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February 12, 2005

KUDAN Project「くだんの件」

 公演名を詳細に書くと、少年王者舘KUDAN Project「劇終/OSHIMAI~くだんの件」。ちょうど10年前に東京・新宿のタイニイアリスで初演され、その後98/99、2000/01年にアジア公演と国内公演が行われています。作・演出は天野天街(少年王者舘)で、小熊ヒデジ(てんぷくプロ)と寺十吾(tsumazuki no ishi)の2人芝居です。1月26日-2月1日まで横浜相鉄本多劇場で。

 KUDAN Projectのwebサイトによると、物語は次の通りです。

 どこでもない時、どこでもないところ、どこでもない夏の或る日……記憶の奥に取り残された荒廃した店頭。ホコリの積もったカウンターの奥に座る一人の男(ヒトシ)のもとに、一人の男(タロウ)が訪ねてくる。タロウは昔、集団疎開をしていた頃、このあたりの二階の片隅で半人半牛の怪物「クダン」を飼っており、その「クダン」を探しに来たという。謎めいた二人の過去をめぐり会話は捩れ、過去と現在を行きつ戻りつしながら世界は迷走し、蝉時雨を背景に分裂と増殖を繰り返す。《夏》のイメージを明滅させながら、まるで極彩色の光の中をジェットコースターで走り抜けるようなスピードで物語は展開し、夢か現(うつつ)かわからぬ世界の先に待つオシマイへと向かいます。

 葛西李奈さんから「くだんの件」のレビューが届きました。「ユメの終わるユメ」とラストの光景を重ねています。以下、全文です。

◎懐かしい「におい」 経過をたどる「おもい」

 わたしは天野天街のキソウテンガイに出会うとき、鼻先に触れる「におい」を実感する。

 それは言わば、子供の頃ぜったいにつかんで離さなかった毛布のボロボロの端切れのような、精一杯にぎりしめることの出来る「軌跡」から漂ってくるものではないかとおもう。
大好きで大好きで、ずっと一緒にいたかったのにくたびれてしまった、あいするものがあったとして、いつの間にかわたしはそれを忘れていて、何故か欠片でも良いから思い出したくて彼の舞台を観続けているような、そんな気がするのだ。

 就職活動を終え、地べたを雨が打ちつける中、わたしは重い身体を引きずって横浜にあらわれた。この日は朝から初めての面接を受けた帰りで、しかも前日は友人と遅くまで語りに力を入れていて、終電を逃し帰宅したのは午前二時、結局睡眠時間は二時間という「最悪」のコンディションで舞台に臨もうとしていた。何度も「今日は諦めよう」と思ったが、この日を逃したらもう時間がない、観るチャンスは二度と訪れないかもしれない・・・と精神と肉体にムチ打って観劇に至ったのである。

 そんな状態で観た舞台はどのようにわたしの胸に響いたのか。結果から言おう。睡魔に襲われる間もなく、わたしは「におい」の心地良さに心を奪われていた。むしろ、そのような疲れを身にまとっていると、空気の揺らぎに敏感になるので、逆にいつもより何倍も「におい」を全身で感知することとなったのである。

 蝉の声のもとに展開される、ヒトシとタロウの、繰り返し見ている夢、夢の見ている夢、夢の終わる夢。つめ、スイカ、しお、うめぼし、コップ、ピザ、わたし達が当たり前のように目にしている日常が、言葉あそびを持って新しい側面を提示していく。同じことを舞台にいる二人が形を変え品を変え繰り返していく中で、「タロウがヒトシを突き落とした」
このようなフレーズが見え隠れする。ギクリとした瞬間に次の場所へと進んでいる二人が、いや、ずっと同じ場所にいるのかもしれないが、わたしは目の前で起きていることを信じられなくなる。

 高校生時代から少年王者舘の舞台をいくつか観てきたけれど、舞台で繰り広げられる「奇跡」の数々と共に、わたしは登場人物達の「軌跡」の経過を追っている。それはとても懐かしいもので、じわじわとたちのぼる痛みを伴いながら、思考をゆっくりと止めてしまう。
まさにこれは、「ユメの終わるユメ」なのだ。

 ラストの舞台上に何もなくなった状態でタバコを吸う二人と、足元に残る現実の一点であるピザの箱に、光は差している。わたしは心地よさをその場で封じ込めるようにして持ち帰り、劇場をあとにした。きっとまだまだ、忘れていることと忘れられることはたくさんある。けれどこの世界を目にすることが出来る限り、救いは生まれているようにおもう。
(葛西李奈 2005.2.12)

[上演記録]
少年王者舘KUDAN Project「劇終/OSHIMAI~くだんの件」
場所:横浜相鉄本多劇場
日時:1月26日-2月1日

作・演出 天野天街(少年王者舘)
出演:小熊ヒデジ(てんぷくプロ)、寺十吾(tsumazuki no ishi)

Posted by KITAJIMA takashi : 11:21 PM | Comments (0) | Trackback

February 10, 2005

双対天使「赤い、赤い、赤い靴」

  少女カーレン(上ノ空はなび)が何とも言えない、飾り気なしの可愛いらしさだった。レースの縁飾りのある黒いドレス、その短いスカートからにゅっと突き出た白いふっくらした両足が、後ろに前に右に左に、赤い靴に引っ張られて、めちゃ踊りする。もっと見ていたかった。もっと踊って欲しかった。

  あんまり洋ものを見ない私がなぜ阿佐谷アートスペース・プロットに? 理由は簡単。ルコック・システムとはそも何ぞや、この目で確かめたかったからだ。脚本・演出の猪俣哲史は、本場で実際に学んできた人。Physical Theatreに関する論文もいくつかある。帰国後の公演はこの「赤い、赤い、赤い靴」で3回目とか。どこまでこだわるかも見届けたいと思った。
作品は題名から明らかなとおりアンデルセンがもと。靴も母親手製の布靴がやっとという貧しい家の少女が、貴婦人に仕えることになり、夫人の目が見えないのを幸い、いけないと言われた赤い靴を靴屋で買い……と、ほぼ原作に添って始まって行く。が、その後、夫人はかつて自分の実の娘に嫉妬して見殺しにしたことがあり、その夫は戦いに負けて人肉を食べ、告白を聞くのが役目の牧師はロリコン、足フェチだった……と、話は思いがけない方向に進んでいく。が、実はこれはショータイム。誰がいちばん残酷かのコンテストだったというどんでん返しとなる。そして再びアンデルセンのほうに戻っていって、踊って踊って踊り続けなければならない少女は足を切ってと頼み、願いどおりの足切り。しかしなぜか天使が足を返してくれて、めでたしめでたし――のはず。
ところがこのハッピーエンド。放ったらかしの飢え死にか、実母のお葬式のすぐあとに続いており、少女の赤い靴はまたぴくぴく動きはじめる――というところで終わる。そう、これは、いちばん純真、可憐な少女が実はいちばん残酷だったという物語であった。少女がまったく少女。オンナなんかでないからいっそう残酷、理屈でいえない怖さである。その昔、童話を読みなおし、本来持っていた残酷さを蘇生させようとする作業が盛行したことがあったが、これもその流れ。別役の初期傑作と同様だ。
ほんとのことをいうと、初めはなかなか物語の中に入れなかった。日本人の顔や声と、もとはコメディア・デラルテとか、ガイジン風手振り身振りとが、しっくりしなかったからだ。やがて出てきた少女には、そういう型っぽい動きがなかったので助かった。幸い?少女は口もきけなかった。いずれ日本の、役者一人ひとりにぴったりの、イノマタ・システム?が生まれていくにちがいない。
とはいうものの、貴婦人の今は亡き娘の成長が3足の赤い靴で示されたり、電動ノコの音が少女カーレンの足の切断だったり、説明でなく観客の想像と感受に直接伝えようとするルコック・システム。そのポイントをという猪俣哲史の意図はよく伝わってきた。たとえば懺悔室が横に倒されると棺桶になったり、道具(モノと言ってくれと抗議されそうだが…)を、自然主義的にでなく、演劇として面白く使おうとする工夫もよく凝らされていた。
欲を言えばまだまだ。3階から落下した娘の音は? 人肉の味は手触りは? 言葉でなく直接伝えられるはずのことは少なくない、と思った。着想が面白いカニバリズムも、犠牲者決めるくじ引きと赤い靴の関係が今イチ呑みこめなかったし。盲目に聾唖に足の切断――知ってか知らずか、残酷はもっともっとあったのに、とも思った。
「赤い靴」とは、アンデルセンのなかでも飛び切り素敵な選択だったと思う。このままではもったいない。練り直して再度の挑戦をぜひ期待したい。少女はなぜ踊り続けないではいられなかったのだろう。赤い靴は猪俣哲史にとってなんだったのだろう。そして私には?――刺激的な芝居を見ると、あとが楽しい。                 (西村博子 2005.02.05)

Posted by : 07:32 AM | Comments (0)

February 06, 2005

劇団タコあし電源×デジタルハリウッド大学院大学プロデュース公演「面接の人達2006」

 劇団タコあし電源×デジタルハリウッド大学院大学プロデュース公演「面接の人達2006」公演が1月28日(金)-2月7日、東京の中野・劇場MOMOで開かれました。就職活動中の大学生、青木理恵さんから身につまされるレポートをいただきました。以下、全文です。

◎作り手の自覚以上に高いニーズ 就職活動を通した自己成長物語

人生のうちで、就職活動ほど特殊なものはない。
・・・そう考えてしまうのは、私自身が今まさにその渦中にいるからなのだろうか。

物語の舞台は、ある就職塾。
就職を目指す学生や、リストラ再就職組の人々が織り成す、
就職活動を通した自己成長物語である。
と、安易にまとめてしまえばそれだけの話なのだ。

就活と恋愛の両立の難しさ。
就活と本当の夢との距離の取り方。
面接。自己PR。一分間スピーチ。
やりたい仕事と、自らの能力に適した仕事とはどう違うのか?
何十社と落ち続けていく自分を、どう位置づければ良いのか?

自分の意識とは無関係とも思えるほどの無常さで繰り広げられる、就職戦線の惨さ。
現在の就職活動というものを本当に知らなければ、描けないドラマである。

「就職活動を続けてきた自分を否定したくない」
面接官と口論になり、
「就職なんかしなければいい」
と言われてしまった男の子が、そう答える。
私は今まさに、そんな思いと戦っているのである。

軽やかな笑いを含んだそつのない構成は、特殊な方法論を使ったものではなかったが、
現在大学4年生、卒業寸前の2月まで就職の決まらない私にとっては、
特別に響いてくるものがあった。
「こんなに自分と向き合って、こんなに惨めになったことはない」
登場人物のセリフが、私の胸をかきむしって涙が出る。

就職支援企業が提供についていたり、
就活生必読の書「面接の達人」が作中で用いられたりと、
これほどリアリティの維持に力が注がれた小劇場作品を見たのは、初めてだと思う。

演劇を本気でやりたいと願う人の多くは、
「夢追い型」と呼ばれるフリーターとなるケースが多い。
演劇と就職活動ほど、並列しがたいものもそうないだろう。
それが同時に目の前で表現される、奇妙な矛盾感。
なのに、この一作を見たことで、どんな就職支援本を読むよりも
深く「就職」について考えさせられてしまったのである。

この作品は多分、作り手の自覚以上にニーズの高い内容である。
日本中の、就職活動学生たちが求め続けている作品だと純粋に思う。
演劇のビジネス活用としてのモデルにも、十分になりえる。
全国の大学で公演してほしい。
それくらい学生には、就職活動というものの具体的イメージが乏しいのである。

もっと早い段階で見られていたら、私も少しは状況が違っていたような気がする。
などというのは言い訳なので、まだ私も諦めずに就職活動を続けるつもりである。
(青木理恵 2005.2.2)

[上演記録]
■劇団劇団タコあし電源×デジタルハリウッド大学院大学 プロデュース公演 「面接の達人2006

▼脚本
 岡本貴也(タコあし電源)
 イケタニマサオ(くろいぬパレード)
 渡邉睦月(TBS「逃亡者」「太陽の季節」他)
 池谷ともこ、みつだりきや
▼演出:ブラジリィー・アン・山田(ブラジル)
▼プロデュース
 岡本貴也+デジハリ大学院演劇プロジェクト
▼1月28日-2月7日/中野・劇場MOMO

Posted by KITAJIMA takashi : 10:11 PM | Comments (0) | Trackback

February 04, 2005

人形劇団プーク「かちかち山」「金壺親父恋達引」

 人形劇団プークの本拠地を通りががりに眺めたことがある。新宿南口から徒歩5分ぐらいだろうか。甲州街道から少し代々木寄りに入った絶好の場所だった。 3日夜、その専用劇場ではなく、こまばアゴラ劇場で初めてプークのステージを体験した。おもしろかった。客席で無防備に、ころころ笑ってしまった。

 人形劇団というと、操り糸で人形を動かすというイメージがあったけれど、「かちかち山」は違っていた。被り物はあっても俳優は素面で、詰め物で膨らせた白の吊ズボンをはいて登場した。ヨーロッパのダンス集団で、豚の仮面をかむって登場したダンサーがそんなズボンをそろってまとっていたような記憶がある。A.C.O.A.がBeSeTo演劇祭でみせた「煙草の害について」でも、同じような衣装をかなりグロテスクに仕立てて登場した。 A.C.O.A.では衣装が重要な伏線になっていたけれど、プークでは動物との近縁を示す導線の役割を果たさせようとしているような気がする。

 「かちかち山」だから、登場するのは狸とウサギ。かたや37歳の古狸なら、ウサギは今年16歳の処女という設定である。狸の死骸を発見した男女の警察官が現場を調べる冒頭から、やがて2人が狸とウサギに成り代わり、それぞれ狸とウサギの人形をときに手に持ち、人間と人形が一体となって舞台が進んでいく。語りと身体との間に人形が入り込んだり、人形が姿を消して俳優が表に出たり、その逆に人形の影に役者が隠れたり…。

 劇中劇という構造が演劇の相対化によく用いられる。しかし人形の効果的な登場が、今回の舞台でどれほど意識されているかどうか分からないけれど、劇自体を豊富化する手がかりになるのではないかと示唆深かった。プーク体験はぼくには目から鱗の舞台だった。同じように人形をメーンに登場させる文楽が、メタ演劇実現の視点から再評価されたことはあるのだろうか。
 そういえば、客席には「地点」演出の三浦さんや田島さんらの姿がみえていた。なるほど、よくベンキョウしてますね。

 狸汁から逃れようと、つかまえたおじいさんを殺した狸は、美しいウサギにほれ込んで疑うことを忘れているが、ウサギは殺されたおじいさん夫婦に恩義を感じており、冷静に復讐を図るという話。御伽噺をもとにした太宰の原作。ウサギ役の桐丘さんが舞台に登場すると、匂い立つような雰囲気が広がった。恩義と復讐を秘めつつ古狸の一挙手一投足に妖しく冷たい視線を向ける。その光景の背後にオーラが見えるような気がした。

 井上ひさし作の「金壺親父恋達引」はモリエールの翻案だが、相変わらずうまくできている。ただ劇形態は文楽方式で、黒子役が人形を動かし、同時にせりふも。足脚の動きが笑いを誘ったけれど、方法的には従来どおりのパターンを踏襲しているように思えた。

 決定的に重要なのは、人形だと思われる。そのキャラ、作り方で印象が決まるからだ。主役と同じ、いやそれ以上の比重があるのではないだろうか。

 今回登場した人形は、2つの演目で同じ作者と思われる。いや、同じかどうか分からないが、少なくとも「作風」は似ている。しかし人形の作風は上演する作品によって、がらりと変わっていいのではないか。リアルもあればシュールもパンクもあっておかしくはない。なるほど、人形制作者に問われるのは技量だけでなく、演出も含めた劇全体の方向が問われるようになるかもしれないと密かに考えた。

 こまばアゴラ劇場の 「冬のフェスティバル2004」参加公演。声をかけてくれた劇団のKさんに感謝。

Posted by KITAJIMA takashi : 10:18 PM | Comments (0) | Trackback

February 03, 2005

人形劇団プーク 『金壺親父恋達引・カチカチ山』

 1929年に創立され、昨年75周年を迎えた人形劇団プークは現代人形劇専門の劇団である。普段は子どものための人形劇を中心に国内外を問わぬ活動を展開しており、さらにはテレビ、映画にもその幅を広げ、社会的評価も高い。また年に一回、新宿にある本拠地「プーク人形劇場」で「おとなのための」人形劇を上演している。人形劇は子どものものであるという一般のイメージを払拭せむとする劇団の提言を今回より深め広げるべく、「おとなの人形劇」と銘打ってこまばアゴラ劇場冬のサミットに参加したその演目は、井上ひさし『金壺親父恋達引』、太宰治『カチカチ山』の二本。人形劇は文楽を除けば子供の時分に見たきり雀の我が身ながら、確固たる様式がみせる多彩な表現に驚かされ笑わされ、非常に心楽めた。

 太宰治原作の『カチカチ山』は男女の道化による、狸殺害をめぐる推理劇という構造をとる。狸の死骸(人形)を前に現場検証、推理を連ねる二人。「惚れたが悪いか」に締め括られる動機解明に至るまでの過程が劇中劇としての『カチカチ山』に変貌していく。男と女はそれぞれ兎に惚れる醜狸三十七歳と、残酷なアルテミス、十六歳の処女兎を人形で以て演じる。俳優が先ず演技をし、彼らが人形を使うという行為自体が一つの仕掛けとして機能していた。端から人形劇というスタイルを前面に押し出すのではなく、いうなれば「普通」の芝居からはじまり、人間が人形を道具として扱っていくうちに人間のほうが人形に支配されていく。その発端となる人形が狸の死骸であることの怖ろしさは、一見可愛らしくも見えるお伽話の裏に潜む太宰版「お伽草紙」の黒い笑いを引き出していた。美しい顔をして冷酷な行動をとる兎。一体に残酷はその心と裏腹な静謐な態度にもっとも顕著なのである。

 幕間を挟んでモリエールの『守銭奴』を原作に井上ひさしがラジオのための現代義太夫節として書き上げ、後にテレビ文楽化された『金壺親父恋達引』。人に聞いて曰く、井上ひさしと云えば『ひょっこりひょうたん島』というように、もともと作家と人形劇との関わりは極めて大きいものだった。こちらは前半と打って変わって、人形による芝居。両手で操られる赤子ほどの人形は、繰り手の声を借りて台詞を語る。氏の劇言語は異様でさえある。とめどなく溢れかえる地口や掛け言葉などの言語遊戯が乖離させる意味の世界は拡散の危険も孕むけれど、人形は「言葉」を、まさにそのまま身体としての表現に結びつける。たとえば、「肩を落とす」という慣用句があるとしよう。実際あるのだが、もしそうした場面が劇中にあるとするならば、人形はがっくりと文字通り肩を落とし、その背中はひどく寂しげに去っていくことだろう。「腹を抱え」て笑うような場面では本当に腹を抱えるに違いない。そしてそれが如何にも真実らしく、またおもしろいのだ。井上戯曲では何よりも「言葉」が演劇的な武器となる。時に過剰とも云われる饒舌は人形という仮面が語るのを望んでいたかのようによく似合っていた。

 直接感情を表情に出せない人形は身体そのものが雄弁である。人間が人形を手にとる。彼乃至彼女が人形を支配し、動作を指示するにもかかわらず、その後人形に反映される身体及びイメージは、人間を遙か超越したところにまで到達する。演技という点で、誇張が最大の武器となる。そして、表情の一定に保たれた人形が生身の人間では決して届かない身体表現を可能とする。極めて細かな仕草から大袈裟な心象所作まで、人形であることの制約が単なる叙情をよりふくよかに表現するのである。ただ、顔の表情の乏しさを補う為もあってか、その台詞回しはともすれば極端に抑揚ばかりが先行し勝ちだった。日頃の子どもたちのための芝居づくりという功罪を問うものではないけれど、わかりやすい明度ばかりでない、声の表現を聴きたい。『金壺親父恋達引』の義太夫が、単なる語りにとどまったのも残念だ。その点、桐丘麻美夏の兎やお高のような抑制の効いた演技が印象に残った。

 人形劇にも様々の形がある。ここに見えたのは、諷刺に富んだ笑劇としての人形劇だった。人形は人間のデフォルメされた形である。その行動、動作、はたまた人形の容姿外見など、特徴を際立てて演じるほどにおかしみは増す。リアルとは対極にある抽象的舞台は、物や音など、数々の見立てによって成立するが、言葉遊びも見立ての代表格であるといえよう。人形も、人間の見立てであることは云うまでもない。人形を見るわたしたちの視線は、或いは異形のものとして彼らを見るかも知れない。人間にあらざる「人形」がまるで「人間」らしく振舞うのを見てわたしたちは笑うだろう。感情を露わにしない人形が仰々しくも感情的になるとき、わたしたちは笑うだろう。そうした人間のパロディとしての姿を自分自身の身替わりとして見ながら、安心しているのかも知れない。人形劇という可能性は未知である。そして奥が深い。特に『カチカチ山』のような、人間と人形の関係性の追求をめざしてもらいたい。この先「人形」という、実は遙かな歴史を持つよりしろを用いて、どのような演劇がつくられていくのか。非常に楽しみである。(後藤隆基/2005.2.2)

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