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November 21, 2004

鵺の会 『場景』

 BeSeTo演劇祭の中でも注目劇団の一つである鵺の会を都立戸山公園につくられた特設会場で観た。作品はジョルジュ・バタイユ『松毬の眼』と太宰治『燈籠』を原作に編まれた『場景』。構成・演出をつとめる久世直之の実験精神が満々と浸した舞台はまさに、「前衛」と云う名で呼んでも決して遜色のない精練された知的冒険の世界だった。

 二部構成。畳六畳の舞台には白い衝立が三枚。前半『松毬の眼』は人間のからだの動きを視座に、まずメトロノームによって一定のテンポを与えられた俳優は単純な動作を繰り広げる。途中BPMに合わせた照明、音響の微妙な変化は劇時間に揺らぎを与え、メトロノームと単調なピアノ曲に示唆されるビートの音間をたゆたうような舞踊めいた運動への変換を促す。一人で全編を演じきる藤間叟之助は、久世直之の観念を舞台上に表現してみせたと云える。

 一方、後半の『燈籠』は前半で確認された身体試論を言葉(台詞)に置き換えた。卓袱台が持ち込まれ真白の衝立は襖に変わると、一気にそこは親しみ深い空間になる。太宰治という男性作家が女性の独白体で書いた小説の言葉を男優が語る。そこに一つの趣向があったがしかし、言語を主体として描く『燈籠』では振付の一つとして言葉は機能していた。藤間が一枚きものを羽織って現れる。女性的な仕草と独特の発声はそれだけで有効な武器になり得るけれど、たとえ太宰の小説を素材にしたとはいえ、淡々と何の処理もされずに語られる言葉は起伏に乏しい。『松毬の眼』に比べて一定のパルスが舞台に流れつづけ、緊張を強いられたままの観客の身体は、寒さも相まって舞台を心から楽しめはしなかった。

 知的ゲームや実験は時に退屈なものになる。ストイックな場の提示は創造という過程においてよしと見るべきだけれど、如何せん観客は「楽しい」気持にならないだろう。実験性は評価するものにしても、果たしてそのままのかたちで提出された場合に「芸術作品」という呼称を与えられるかどうか。芸術観なぞそれこそ十人十色、人により相違はあるし、何を以て楽しみとするか、演劇に何を求めるのかは各々の勝手自由だと思う。しかし、とあえて私見を云えば、やはり理屈抜きに楽しみたいのが本音ではないかしら。「芸術」とは「注」を振らずとも楽しめるモノ。いや、こんなことは愚言に違いない。発展の途上をゆく確かな知性は、万事承知の上で或る仮定の実践を試みたのだろうから。(後藤隆基/2004.11.20)

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演劇集団 円「ビューティークイーン・オブ・リーナン」

 演劇集団 円の「ビューティークイーン・オブ・リーナン」公演が東京・両国のシアターΧで開かれています(11月16日-22日)。原作は、いま脂の乗っている英国の作家マーティン・マクドナーの戯曲第1作。1998年にトニー賞4部門を受賞、世界各地で上演されたそうです。ファッションやデザインの世界が長かった佐々木眞さんから、この公演のレビューが寄せられました。芝居は「年に1本ぐらいしかみない」と言いますが、どうしてどうして。奔放・闊達、読みごたえのある文章です。以下、全文です。


 快晴の土曜日の午後、久し振りに回向院に詣で山東京伝兄弟の墓前に額ずいた後で、すぐ隣のシアターXで演劇集団 円が公演している『ビューティークイーン・オブ・リーナン』を観た。何の予備知識もなく飛び込んだのだが、作者はマーティン・マクドナーというロンドン生れのアイルランド系の若者で、本作は彼が23歳の時にわずか8日間で書き上げたのだという。

 舞台はそのアイルランドの僻地。人よりは牛だの鶏の方が多い荒地に佇立する一軒家。厳しい自然の真っ只中で、その自然よりもシビアな40歳の娘と70歳の母の「戦争」がおもむろにはじまる---。

 ハジメチョロチョロ、ナカパッパ。もとい、はじめは処女のごとく、終りは脱兎の如し、テカ。母が頑固なら、娘も頑固である。吹きすさぶ海風と荒れ狂う雷鳴をBACKに、2人のしたたかな女が骨肉の争いを、あるときは軽妙なユーモアとウイットで、またあるときは口以外の手段を総動員してしのぎをけずる。その、しのぎの切口とけずりの多様性こそが、マクドナルドじゃなかったマクドナーの独壇場だ。

 若き天才劇作家は、かわるがわる黒い笑いと赤い殺意を3分おきにまるでパイのように舞台せましと僕らに投げつけ、僕らははらはらドキドキしながらどこか訳の分からない遠いところまで引っ張りまわされる。その不快さ!そして、その愉悦! お楽しみはどこまで続く。いっそ地獄の底まで落ちていけ!

 そして期待通りに悲劇は訪れるだろう。それはどこかヒッチコックのサスペンス劇に似ている。それはまたどこかギリシア神話のこだまに似ている。でも、ちょっとばかり違う。それは、今日たったいまあなたの家のキッチンのロッキングチエアで進行している「それ」に一番似ているのである。

 例えば僕だが、僕は僕の死んだ母と、それ以前に死んだ義理の祖母との間で最後の数年間に繰り広げられたの悪夢のような戦いを思い出していたよ。ったく、なんて芝居なんだ!! そしてなんてにっくったらしい奴なんだ、マーティン。

 ちなみに、役者は僕にははじめての人たち(年に1本くらいしか見ないもんね)。最高ではないだろうがまああんなもんだろう(ごめんなさい)。でも立石凉子の黒の下着はとてもエロチックで石田登星ならずとも興奮する。「もっと下、もっと下--」、なーんちゃって、ほんとに原作に書いてあるセリフなんだろうか? 演出美術照明は可もなく、不可もなし。音楽と芦沢みどりの翻訳がいい。11月22日までやっている。
(佐々木眞 2004.11.20)


【上演記録】
■演劇集団 円公演 シアターX提携 「ビューティークイーン・オブ・リーナン

キャスト
モーリン・フォーラン 立石凉子
マグ・フォーラン   有田麻里
パド・ドゥーリー   石田登里
レイ・ドゥーリー  佐藤銀平
ラジオの声    青山伊津美

スタッフ
作    マーティン・マクドナー
訳    芦沢みどり
演出   岸田 良二
美術   島次郎
照明   小笠原純
衣装   畑野一惠
音響   斎藤美佐男
舞台監督 田中伸幸
演出助手 渡邉さつき
宣伝美術 坂本志保
イラストレーション 深津真也
制作 桃井よし子

Posted by KITAJIMA takashi : 01:28 PM | Comments (0) | Trackback

アル・ムルワッス劇団「イラクから、船乗りたちのメッセージ」

――自由と平和の国!?へ、バグダッドからオリーブの枝をくわえて飛んできたかもめたち――

 Al-Murwass Group Folklore and Modern Artsの“Message Carried by Ship from Iraq”は東京、名古屋、大阪と、まるで16号台風に逆らうようにして元気に駆け抜けていった(10/3~25)。イラクの人を見るのは初めて、ましてやその舞台を見るなんて全く未知との遭遇だったといえる今度の新鮮体験は、実に実に多くの挿話と驚きを私に残していってくれた。 

 そのうちの一つは、国際交流基金フォーラム→タイニイアリス→ちくさ座→アリス零番舘-ISTと、公演を重ねるにしたがってその声は次第に少なくなっていったけれども、戦争の国から来た芝居、暗いかと想像していたら思いがけず元気でよかった、楽しかったといった感想のあとに、「ところで、あれは何を演っていたんです?」と、観た人から必ず質問されたことである。とくにそれは、フォーラムでの公演のあとに多かった。  
 しかし、それもまったく無理のないこと。4000年の歴史を持つというウート(ギターやマンドリンの先祖)の、いわば古代へのいざないに続いて、バスラ地方に古くから伝わるという民俗舞踊によるPart1と、マイムによるPart2の、いわば現代とが、まったく分離したような形で上演されたから、である。

 かなり長い休憩を間に挟んで、Part1は、①白い帽子をかぶり腰布をつけた船乗りたちが遠く大洋へと元気に漕ぎ出す踊り。②まるで月の砂漠かアラビアンナイトの昔みたいな衣装の女性たちが出てきて、遠くにいる恋人を想う踊り(むろん恋人は日本と重なろう)。③アラジンの魔法のランプから出てくるあの魔法使いをそれぞれ鞭のような杖をもって叩き伏せ、祈り伏せする踊り(魔法使いはフセイン独裁政権だろうかアメリカ占領軍だろうか)。④裾まで届く白い衣装の男性たちが手をつないで歌詞なしで踊る優雅な踊り(婚礼の祝い。とともに誤爆されたファルージャの婚礼が想いだされた)。⑤人類発生の地・アフリカから伝わってきたという打楽器、自分たちの劇団名でもあるムルワスを称え、伝統を守る決意を表わす歌と踊り。そして⑥最後のフィナーレ。イラクの国旗をふりながら、大丈夫、僕たちはへこたれてはいない、日本のみなさん、友情ありがとうを歌う歌で終わる。これはこんど来日のために新しく作られた歌という。そしてこれらの踊りや歌の合間を、物語の宝箱のなかに(あるいはフセイン政権下に?)長く閉じ込められていたシンドバッドが生き生きと新生し、しかし彼はみんなといっしょに踊ることができないという悲しみのマイムが――あまり上手くはなかったが――縫っていった。

 Part2はバグダッドの日常、現代のシンドバッドである。往来もままならぬ窮屈な中を友だちも訪ねて来てくれた。が、石油を運び出す汽車はひっきりなしにどこか遠くに向かって走っていくのに、僕たちはどこにも行けない。錠のおりた扉、コチコチと時を刻む秒針、日々の貧しい食事、決して通じぬ妻との会話。僕らはただ遠く、高くを望み見るしかない。(爆撃によって)人々もおおぜい倒れていく……といった無言の想いが、窓にもトランクにも時計にも額縁にもなる四角の白い木組みや、「戦場のメリークリスマス」のメロディに合わせたくるくる廻りや、ムンクの「叫び」のように大きく口を開けた顔――ただ額縁から片足突き出ているところがいかにも今のバグダッド。Pat2のタイトル「声にならない叫び」にふさわしい――の写真撮影やで表現されていった。

 以上の全体がイラクからのメッセージ。劇の冒頭、船といっしょに海を渡ってきたかもめが、観客たちに配布したもの、ということになっている。よく考えられた、わかりやすい舞台である。ムルワッスをはじめ、ウート、ゼルーナ、タール2丁、シンセサイザーによるライブ演奏もこよなく楽しく、私たちを遠い昔へといざなってくれたし、ときに力強くときに哀愁に満ちてこれからの困難を想わせたりした。

にもかかわらず、「あれは何を演っていたんです?」であった。これは構成に問題があるにちがいない。歌詞が分からないからということもむろん理解の拒否に影響あっただろうが、1960~70年代の言葉の意味に頼らない演劇を歴史的に経験した日本の私たちにとって、それはさしたる問題ではない、はず。私は耐えに耐えたけれども、とうとう、「Part2は、⑤と⑥の間でなければならないのでは?」と口を出してしまった。それはやっと、アリス零番舘でのシンポジウムが終わった夜のことだった。

驚いたことに、ジャバール団長とシャカール演出から即座に「それは僕たちの最初からのプランです」という返事が返ってきた。フォーラムである人に言われて急遽、構成を変更したというのである。な、なんと素直な人たちだろう。「ごめんなさい。私は日本の人たちにも、ほんとうに仲良くなり何でも思ったことが言いあえるようになるまで決してこういうことは言わないのだけど。あなた達とはもう会えないかも知れないので」と私は詫びて、話は次に移っていった。が、再び驚いたことに、翌日、アリス零番舘での初日からすぐ、①~⑤→マイム→⑥の友情と連帯の歌、と順序が変わっていたのだった。まあ、なんという素直な人たちであることか! これで、“ようやく新生した僕たちは民族の伝統を守りながら、厳しい今に耐え未来に向かっていくんだ”といった彼らの演劇的決意が、私たちに初めて伝わってくるようになったのであった。

むろん課題はまだまだ多い。①~⑤をつなぐマイムが、実際の宝箱を使うことのできたフォーラムやちとせ座はともかく、小スペースのタイニイアリス、アリス零番舘ではマイムの身体表現が貧しくて、シンドバットが何のためにたびたび出てくるのか分かりにくかったこと。伝統的な演奏者たちと現代を表現するマイマーたちとが、日本の「新劇」以上に分業的、バラバラだったこと。踊りとマイムとのあいだの幕間をいかに縮めるか、その工夫が足りなかったこと、等々。

 彼らが関空からドバイ経由、アンマンに向かって発っていくのとほとんど入れ違いみたいに、バグダッドでは行方不明を報じられていた香田証生さんが遺体で発見され、ファルージャでは米軍の包囲が総攻撃へと変わっていった。間一髪であった。いつか演奏者たち(完全なプロ。その技術がすばらしい)と、踊り手(近代日本が喪ってしまったなんばや、後ろに跳ねてしか進まない歴史的な身体を保持している)と、マイマー(パントマイムの型を演ずるのではなく、言葉にならぬ想いをどう表現するかが必然的にマイムの手法を採らせた)が、互いに役を担いあい一つの有機体となるとき――そのとき初めてムルワッス劇団はFolklore and Modern Artsという呼び名を胸張って言えるにちがいない。私はその困難な未来を、しかし羨望とともに夢みている。日本の同時代演劇では決して試みられなかったこと、だからである。   (3都市随行。西村博子 タイニイアリス主宰)

シンポジウム「イラクの今!―バグダッドの街、バグダッドの演劇―」
 10/6フォーラム, 10/18 名古屋女性文化学院, 10/21(大阪)アリス零番舘-IST

公演:国際交流基金フォーラム 10/7(木)~9(土) 3回
   タイニイアリス 10/12(木)~14(土) アフタ^トーク 各3回
   名古屋ちくさ座 10/19(火)~20(水) 3回
   アリス零番舘-IST 10/22(金)~24(日) 5回

団長・歌:MHAMMED/JABAR
演出:MOHAMMED SHAKAR
マイム:ANES AGEEL
ウート:ZUBER/HUSSIN
ぜル-ナ:JABAR/NASIR
ムルワース:SALMAN/SALEM
キーボード:SHIMAL./MAJEED
タール:JABAR/IBRAHEM,
     FARAS/MTANE
ダンサー:METHAK/SHNEN
     NAHAD/LAZEN 
     ADAE/ KAMEL
     ADAL/JAABAR
     HAEDAR/SHLAKA
     SAAD/SALAR
     MAHAMED/MAHAMED
     JAPAR/ANSAM  MS
     MOHAMMED/BOSHRA MS
メーキャップ:AEMAN/KHODHER  MS

Posted by : 12:20 PM | Comments (0) | Trackback

November 19, 2004

庭劇団ペニノ 「黒いOL」

――新宿西口広場の、今日、たった今―― 庭劇団ペニノ 「黒いOL」

 右手から静かに裸身の女性が出てきて、薄暗い舞台の真中、客席から見おろすと凸型に見える水溜りの窪みをビジョビジョと奥のほうへとゆっくり渡っていき、やがてその尖端でぼんやり立ち尽くす……と、舞台は果てた。もし私が男だったらここで最高のエロスを感じた、のかも知れない。私はひとりクスクス笑っていた。ペニノのいたずら?がおもしろかった。

 案内の声にいざなわれて、拍手ひとつないポカンとした感じの客席から舞台へ、付け根?に掘られた深い穴や続けて細長く掘られた浅い水溜りや、それを取り巻くさまざまな道具や器具をタニノさんは好きなんだなあとつくづく眺めながら通り抜け、出口に設けられた丸橋を渡ってテントの外に出る。が、ふと黒い空を見上げると、周囲には巨大な高層ビルがニョキニョキとそそり立っていて、それらが今見たばかりの貧しい――とあえて言おう――ペニノの営為を見下し、まるであざ笑っているように感じられた。もっともっと粘ればいいのに。資本主義にはかなわない、のでは? 私はがっくりした。

 これは、タニノクロウの究極のテーマ、一度は必ず立ち上げなければならない舞台であったにちがいない。

 初めは確かにタイトルに惑わされ、黒いOLたちを追っかけて観ていた。が、途中でアッと気がついた。これは舞台からストーリーやメッセージを読み取るための舞台ではなかった。ただ紗の奥にポッと灯がともりそれが次第に数をまし、女性たちが長いことかかって濁った溜まり水でストッキングを洗い、すすいだり揉んだり、ときにはちょっと喫煙所に固まって休んだりもし、やがて暗く静かなクライマックスを迎える――といったプロセスを、ただ感じるための芝居であった。そういえば事前に、ピアノ演奏していた左手の男性とDJみたいにマイクを前にしてハンディ・テレビに見入っていた右手の男性とが、薄い乳白色の手袋――スキンのような――を両手にはめ、準備はすでに整っていたのであった。やがて全身ぽっと熱くなって行為がはじまるのだが、うす暗がりの中でうごめくOLたちの、あるときはさざめき、あるときは呟いたり声が高くなったり、音としては聞こえてきてもあまり粒立つことのなかった言葉たちのなかで、唯一正面切って言われ、はっきり耳に響いたのは、“私は「今」おか「今日」こです”の、ひとことだった。

 それにしてもその行為は貧しかった、と思う。60年代の黒人ジャズかホットな音楽で客入れ、それがやがてピアノのライブ演奏に変わり、ずっと奥でかすかに灯がともり、それが次第に数を増してこちらに近づいてきて……最初舞台は、十分すぎるほどの期待感から始まっていった。がその後、その行為はあまりにもひそやか、あまりに暗く単調で、愉楽に欠けるものになっていった。

 何日もかかって営々と労力を注ぎこんできたに違いないテント作りまで※勘定に入れるとこれは、途方もない前戯とそれに比べてあまりにも呆気ない行為であった。ほとんど不能と言わなければならない。折角火のついた蝋燭がなぜか一つひとつ消され片づけられていくのをじっと待っていなければならなかったり、何より、折角バカでかいパンティ・ストッキングが滴りを垂らしていたのに、それが丁寧に畳まれてしまうまで延々と無駄な時間を待っていなければならなかったことが辛かった。蝋燭はせめて燃え尽きるまでともっていなければならなかったし、デカパンはほかにすることないの?と気が揉めた。

 同じように行為を描いた作品に三好十郎の「胎内」(1949)、「冒した者」(52)がある。牟森作・演出の「紅鯡魚DES HARENGS ROUGES」(95 中日合作)もそうだった。が、前者は死を目前にした人間の生の実感、それを追求する粘りにおいて、後者は、さわやかな風のなかの田植え、噴き溢れる井戸、大きな水桶の中で嬉々として戯れる女、ぴちぴちはねながら噴出する泥鰌……その明るさ、勢いにおいて、圧倒的にパワフルだった。

 「黒いOL」に発射はあったのだろうか?屹立はしたのだろうか? 濁った溜まり水は最後まで澱んで残存していたような気がする。今日、ただ今、なのであろう。私たちはそれを(望遠鏡で)覗き見るしかない――とペニ●のタニノは考えているのかも知れない。そう思うよりない舞台だった。 (2004.11.13所見。西村博子)

 ※ 「黒いOL ドキュメント」(タイニイアリス 11/16)を見た。それによると、テント作りは10月15日から。16号台風にも襲われた大変な作業であったことがわかる。
 ※前回公演「小さなリンボのレストラン」(2004.4.29-5.16 追加公演 5.20-21, 27-28)の劇評は「気違いMealパーティーのAbsurd劇」をご覧ください。


【上演記録】
■庭劇団ペニノ 「黒いOL
作・演出:タニノクロウ
場所:西新宿6丁目13番地広場(グリーンタワー横)
日時:2004年11月3日-9日 11月3・4日・5・8・9日 20時開演 
    6・7日18時・21時開演 開場は開演の30分前
    ※上演時間は1時間を予定しております。
料金:日時指定 前売り2800円 当日3000円

出演
島田桃依
瀬口妙子 
墨井鯨子 
野中美子 
磯野友子 
六分一サラ 
河野辺舞 
野崎浩司
吉野万里雄 
海老原聡 
野平久志

スタッフ
舞台装置 掛樋亮太
舞台補佐 鈴木仁美
舞台美術 玉置潤一郎、谷野九朗

照明    今西理恵
音響    小野美樹
宣伝美術 渡辺太郎
演出助手 小野美樹

Web    定岡由子   
制作協力 三好佐智子
制作    小野塚 央、野平久志
舞台総括 海老原聡平
企画・製作 puzz works
協力  (有)quinada
写真モデル O.J.Loco


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November 15, 2004

少年社中「アサシンズ」

 少年社中「アサシンズ-THE VALLEY OF ASSASSINS」公演が中野ザ・ポケットで開かれました(11月06-14日)。「休むに似たり。」サイトは「鮮やかなビジュアルとスピード感、RPG的ファンタジー世界が身上の社中の新作。楽園に戻りたくて暗殺を繰り返す追放者を現代の衝動的殺人の多発に重ね、人が一緒にいることって何かを描く一本」とまとめています。
 「しのぶの演劇レビュー」は、「メルマガ号外にあと一歩の傑作でした!」とまず一言。(「しのぶ」さんは、これはという舞台をメルマガ号外に載せ、登録読者に観劇を勧めているのです) そのあと「テレビゲーム、大した動機もなく起こる殺人、テロリズム、家庭(夫婦)崩壊、そして中近東(の衣裳ビジュアル)等、まさに「今」のトピックをふんだんに取り上げながら、言葉と心、愛といった人間の普遍的なテーマを語ります。少年社中が得意とする複数の世界が交錯していく構成も、この作品では特に重要で巧みに作用していました」と述べています。

Posted by KITAJIMA takashi : 10:02 PM | Comments (0) | Trackback
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