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September 29, 2005

とくお組「インドのちから」

北嶋さん、吉田さんと一緒に見たお芝居。
雰囲気は内輪の劇団だけど、充分見るに耐えうる作品でした。

おはしょり稽古より「学生ドリフターズ」

Posted by : 08:38 PM | Comments (0) | Trackback

Afro13「Death Of a Samurai」

初めてです、こんなに芝居を大絶賛したの。

とは言え、
後になってパンフレットを見たら舞台上で言ってない設定が書いてあって、
ラスト近くのシーンの意味をちょっと違う風に捉えていたことに気づいた。
ここで敢えて言うったらそんぐらいでしょうかね。

B.G.M.が結構自分好みだったこともあってがんがんに褒めてますが、
もし曲の趣味が合わなかったら辛いかな、とも思う。

おはしょり稽古より「ジャパニーズ・ドラマティック・パフォーマンス、完成です」

Posted by : 08:30 PM | Comments (0) | Trackback

September 26, 2005

ポタライブ 吉祥寺編「源」(緊急再演)

 ポタライブという風変わりな公演形態があると知ったのは1年ほど前でしょうか。1度申し込みましたが、満員で参加できませんでした。今回、縁があって「吉祥寺編『源』」公演に参加することができました。すでに柳沢さんが緻密な考察を掲載しています(9.25付)。ぼくの報告は付け足しですが、実際どんなふうに進行したか、小1時間の描写を流れに沿ってまとめてみました。柳沢論考と併せて読んでいただけたら幸いです。

 このライブが行われる直前、次のような知らせが届きました。

緊急再演 吉祥寺編『源』

「まちが演ずる、土地がうたう、記憶が踊る」
お散歩演劇ポタライブを作り始めて2年と半年。舞台に使い、共演してきた町並みが、気づかぬ間に、びっくりするくらいに変わっていることがあります。
昨日、別のポタライブの取材で三鷹を通ったとき、初めてポタライブを作った場所が、ほとんど消えかけているのを見て、愕然としました。市役所にきくと、この11月で、完全に消滅する、ということです。
急な話ではありますが、消え去る前にもう一度だけ、再演させていただくことにしました。
ポタライブの最初に作った作品は、東京のミナモトの場所でのダンス。「源」をご覧いただいた方も、そうでない方も、ぜひにご参加くださいませ。


グリーンパーク遊歩道の入り口です。

きれいな案内板。

薄汚れた掲示板もありました。

公園(広場)にふと視線を向けると、白衣姿のひとが舞っています。

自宅から石造りの階段が遊歩道に延び、自分たちの庭のように出入りできる。

道路計画で住宅が取り壊された空き地に、帽子姿の男性が立っている。風景に馴染んでいますね。

ブランコには女性が…。

ここからまた引き返す。

振り返るといつの間にか…。

道ばたに咲く花も美しい。

わずかに残っている建物の前で…。

白衣の舞の傍らで、五体投地か転倒か。

パフォーマンスは続く。
 前回のポタライブは満員で参加できなかったので、すぐに申し込みました。
 9月18日(日)午後3時、JR三鷹駅集合。主宰の岸井大輔さんがガイド役を務め、参加した5人を前にまず、駅の説明から始めました。  「三鷹駅は武蔵野市と三鷹市のちょうど境界線に建っています。このタイルが境界線上にあるはずです」とタイルを靴で示した後、「駅の案内板を見てください」と言う。  顔を上げると、確かに左(南口)が三鷹市、右(北口)が武蔵野市の町名が記され、きれいに分かれています。これが約1時間続く「散歩」のスタートでした。

 「もうひとつ、この駅の真下を、玉川上水が流れているんです」
 エーッ、ほんとかね。開始早々いきなり顔面にパンチを食らった感じでした。
 玉川上水は、多摩川上流の羽村から9市4区(羽村市、福生市、昭島市、立川市、小平市、小金井市、武蔵野市、西東京市、三鷹市、杉並区、世田谷区、渋谷区、新宿区)を通り、四谷大木戸までの総距離約43km。江戸時代は人びとの飲み水を賄ってきたそうです。それが駅地下を流れている? 確かめようじゃないか。
 北口(武蔵野市側)に出て駅裏の小川に降りていくと、流れは駅の手前で地下に消えています。その行き止まりの小さなスペースに、緩やかに動いている人影が見えました。白衣をまとい、葉陰から漏れてくる陽光を浴びながら、手足を広げて鶴のように舞っています。太極拳の稽古かな、邪魔しちゃまずいなあ、と思って進んで行っても動きは止まりそうにありません。そうか、パフォーマンスなのだ!
 初っぱなの軽い連打で、ぼくはすっかりポタライブにさらわれてしまいました。

 やがて上水沿いの遊歩道を歩きます。両側の遊歩道は、三鷹側が舗装され、武蔵野側は土のまま。川縁も三鷹側がコンクリートで固め、武蔵野側には植木が生えたりしてほぼ自然の景観が保たれています。
 「市内の空き地をどのように利用するか、武蔵野市が住民アンケート調査をすると、6割ぐらいが『原っぱ』にしてほしいという結果が出るそうです。自然にあまり手を加えないでそのままにしておくのが多数のようですね。右手の原っぱもその一つです」

 道路の向こうに広場が広がっています。片隅には遊具があり、大きな木が茂っているけれど、真ん中は確かに原っぱです。かけっこしている子供たち、ボールを蹴っている大人が…。と見ていると、スキー帽(のようなもの)を頭からすっぽり被った人が案山子のように立っていました。ブラウン系の汚れた色合いの衣服を身に着けています。まさか案山子のはずはありません。出演者なのでしょうか。近くの石の上を真っ赤なシャツに白っぽいスカートの女性が飛び跳ねながら渡っていく姿が飛び込んできました。ベンチに座っているお年寄り、立てかけるように置かれた自転車、それに乳母車。原っぱに似つかわしい風景がそこにありました。

 「玉川上水が通るようになってから、この辺りは田畑になりました。道が碁盤の目のようになっているのは、その用水路の跡です」と説明が続く。細いけれどもまっすぐ延びた道の先に、赤いシャツの女性が何気なく立っています。やっぱり出演者だったんだ。

 やがて遊歩道から離れ、道路沿いに進むと境浄水場が見えてきます。もうこの辺りは武蔵野市です。 「昔は用水に引く水量を加減したり、汚染など水の扱いに注意を払っていたのも、下流で飲み水に使われるからですね」。岸井さんの語りもすんなり飲み込めるようになっていました。

 浄水場の東側に沿って、珍しく煉瓦敷きの細道が続いています。戦後間もないころ、その先は東京グリーンパーク野球場につながっていました。旧中島飛行機工場跡地に建設された野球場は数万人を収容できるほど大規模で、オープン時はプロ野球が開催されていたそうです。しかし1年で閉鎖、幻の野球場となりました。鉄道も廃線です。グランドの土が関東ローム層のため、土ぼこりが風にあおられて満足に使えなかったのが原因と言われています。

 線路跡はその後、遊歩道に姿を変えました。いまはグリーンパーク遊歩道と呼ばれています。しかし、その遊歩道も近々、姿を消すことになりました。東京都の道路計画が進んでいるからです。

 「ポタライブはここが発祥の地です。2003年4月にここで始め、何度か実施しましたが、舞台自体が消滅することを知って急遽、公演を決めました」と岸井さん。初演当時歩道脇にあった住宅はほぼ姿を消し空き地になっていました。「歩道を自分たちの庭のように使っていた」石積みの階段だけが、取り壊された住宅の気配を残しています。

 軽装の年配夫婦や自転車に乗った主婦らが行き交う歩道を、そんな説明を聞きながら進んでいくと、駅からの途中、2、3度姿を見かけた白衣の人が、ずっと遠くで踊っている姿が見えます。すぐ横の公園でブランコに乗っている女性は、あの赤シャツ、スカート姿の女性。汚れた衣服のパフォーマーは、いつの間にか廃屋跡地に立っている…。

 通りかかりの人も立ち止まったり、パフォーマーの脇をすり抜けたり。パフォーマーもぼくらを追い越していったり、突然視界に入ってきたり。スキー帽の男は遊歩道を折り返して解散地に近づくと、細い道に身体を投げ出す動作を繰り返していました。これは五体投地なのでしょうか。チベット仏教の究極の巡礼作法がここでは、消えゆく景色を慈しむ儀式と重なっているように思えました。

 散歩は終わりました。間もなく緑に覆われた遊歩道も姿を消し、後には、東京都が建設した広い道路が延び、車列が行き交う光景に様変わりするでしょう。


 駅の地下を上水が通っているのは、近代の発展が地底に追いやったとも言えるし、上水はそれでもしぶとく生き残ったとも言えるでしょう。三鷹、武蔵野両市の施策の違い、原っぱづくりを支える住民、水源地としての生活作法を刻んできた歴史、消えた鉄道といま貫通寸前の道路計画、消える風景とリアルな現場と…。「舞台とは、視線が集中するように組織された場所」(柳沢望「ポタライブの『源』」)だとすれば、ポタライブという方法論によって、土地の変遷(歴史)もまた、かけがえのない舞台装置となり作品となるのです。

 柳沢望さんは前掲の論考で次のように述べています。

 歩いていって角を曲がって、風景が開けたとき、そこに不意に出演者があらわれている。後ろから出演者が追い抜いていくこともある。からだを運び視野が動くこと自体が含んでいるドラマの可能性がポタライブでは時折見事に活用される。(中略)演技者が遠景のなかに置かれて、観客は遠くから目をこらすこともあるし、風景の片隅に演技者が立つことで、風景全体が際立つようなこともある。
 これは、「役者中心」「演技中心」的な舞台観からは出てこない、ドラマ的な動的造形の可能性だ。舞台の中心に立つことを特権化するのではない仕方で、多様に移り変わる関係の中に視線が結び付けられ、それが舞台を生み出し、様々に身体や事象が点在する風景そのものが舞台として造形されてゆく。

 「多様に移り変わる関係の中に視線が結び付けられ、それが舞台を生み出し、様々に身体や事象が点在する風景そのものが舞台として造形されてゆく」という表現は、あまりに演劇寄りと言われるかもしれません。その土地、その町(街)の記憶を読み直す作業が、必ずしも演劇を要請しているかどうか自明ではないからです。しかし土地の記憶を立ち上げる方法が、土地の多様性と同じように多様であれば、それはどのような呼称であるかを求めてはいないでしょう。土地(とそこに住む人びと)の歴史と記憶を揺り動かすことによって浮かんでくるイメージとその奥行きが、そこを歩く人びと、見つめる人びとに照射されるよう願っているのではないでしょうか。

 ポタライブの試みによって舞台の可能性が広がります。演じる側も見る側もまた、演出・演技のありようだけでなく、作品という枠組み自体を見直さなければならなくなりそうです。きわめて印象的で、かつ刺激的なスタイルに出会った1日でした。

 今回が 「源」の最終公演になってしまったのは本当に残念です。必要以上にことこまかな紹介だったかもしれません。しかし2度と行われることのない公演への言祝ぎであり追悼の儀式だとみなしてご容赦いただきたいと思います。
(北嶋孝@ノースアイランド舎 2005.9.27補筆 28日写真追加)

[参考情報]
 ・ポタライブ( 劇作家岸井大輔 website ) http://plaza.rakuten.co.jp/kishii/
  ポタライブ通信 http://plaza.rakuten.co.jp/kishii/diary/200509210000/

 ・玉川上水(東京都水道局) http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/pp/tamagawa/
 ・境浄水場見学記 http://www.nakaco.com/suidou/water%20supply/Tokyo/sakai.htm
 ・東京グリーンパーク野球場(武蔵野市) http://www.city.musashino.tokyo.jp/profile/musashino100/04.html
 ・東京スタディアム(グリーンパーク) http://www.geocities.co.jp/Playtown-Darts/7539/yakyujosi/kanto/greenpark.htm


[上演記録]
ポタライブ クラッシック 「源」
15時 JR三鷹駅改札前待ち合わせ(14時45分より受付開始)

作・演出・案内 岸井大輔(劇作家:ポタライブ主宰)
出演 木室陽一(ダンス:ポタライブ主宰)榊原純一(おどり)丹羽洋子(ダンス)

Posted by KITAJIMA takashi : 04:45 PM | Comments (0) | Trackback

September 25, 2005

#1. ポタライブの「源」

 「散歩しながら楽しむ」路上演劇、「ポタライブ」に関するレビューは、ワンダーランドでも2005年5月28日の記事で紹介していただいた。この秋「アキマツリ」と銘打って新作、再演と取り揃えた連続上演がおこなわれている(詳細はポタライブ通信で)。

 先日、「アキマツリ」の先頭をきって、ポタライブの第一作『源』が緊急再演された。舞台になる場所が消え去ってしまうため、上演可能な今、最後の再演がなされたのだという。このいきさつのなかに、ポタライブという演-劇スタイルの特質が見えてくるようだ。

 『源』という作品に照準しつつジャンルとしての特質を考察しながら、ここで改めてポタライブを紹介してみたい。

*

 ポタライブは、市街地、野外で上演されるけれど、舞台芸術である。野外を舞台とするというよりも、野外が舞台になるのだ。それは、必ずしも「借景」だというわけではない。市街地や野外の風景そのものに秘められたドラマがむしろ主役になることもあるからだ。

 その点で、たとえば寺山修司の市街劇とは別の角度からドラマにアプローチしていると言えるはずだ。ポタライブは、寺山的市街劇の攻撃性や過激さと直接比較できないような性格をもっている。しかし、より穏やかなものではあっても、あくまでドラマを汲み取ろうとする営みであることも見逃すべきではないだろう。


*


 舞台とは、常に束の間のものだろう。上演という関係が結ばれる間だけ、ただの空間は舞台としてそこに現れる。そうした点で、移ろう日差しや天候、様々な通行などを舞台化していくポタライブの創作は、それが束の間のものであることが常に明白にされているという点で舞台化の純度を劇場におけるよりもむしろ高めていると言えるかもしれない。

 そして、その舞台化の遂行は、行政の力や資本の運動などによって痕跡を消去しながらめまぐるしく変化しては反射的反応だけをひきおこすような「スペクタクル」と化してしまう様々な土地の有様を、舞台造形的に、劇的な認識において、束の間、取り戻そうとする運動でもあると言えるかもしれない。


*


 劇作家の岸井大輔とダンサーの木室陽一の二人が主宰するポタライブ。その第一作『源』が初演されたのは2003年4月30日だとのこと。再演を繰り返すなかで練り上げられ、『源』は最終形になっていったそうだ。その模索の中で、現在のポタライブのスタイルも確立されたらしい。ポタライブという名称が使われ始めたのは2003年からだが、その前身となる作品は「街頭芸術横浜2001」で公演されていたとのことだ。


 ポタライブは、吉祥寺や船橋、谷中、広尾といった様々な土地に取材して既に多数の作品が創作されてきている。「お散歩しながら楽しむライブ」というのが、ポタライブのキャッチフレーズなのだけれど、散歩するコース自体が、それぞれの街や地域への綿密な取材の結果、その土地の歴史やドラマを際立たせるように設定される(取材の綿密さについてはこの記事のインタビューでも語られている)。

 たいてい、どこかの駅の改札前が集合地点に指定され、そこに集まった観客は、案内人に連れられて駅から歩いていく。一行が、その土地が秘めているドラマの要となるポイント、ポイントにさしかかったとき、少しずつ案内役がその場所の解説をしていく。その、解説が進む風景のどこかに溶け込むように、ダンスなどのささやかなパフォーマンスが行われていたりもする。

 解説の語りと、散歩のコースに寄り添うようにぽつぽつと進むパフォーマンスが、全体としてドラマを織り成していく。ポタライブは、だいたいそのように行われる上演だといえるだろう。

 ポタライブは、独特のしかたで、劇場無しで舞台を作る手法を開拓している。劇場を借りたり、維持したりする資金がなくても、いくらでも舞台は作れるし、いくらでもドラマは実現できるわけだ。
 公的資金や行政からの支援を期待するまでもなく、劇的=舞台的な創造性を発揮する余地を作ろうと思えば、いくらでも可能だということを、ポタライブは示してくれている。岸井さんに加え田口アヤコさんが作演出をはじめるなど、その活動は少しずつ広がっているが、これからますます、その意義は大きなものになりそうだ。


*


 さて、野外や市街地でのパフォーマンスということなら、既に様々な試みがなされていて、発想としては珍しくない。

 ダンスにおけるトリシャ・ブラウンをはじめ、今まで劇場の外でパフォーマンスを行う試みは様々になされてきただろうし、メレディス・モンクも場所の特性を生かした野外公演を上演している。それら、劇場の外へ出ようとする様々な試みからポタライブが発想を得ていることは確かだろう。問題は、その発想を具体化し練り上げる手法があるかどうかだ。

 その点で、ポタライブには、一見何気ないが、しかし周到に計算された「作品化」の手法があることに注目しておくべきだ。「散歩」をベースにするコンパクトさ、観客も移動する視点の変化を効果的に舞台作品化する仕方、そして、歩いてまわれる範囲で場所に密着しながら、その地域の特性をドラマ化する手法において、ポタライブには他に無いユニークさがあると思う。


*


 舞台とは、視線が集中するように組織された場所のことであり、視線を集める演出にこそ舞台芸術の鍵があるとしたら、それは仮設であれ常設であれ、劇場という閉鎖空間をしつらえなくても様々な仕方で実現可能なことだ。

 その裏返しになるが、ポタライブにも舞台裏はある。観客は案内役に連れられて歩いていき、それにつれて視野が移動するにつれ、死角も移り変わる。その隙をぬって、出演者は観客の先回りをして視界の先にあらわれたり、視界の外に消えたりする。

 歩いていって角を曲がって、風景が開けたとき、そこに不意に出演者があらわれている。後ろから出演者が追い抜いていくこともある。からだを運び視野が動くこと自体が含んでいるドラマの可能性がポタライブでは時折見事に活用されるのだが、ドラマが実現されるために、筋書きをなぞる場面や演技の連続が必要なわけでもないわけだ。

 ポタライブにおいては、演技者が遠景のなかに置かれて、観客は遠くから目をこらすこともあるし、風景の片隅に演技者が立つことで、風景全体が際立つようなこともある。

 これは、「役者中心」「演技中心」的な舞台観からは出てこない、ドラマ的な動的造形の可能性だ。舞台の中心に立つことを特権化するのではない仕方で、多様に移り変わる関係の中に視線が結び付けられ、それが舞台を生み出し、様々に身体や事象が点在する風景そのものが舞台として造形されてゆく。


*


 ポタライブをジャンルとして語る上では、観客参加の問題なども欠かせない点だけれど、さしあたりそれについて細かく考えることは控えよう。とりあえずここで、先日行われたポタライブの第一作『源』の再演について語っておきたい。

9月18日(日)19日(祝) 15時―16時
ポタライブクラッシック「源」 

作・演出・案内 岸井大輔(劇作家:ポタライブ主宰) 
出演 木室陽一(ダンス:ポタライブ主宰)
榊原純一(おどり)
丹羽洋子(ダンス)

 『源』では、作品の舞台となり作品を舞台とする風景そのものが、消えてしまうことになった。そのために緊急の最終上演が行われたのだった。

 『源』は、三鷹駅から出発して、浄水場の傍まで歩くコースを上演していくポタライブで、タイトルは江戸=東京の水源地ということにちなんでいる。江戸時代の玉川上水をめぐる歴史の地層を掘り起こしつつ、三鷹市と武蔵野市の違いをめぐる話まで、様々な歴史的エピソードが案内役のナレーションによって語られていき、武蔵野市に特有の自然に満ちた公園の景色の中で、ダンサーたちが土地の記憶の結晶のように佇み、あるいは、踊り、秋口の陽光に照らし出される、その様子は限りなく美しかった(観客も出演者も、秋口の蚊の最後のあがきともいえる攻撃に悩まされもしたのだけれど)。


 そうした散歩の最後の山場は、武蔵野市のはずれにかつてあった野球場へと中央線から分かれて通じていた旧国鉄の引き込み線跡だ。レールを外したあと、緑道のような公園として残された廃線跡は、その両側に散在する家々の庭のようでもあって、独特の佇まいを見せていたのだけれど、道路拡幅工事によってその歴史の痕跡は風景ごと消え去ってしまうことになったのだった。


 『源』という作品は、少なくともその再上演可能性が消え去るという意味においては、その母胎となった風景ごと、消え去ることを余儀なくされてしまったわけだが、上演を通じて舞台となることで、消え去っていく些細な風景は、僅かの人々の間においてであれ、束の間生き直され、作品化され、つまり、形象化=理念化されることにおいて、記憶に埋め込まれるものになった。


*


 あるいは、舞台というはかなさの鏡の中で、生活を織り成すそれぞれの身体もまた束の間のものであるということが、劇的に示されもするのかもしれない。

 演劇というものが、一面において、遠く、追悼儀礼に淵源するものだとして(ここでわたしは西郷信綱『詩の発生』所収の論文「鎮魂論-劇の発生に関する一試論-」を念頭においている)、ポタライブの舞台造形は、さまざまな場所に固有の光景に対する「喪」を許さないほどに忘却を強いるめまぐるしいスペクタクルの隙をぬって、観客のそれぞれに追悼的な認識を行う機会をひそやかに開いてくれるものなのかもしれない。そしてそれこそ、常に束の間のものにほかならないそれぞれの身体が要請しているはずのものかもしれない。


*


 ポタライブの上演はときどき、あまりに抒情的ではないかと思えることもあって、それは多分ポタライブが組織している「舞台」の構造そのものに関わる制約であるのかもしれないと思うこともある。その制約が身体器官的な要請であるにせよ・・・・『源』の上演で、長く続く廃線の名残の緑道の端を抜けて、既に拡幅している道路のあたりに出る前に通り過ぎた公園で、赤い服をきた出演者に勢い良く漕がれていたブランコが、数分間道路拡張計画の説明を聞いて折り返したあと、再び通りすぎる時には無人で揺れていたことがあって、その折り返して道を戻る先に、次のダンスは既にはじまっていて、揺れているブランコを横目に自ずと視線は元来た道を辿りなおしはじめているのだけれど、そうした一連の視線の動きが、何か劇的なものとして、脳裏に焼きついている。


*


さて、以下に公演情報を再掲載しておきたい。


* * *


■吉祥寺編「泡」
  10月1日、3日、4日 13:30~15:00
  JR吉祥寺駅中央口改札前 13:15 待ち合わせ

■吉祥寺編「断」
  10月2日、4日、6日  19:00~20:00
  JR吉祥寺駅中央口改札前 18:45 待ち合わせ

■広尾編「鯨より大きい」
  10月8日、9日、10日 15:00~16:30
  東京メトロ広尾駅1番出口方面改札前 14:45 待ち合わせ

◇横浜編「墓標」
  10月15日・16日 集合場所・時間未定

◇船橋編「青の反対色はオレンジだが、そんな恋は江ノ島の海
に捨ててきたの」
 10月22日・23日 17:00-18:30 
JR船橋駅改札前17時待ち合わせ

■船橋編 「ふねのはなしは、ないしょのまつり」
  10月29日・30日 14:00-16:00 
JR船橋駅改札前14時待ち合わせ

■船橋編「ルーチン ワーク」 
  11月3日4日5日6日 13:00-
 JR船橋駅改札前 13時 待ち合わせ

■小金井編「かわあそび」
  11月12日13日 JR武蔵小金井駅改札前15時待ち合わせ

料金は■が2000円、◇が1500円です。

* * *

予約問い合わせは、
potalive@yahoo.co.jp
または
080-3444-4342
で受け付けている。


上のリストの中で私が見たことがあるのは「断」と「青の反対色は・・・・」の二本だが、「断」は吉祥寺の謎が一気に明らかになる名作。必見かつ必聴。「青の反対色は・・・・」は、海に向かっていくルートが楽しく、遠景のダンスが絶妙だ。

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September 24, 2005

りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピアシリーズ第三弾『冬物語 -Barcarolle-』

新潟の劇場、りゅーとぴあの製作による「りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピアシリーズ」も第三弾となりました。AUNでは吉田剛太郎氏と組まれている栗田芳宏氏が演出し、今回は出演もしています。このシリーズ、毎回東京でも公演しているのですが日程が短いためか、いまひとつ話題にならないような気がします。とても好きなシリーズなのでこちらにも紹介させていただきたいと思います。

りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピアシリーズ第三弾『冬物語 -Barcarolle-』"

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