11月1日から新サイトに移行しました。URLは下記の通りです。リンクしている場合はURLを差し替えていただくようお願いいたします。

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January 23, 2005

特別企画「振り返る 私の2004」(3)

 特別企画「振り返る 私の2004」の5-6回を掲載しました。第5回は「演劇への視線を問う 」。演劇ジャーナリスト 山関英人 (「舞台芸術の小窓」サイト主宰) の執筆です。6回目は北嶋がまとめました。タイトルは「劇評(レビュー)サイトを始めてみたら」。昨年8月にスタートして半年間に感じたことに触れています。(北嶋孝@ノースアイランド舎)

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January 22, 2005

仏団観音びらき「女囚さちこ」

 「仏団観音びらき」という演劇ユニットが新春、新宿タイニイアリスで「女囚さちこ~ブス701号怨み節」公演(1月10-12日)を開きました。大阪を中心に活動しているようですが、今回は年末に大阪公演、年明けは東京公演と意欲的な活動展開です。インパクトのあるユニット名、包丁を持ってにらみつける怖そうな女性のポスターを見てひるむ向きがいるかもしれませんが、寄稿していただいた葛西李奈さんのレビューをまず読んでください。次回公演は出かけたくなるかもしれません。葛西さんは日大芸術学部在学中。これからも書いていただけそうです。(北嶋孝@ノースアイランド舎)

◎「笑い」共有、浄化作用もたらす 惨めさ、愚かさ、欲望に向き合って

 刃物を手にしている女性のインパクトに魅せられ、チラシを読むと

「ぶち破られた鉄格子!」
「ブスの怨みをたぎらせた、女囚さちこの『美女狩り』がはじまる!!」

 三秒後にこの芝居を観に行かなければという瞬間が訪れた。話題性や他者の評価に惑わされることなく、「この劇団の芝居を観たい!」と強烈に感じたのは久しぶりのことだ。
 劇団名は、仏団観音びらき・・・。ますます怪しい。聞けばシアターリパブリック主催の「E-1グランプリ」に出場し、旗揚げ公演前に大阪大会にて予選を勝ち抜き決勝進出した経歴を持つ劇団とのこと。気になって仕方がなくなってしまった私は就職活動後、氷のように冷えた空気に身を震わせながらふらふらとタイニイアリスを訪れた。

 私は潔い芝居が好きである。ここで言う「潔い」とは事実と真っ向から向き合おうとする姿勢のことだ。無意識に理想を追い求めて生きようとする私たちは、その理念に沿って動く社会に多かれ少なかれ希望を抱いている。ところが時折、ついていないと思い込んでいる傷口がひらき痛みが発せられる瞬間がある。私たちはその瞬間が一時性のものだと思い込み、生活を続けていく。その思い込みを取り払ってしまうと、あっという間に絶望の津波が押し寄せ、息をすることがかなわなくなるからだ。わざわざ波にのまれてまで苦しい思いをする必要はないから見ないようにしているだけのことであって、私たちは常に全否定という名のブラックホールを携えて生きている。

 仏団観音びらき「女囚さちこ」はそのブラックホールに飲み込まれた人々が大量に出てくる。扱われているテーマは「女性の美醜」だ。要するに「社会における美人とブスの扱われ方の違い」である。私は、女性の汚さ、いやらしさ、醜さを扱った芝居に目がない。つまりは自らの中にそのような感情が存在していることを肯定してほしいという気持ちのあらわれである。私が芝居を観続けている理由のひとつはこれ。「潔さ」に憧れているのだ。「女囚さちこ」は潔さの上に、さらに大阪特有のパワーを感じさせてくれる舞台だった。

 今回の公演「女囚さちこ」のあらすじはこうだ。
誰もがブスと罵らずにはいられない主人公、轟幸子(とどろき・さちこ)は満員電車の中で痴漢に処女を奪われる。駅員はさちこの被害の訴えを信じようとせず、他に被害を訴えてきた美女に対しては過剰なまでの応対ぶり。そのあまりの露骨さに怒りを覚え、さちこは反抗するが「黙れ!ブス!」と余計罵られるばかり。さちこは逆上し、美女を含めその場にいた合計五人を刺し殺してしまう。さちこは刑務所に入れられるが、そこは容姿の優劣で待遇が左右される仕組みになっていた。さちこは当然のように「ブス房」に入れられ、更なるいじめを受けることとなるのだが…。

 どうにも救われない物語である。紹介文だけではとても暗く、ねちっこく、いやらしい芝居の印象を受ける。私は舞台を出て行くときに肩を落とし無言になってしまうような作品の内容を予想していた。ところが実際、展開される物語は勢いづいていて、客席からは何度も大きな笑いが起こり、なにをかいわんや、私も声を出して笑ってしまっていた。

 女性が自身の汚さ、いやらしさを掲げて芝居作りをしている場合、過剰な自意識に呑まれて観客を二の次にしている印象を受けることがある。しかし、バカバカしい設定だけに留まらない笑いの作り込み方、大袈裟だけれど空回りせず場をおさえる役者の演技、所々織り込まれるダンスの美しさには荒削りだけれどもエンターテイメントとしての要素を提供する大阪人の気迫が感じられた。これは主宰であり、轟幸子役を演じた本木香吏の「『いるよね、こんなバカ』と嘲笑って頂き、ふと『もしかして私のこと!?』と気付いて頂きたい」という信念によるものだろう。

 確かにふと「私、どうして笑ってるんだろう」と思わせる瞬間が組み込まれている。ブラックジャックの手によって美しく変身したさちこが、自ら顔を傷つけるシーンには圧倒される。しかし、どちらかと言えばこのような問いかけをするほうが滑稽な気分になる。それは「まさにこの世は生き地獄」と歌いながら生き様を笑いにすりかえる姿勢があまりにもまっすぐで、健全だからだ。人間の惨めさ、愚かさ、欲望に真正面から向き合いながら、客席と「笑い」を共有することで浄化作用をもたらしている舞台を前にして、今更何を考えているのだろうという気分にさせられてしまう。おかしいのだからおかしい。何が悪い。仕方ないだろう、事実は事実としてあるのだから、おかしいのならば笑ってしまえば・・・。果たして、劇団側が意図したものに私自身がうまくハマっているかはわからないが、
「美醜に関係なく幸福な奴は幸福で、不幸な奴は不幸」
といういまだはびこる社会理念を明るくぶち壊してくれたこの劇団の、これからの可能性に期待大である。
(葛西李奈、2005.1.21)


[上演記録]
仏団観音びらき
 第3回公演「女囚さちこ~ブス701号怨み節

★作・演出=本木 香吏
★出演=本木 香吏 峰U子 水津安希央 ゆであずき 新井英彦 クスミヒデオ 松岡里花 西阪舞(劇団赤鬼) 大森都 藤原新太郎
櫟原将宏(大阪公演)・濱崎右近(東京公演)<ダンサー>兵庫江美・豊田文緒・近藤雪江・鎌田直美 他

■大阪公演(2004年12月8-10日、シアトリカル應典院)
■東京公演(2005年1月10-12日、新宿タイニイアリス)

Posted by KITAJIMA takashi : 10:14 PM | Comments (0) | Trackback

January 20, 2005

地点 『雌鳥の中のナイフ』

 テキストの「過激」な再構築で話題を呼んだ「青年団リンク・地点」が、英国の劇作家D.ハロワーのデビュー作「雌鶏の中のナイフ」を元旦から上演しています(東京・アトリエ春風舎、-23日)。この作品は1995年英国で初演。その後、欧米各国で上演され、ベルリン批評家賞・最優秀外国語作品賞(1997年)などを受賞したそうです。
 話題作だし3週間余りの上演なのでレビューもかなりあると思っていましたが、探し切れません。「ワニ狩り連絡帳」サイトはいつもながら、きちんと目配りしていました。

 「前半ではほとんど動きらしい動きもなく、まるでリーディング公演のような舞台。その静的な世界が、ま、後半ではグワシャ!とばかりに壊されたりして、効果的な演出」としながら、昨年の公演「じゃぐちをひねればみずはでる」と比較しています。その上で「とにかく安部聡子。常に正面を見据えて、アクセントや区切りを読み替えられた圧倒的な量のテキストを語りながらも、もう、これは圧倒的に官能的であり、圧倒的に美しい」と、農夫の妻を演じた安部聡子を褒めちぎっています。公演は23日まで。

 「地点」は青年団リンクを離れて3月から京都に本拠を移すそうです。従来形式での最後の活動ということになるのでしょうか。
 ぼくもこのステージを見ていますが、もう少し時間をおいてからまとめたいと思います。しばしのご猶予を。

追記
 「ine's daypack」サイトが「三浦演出の今日性(地点「雌鶏の中のナイフ」)」というタイトルで、三浦演出に的を絞った批判的な分析を展開しています。昨年9月に「”三浦語”のための舞台(地点『じゃぐちをひねればみずはでる』)」を掲載し、「地点」の舞台を継続的に見た上での言及です。議論の広がりを期待したいと思います。(2005.1.20)

これとは逆に「圧倒的なイメージで人の体に響かせるような芝居」と評価する声もありました。以下、「デジログからあなろぐ」サイトからの抜き書きです。
 「役者が語る言葉は、言葉の感覚のレベルで解体されている。言葉のレベルではない点が重要である・・・つまり、言葉を解体したのではなく、人間が言葉にもつ基本的な感覚の解体だ」。さらに「脚本の方は、怒涛の台詞の量です・・・三人芝居で80分・・・気持ち悪くなるほどの台詞の量に加えて、圧倒的なイメージの応酬です」「今回の雌鶏の中のナイフは、後半ちょっと話について行けなくなってしまったし、あまりにも黒いストーリーで苦手は人は多そうですけど、私は寧ろ心を揺さぶられるような感覚に陥りましたね。笑える面白い芝居も良いのですけど、そういうのは見ているだけで良くて、自分がやりたいのは逆に、こういう圧倒的なイメージで人の体に響かせるような芝居がしたいのです」
 筆者はある劇団の作・演出を手掛ける大学院生のようです。ほかの公演評も興味深く読みました。(1.29記)

 さらにもう一つのサイトを紹介します。「大岡淳の反資本主義日記」です。
 「独特の台詞回し、観客に正対する身体性、性的アレゴリーとして機能する美術、テキストに対する知的な読解、そして、緊張感あふれる演出。これが噂の三浦演出か!と舌を巻いた。強烈なオリジナリティを発散しつつも、鈴木忠志から平田オリザに至るアングラ以降のパラダイムを正統的に踏まえ、また、おそらくはフランス留学によって習得したのだろうが、西洋の現代演劇に見られる洗練された美的センスをもじゅうぶんに吸収している。このままヨーロッパに持って行けば、オリエンタリズムの色眼鏡を抜きにして、正当な評価を得られるだろう。いやそれどころか、三浦氏は、本当の意味で海外の俳優を使いこなして世界水準の舞台を作ることができる、日本初の演出家となるかもしれない」(1.29記)
 
[上演記録]
地点 第9回公演『雌鳥の中のナイフ』
■演出 三浦基
 作 デイヴィッド・ハロワー
 翻訳 谷岡健彦

■配役
 安部聡子
 大庭裕介
 小林洋平

舞台美術 杉山至×突貫屋
照  明 吉本有輝子
照明オペレーター 松本明奈
音  響 田中拓人
衣  装 すぎうらますみ
演出助手 井上こころ
舞台監督 桜井秀峰
宣伝美術 京
制  作 田嶋結菜
総合プロデューサー 平田オリザ

Posted by KITAJIMA takashi : 11:21 PM | Comments (0) | Trackback

January 19, 2005

特別企画「振り返る 私の2004」(2)

 特別企画「振り返る 私の2004」の3-4回を掲載しました。1-2回はこのサイトに「名札」のある2人でしたが、今回の2人は自分のwebログで芝居を取り上げ、鋭い分析や斬新な文章表現で知られています。特にお願いして書いていただきました。第3回「ネットで芝居について何か書く、ということ」を寄稿した熊上みつみさんは「X-ray」サイト、第4回「私的演劇の追想」を書いた鈴木麻那美 さんは「うたうた」サイトを舞台に書いています。
(注)最終分の掲載は21日の予定でしたが、都合により23日となります。ご容赦ください。(1月21日)

Posted by KITAJIMA takashi : 08:47 PM | Comments (1) | Trackback

January 18, 2005

オッホ「タイポグラフィの異常な愛情」

 黒川麻衣の作・演出で「オッホ」の「タイポグラフィの異常な愛情」公演が東京・新宿のTHEATER/TOPSで開かれました(1月2日-10日)。今回はフォントの種類が主人公で、明朝家とゴシック家の争いを中心とした失踪ミステリーだそうです。
 「30's SubCulture Blog」は「軽快な演出や劇団員たちのキャラクターの活かし方、軽妙な脚本といわゆるオッホ印というべき作品で楽しめた」としながらも、「ミステリーとしては凡庸な気もしたし、もう一転二転してもいいんではないかな」と印象を述べています。


 「No hay banda」はオッホ公演が今回初めてだそうです。そのせいか指摘は遠慮がありません。「すべての登場人物に書体の名前が付いていて、町や建物の名もそれにちなむものなのだが、それによってプロットになにかの仕掛けがあるかというとなにもない」「人物の内面の描写が極めて弱いから舞台に深みが出てこない」「笑えるタネはたくさんあった。しかし、あまり笑えない。最適のタイミングをわざと外し、それによって一段上の笑いを狙ったのかもしれない場面がいくつかあったものの、外し方の練度が低く、概ね失敗」などと手厳しい内容です。

[上演記録]
オッホ2005NEW YEAR EDITION
「タイポグラフィの異常な愛情」
新宿THEATER/TOPS(1月2日-10日)
作・演出:黒川麻衣
出演:人見英伸、佐藤需、牧野直英、上野雅史、杉山将己、峯崎伊万里、菊地春美、佐藤志織、岡ユミコ、細川洋平、村上寿子、小畑智子、市村美恵(水性音楽)、佐藤治彦、今林久弥(双数姉妹)

Posted by KITAJIMA takashi : 10:59 PM | Comments (0) | Trackback
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