやマスネ、ドリゴらの曲に振付けた16のパートで構成されている。バレエ団のミューズでプティの美しい楽器、D.カルフーニの全身を貫く詩情が、彼の舞踊言語をあますところなく伝える。信頼するダンサーとの共同創作こそ、プティの原点であったことを雄弁に語る作品だ。共演はD.ガニオ他。87年スタジオ収録映像。
*BOOK/DISKに掲載

040122 NANYA-SHIP:かけがえのない日々
動物を演ずるのはミュージシャン
1967年に書かれたラジオドラマ。上演にあたって、演出の宮田慶子は「夢を語った途端に『獏』に襲われる動物園の警備員たちという、清水邦夫作品特有の観念性を踏まえつつ、彼らと『拘束されることにむしろ安心感を持つ現代人』との間にブリッジをかける作品に仕上げたい」と話す。今回は3人のミュージシャンがアニマルと化し、生演奏でその生態を表現する。俳優とのコラボが楽しみだ。『萩家の三姉妹』やマキノノゾミ作品などで活躍中の女優、南谷朝子を中心に意欲的なプロデュース公演を続けるNANYA-SHIPの連続プロジェクト第一回。

040129 プティ:ガラ/若者と死【DVD】
トゥシューズで蹴られるヌレエフ 
野外ガラ公演と、約18分の傑作『若者と死』の二部構成。『若者と死』は、青年が娘(死神)に翻弄され命を落とすプロットや重力を強調した振付をはじめ、表象されるもの全てが「落ちていく」バレエだ。今回のヌレエフ版はギリギリと力を内側にためるような動きが多用され、小爆発を繰り返すアクロバティックなバリシニコフ版(映画『白夜』に収録)との違いに目を見張る。屋根裏部屋が上空夜景に一転する装置を使用していないので、屋根の彼方へ消え去る若者の最後の「浮遊」が見られずやや残念。音楽は管弦楽編曲のバッハ「パッサカリア」。
*BOOK/DISKに掲載

040315 三月大歌舞伎 夜の部
煩悩を焼き尽くせ! 息を飲むお坊さんの大群舞
お勧めは『達陀(だったん)』。達陀は梵語で「焼く」の意。奈良東大寺二月堂の秘法、火と水の行「修二会」のクライマックスで、達陀の行は燃えた松明を堂内で振り回し行われる。二世松緑はこれを4場の舞踊劇にした。行中の僧集慶(菊五郎)は、己の煩悩のあわせ鏡として現れた青衣の女人(菊之助)の誘惑と切ない訴えに、たまに負けながらも打ち勝つ。圧巻は練行衆による大群舞。グーパンチの両手を突き出し、邪悪を焼き煩悩を切る群舞は不揃いだが、骨まで斬れる肉厚いみだれ刃文の刀のような凄味があり、舞台に舞う春雪は炎の熱に解ける。
*家庭画報国際版ウェブサイトに翻訳転載

040315 Matthew Bourne's Nutcracker! くるみ割り人形
92年初演作品を全面的にリ・クリエイト
曲を物語に読みかえるM.ボーンが最初に手がけた全幕ダンスをリ・クリエイト。くるみ割り人形をもらった孤児院のクララは、夢の中でチクロやサッカリンをふんだんに使ったとおぼしき菓子の国の宴から締め出しをくらい、想いを寄せる相手には裏切られる。明るいが不安材料山積みで、強引な救済をもたらさないラストはボーンの宗教観でもあるのだろうか。映画からの引用は、古典バレエへの旺盛な批評精神に較べてオマージュ捧げっ放し。一人二役で踊られる孤児と菓子の国の住人は性格が一貫しており、DVD特典映像的に微細を楽しむことができる。

040331 四月大歌舞伎 夜の部
おなじみ白浪五人男、巡る因果をひも解こう
2月『三人吉三』と対をなすかのように、またも嬉しい黙阿弥の白浪(盗賊)物、『白浪五人男』を通し上演。弁天小僧や勢揃の名台詞、がんどう返しの大仕掛けに加え、通してこそ観られる因果の紐解き。『三人吉三』は、宿命を知り罪を抱えたまま極寒の中果てる悪党3人と、脇の人々の冬日にも似た善行とのコントラストが鮮やかだった。初役玉三郎のお嬢と共に、お坊吉三で圧倒的な歌舞伎の絵画美を見せつけ、滲む諦観が涙を誘った仁左衛門は今月、義賊と名高い駄右衛門親分に。背景も雪から桜へ。勘九郎の弁天らが快・怪盗ぶりを披露する。

Posted by : 01:15 AM

August 01, 2004

デス電所「ちょっちゅ念」

 関西の舞台芸術全般、関西圏で行われるアートシーンすべてを対象に、批評と支援を行っていこうと設立されたCCC(Culture Critic Clip)サイトは地味ながら堅実な劇評を発表していることで知られています。大阪・伊丹のアイホールで開かれたデス電所「ちょっちゅ念」公演(7月7-11日)を取り上げ、同メンバーの西尾雅さんが「煩悩で織り上げる曼荼羅の救い」という題で劇評を書いています。

Posted by KITAJIMA takashi : 08:37 PM | Comments (0) | Trackback

庭劇団ペニノ 「小さなリンボのレストラン」

――気違いMealパーティーのAbsurd劇―― 庭劇団ペニノ 「小さなリンボのレストラン」

  話題のユーメー劇団、立見の当日券求めて並ぶ行列を尻目にゆうゆうA席に着席するのも悪くないのかも知れないが、面白いから見てみたら?日ごろ信頼するシアター・ゴア-からのミニコミ、地図を片手にやっとのことで劇場を探し当て、さあ、何が展開するかドキドキしながら見ていく気分はこたえられるものではない。いわんやそれが期待以上の舞台においておや!である。 庭劇団ペニノの「小さなリンボのレストラン」はそういう、久しぶりの芝居見の醍醐味であった。

 舞台は骨董店かとみまごうほどごちゃごちゃっとした、汚いレストラン。タイトルにレストランとあるからレストランなのだろうが、カンテラ風のシャンデリア?や鹿の頭の剥製を見れば猟師小屋かも知れないし、出入口の庇に生えてるぺんぺん草?がこっち側に伸び、舞台バナはほんものの土、蕪なんかも植えてあるところをみると、ひょっとしたらここはかつての天野天街、内外逆転の世界みたいだし。そんな奇妙空間にシスターと呼ばれる女と寺山修司の大山デブ子のような女性と山高帽?かぶった紳士の三人が順に現れ、それぞれの食事をまあ済ませるといえば済ませるまで。ウエイトレスが「いらっしゃいませ、これはこれは本日はお日柄も良く、<略>ねえ。心よりお待ちしておりました」「ご予約の○○様でいらっしゃいますでしょう?」と尋ねるたびに、それは男女に否定されるから、ここはゴドー空間。客たちはポッツオー、ラッキーの末裔だったのかも知れない。

  その上彼らの食事はといったら! 背丈ほどもある皿の大山盛りを見る間に平らげ、楽譜メニューをピアノで弾きだす女性。ちっとも出てこない料理に札束を勘定し続けるシスター。豚の角煮を注文しながら最後までありつけない紳士――それはまるで「不思議の国のアリス」の気違いティー・パーティ、おっ!とではない、気違いMealパーティであった。昔、absurb theatreという海のあなたからの言葉が“不条理”劇なんてムズカシー日本語に訳されてしまったので、こういう、何が起こるかわからない、まるでワケ分からん可笑しな芝居をAbsurd劇といえば誤解を招くかも知れない。またこの小さなレストラン、言葉が決して噛み合わない私たちの日常にどこか似通うというには、この小品、あまりにささやか、大げさすぎると反論されるかも知れない。けれども庭劇団ペニノが見据えている(であろう)未来も含めて、私はあえて言いたいと思う。これは私たちの今居るAbsurb世界だった、と。

  もちろん、そう言い切ってしまうには躊躇がないわけではない。たとえば匂いや土や皮むき器の林檎やぶっちゃける赤ワイン、天井からしたたるネバネバなどなど、創り手はおそらく、意味の頭理解ではなく体感として直接伝えようとしたのだろう。が、その企みが、たとえば、よく拵えてはあるもののまるで食感に関わりのない料理たちや、終始目潰しくらわすシャンデリアの光や、何より、せめて意味不明の台詞にでも耳澄ますぐらいしか仕方のない、何にも伝えない俳優たちの体や声などによって、裏切られることが少なくなかったからである。

  作・演出の名はタニノクロウとあった。今言ったことがクロウ氏の目指すものだったかどうか、一度の出会いに断言することはできない。けれども、彼の狙う、何かこれまでの芝居にはない不思議世界が将来、観るものに十全に伝わっていくためには、これから山あり「谷」あり、散々「苦労」するにちがいない――そんな予感とこれからへの快い期待に、いま私の体は、クスクス笑っている。  (西村博子 5/27 所見 「Cut In」第28号=2004年7月号所載)

庭劇団ペニノ
第9回公演 「小さなリンボのレストラン

作・演出:タニノクロウ
公演日:2004.4月29日(木)~5月16日(日)
追加公演 5月20日(木)、21日(金)、27日(木)、28日(金)
場所:はこぶね
料金:前売 ¥1200 /当日 ¥1500

CAST
野平久志
絹田ぶーやん 
島田桃依
瀬口タエコ

STAFF
舞台美術/谷野九郎
照明/谷野九郎
音響/谷野九郎
チラシ画/谷野九郎
制作/小野塚央・野平久志
Web/定岡由子
製作/puzz works

Posted by : 06:24 PM | Comments (0)

劇団態変を見た

今年のタイニイアリス・フェスティバルの概要が明らかになりました。大阪の劇団態変の公演も年末に予定されています。劇団態変は昨年もフェスティバルに参加しましたが、そのときの公演「碧天彷徨」をみて、ダンスや演劇の分野で評論活動を続けている柳澤望さんが、身体障害者のパフォーマンスと舞台芸術の営みについて正面から受け止め、文章をまとめています。タイトルは「劇団態変を見た」。昨年の記事ですが、このテーマを考える貴重な手がかりになると考え、紹介します。

Posted by KITAJIMA takashi : 05:47 AM | Comments (0) | Trackback
 1  |  2  |  3  |  4  |  5  |  6  |  7  |  8  | 9 |  10  | all pages