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September 29, 2005

とくお組「インドのちから」

北嶋さん、吉田さんと一緒に見たお芝居。
雰囲気は内輪の劇団だけど、充分見るに耐えうる作品でした。

おはしょり稽古より「学生ドリフターズ」

Posted by : 08:38 PM | Comments (0) | Trackback

Afro13「Death Of a Samurai」

初めてです、こんなに芝居を大絶賛したの。

とは言え、
後になってパンフレットを見たら舞台上で言ってない設定が書いてあって、
ラスト近くのシーンの意味をちょっと違う風に捉えていたことに気づいた。
ここで敢えて言うったらそんぐらいでしょうかね。

B.G.M.が結構自分好みだったこともあってがんがんに褒めてますが、
もし曲の趣味が合わなかったら辛いかな、とも思う。

おはしょり稽古より「ジャパニーズ・ドラマティック・パフォーマンス、完成です」

Posted by : 08:30 PM | Comments (0) | Trackback

September 26, 2005

ポタライブ 吉祥寺編「源」(緊急再演)

 ポタライブという風変わりな公演形態があると知ったのは1年ほど前でしょうか。1度申し込みましたが、満員で参加できませんでした。今回、縁があって「吉祥寺編『源』」公演に参加することができました。すでに柳沢さんが緻密な考察を掲載しています(9.25付)。ぼくの報告は付け足しですが、実際どんなふうに進行したか、小1時間の描写を流れに沿ってまとめてみました。柳沢論考と併せて読んでいただけたら幸いです。

 このライブが行われる直前、次のような知らせが届きました。

緊急再演 吉祥寺編『源』

「まちが演ずる、土地がうたう、記憶が踊る」
お散歩演劇ポタライブを作り始めて2年と半年。舞台に使い、共演してきた町並みが、気づかぬ間に、びっくりするくらいに変わっていることがあります。
昨日、別のポタライブの取材で三鷹を通ったとき、初めてポタライブを作った場所が、ほとんど消えかけているのを見て、愕然としました。市役所にきくと、この11月で、完全に消滅する、ということです。
急な話ではありますが、消え去る前にもう一度だけ、再演させていただくことにしました。
ポタライブの最初に作った作品は、東京のミナモトの場所でのダンス。「源」をご覧いただいた方も、そうでない方も、ぜひにご参加くださいませ。


グリーンパーク遊歩道の入り口です。

きれいな案内板。

薄汚れた掲示板もありました。

公園(広場)にふと視線を向けると、白衣姿のひとが舞っています。

自宅から石造りの階段が遊歩道に延び、自分たちの庭のように出入りできる。

道路計画で住宅が取り壊された空き地に、帽子姿の男性が立っている。風景に馴染んでいますね。

ブランコには女性が…。

ここからまた引き返す。

振り返るといつの間にか…。

道ばたに咲く花も美しい。

わずかに残っている建物の前で…。

白衣の舞の傍らで、五体投地か転倒か。

パフォーマンスは続く。
 前回のポタライブは満員で参加できなかったので、すぐに申し込みました。
 9月18日(日)午後3時、JR三鷹駅集合。主宰の岸井大輔さんがガイド役を務め、参加した5人を前にまず、駅の説明から始めました。  「三鷹駅は武蔵野市と三鷹市のちょうど境界線に建っています。このタイルが境界線上にあるはずです」とタイルを靴で示した後、「駅の案内板を見てください」と言う。  顔を上げると、確かに左(南口)が三鷹市、右(北口)が武蔵野市の町名が記され、きれいに分かれています。これが約1時間続く「散歩」のスタートでした。

 「もうひとつ、この駅の真下を、玉川上水が流れているんです」
 エーッ、ほんとかね。開始早々いきなり顔面にパンチを食らった感じでした。
 玉川上水は、多摩川上流の羽村から9市4区(羽村市、福生市、昭島市、立川市、小平市、小金井市、武蔵野市、西東京市、三鷹市、杉並区、世田谷区、渋谷区、新宿区)を通り、四谷大木戸までの総距離約43km。江戸時代は人びとの飲み水を賄ってきたそうです。それが駅地下を流れている? 確かめようじゃないか。
 北口(武蔵野市側)に出て駅裏の小川に降りていくと、流れは駅の手前で地下に消えています。その行き止まりの小さなスペースに、緩やかに動いている人影が見えました。白衣をまとい、葉陰から漏れてくる陽光を浴びながら、手足を広げて鶴のように舞っています。太極拳の稽古かな、邪魔しちゃまずいなあ、と思って進んで行っても動きは止まりそうにありません。そうか、パフォーマンスなのだ!
 初っぱなの軽い連打で、ぼくはすっかりポタライブにさらわれてしまいました。

 やがて上水沿いの遊歩道を歩きます。両側の遊歩道は、三鷹側が舗装され、武蔵野側は土のまま。川縁も三鷹側がコンクリートで固め、武蔵野側には植木が生えたりしてほぼ自然の景観が保たれています。
 「市内の空き地をどのように利用するか、武蔵野市が住民アンケート調査をすると、6割ぐらいが『原っぱ』にしてほしいという結果が出るそうです。自然にあまり手を加えないでそのままにしておくのが多数のようですね。右手の原っぱもその一つです」

 道路の向こうに広場が広がっています。片隅には遊具があり、大きな木が茂っているけれど、真ん中は確かに原っぱです。かけっこしている子供たち、ボールを蹴っている大人が…。と見ていると、スキー帽(のようなもの)を頭からすっぽり被った人が案山子のように立っていました。ブラウン系の汚れた色合いの衣服を身に着けています。まさか案山子のはずはありません。出演者なのでしょうか。近くの石の上を真っ赤なシャツに白っぽいスカートの女性が飛び跳ねながら渡っていく姿が飛び込んできました。ベンチに座っているお年寄り、立てかけるように置かれた自転車、それに乳母車。原っぱに似つかわしい風景がそこにありました。

 「玉川上水が通るようになってから、この辺りは田畑になりました。道が碁盤の目のようになっているのは、その用水路の跡です」と説明が続く。細いけれどもまっすぐ延びた道の先に、赤いシャツの女性が何気なく立っています。やっぱり出演者だったんだ。

 やがて遊歩道から離れ、道路沿いに進むと境浄水場が見えてきます。もうこの辺りは武蔵野市です。 「昔は用水に引く水量を加減したり、汚染など水の扱いに注意を払っていたのも、下流で飲み水に使われるからですね」。岸井さんの語りもすんなり飲み込めるようになっていました。

 浄水場の東側に沿って、珍しく煉瓦敷きの細道が続いています。戦後間もないころ、その先は東京グリーンパーク野球場につながっていました。旧中島飛行機工場跡地に建設された野球場は数万人を収容できるほど大規模で、オープン時はプロ野球が開催されていたそうです。しかし1年で閉鎖、幻の野球場となりました。鉄道も廃線です。グランドの土が関東ローム層のため、土ぼこりが風にあおられて満足に使えなかったのが原因と言われています。

 線路跡はその後、遊歩道に姿を変えました。いまはグリーンパーク遊歩道と呼ばれています。しかし、その遊歩道も近々、姿を消すことになりました。東京都の道路計画が進んでいるからです。

 「ポタライブはここが発祥の地です。2003年4月にここで始め、何度か実施しましたが、舞台自体が消滅することを知って急遽、公演を決めました」と岸井さん。初演当時歩道脇にあった住宅はほぼ姿を消し空き地になっていました。「歩道を自分たちの庭のように使っていた」石積みの階段だけが、取り壊された住宅の気配を残しています。

 軽装の年配夫婦や自転車に乗った主婦らが行き交う歩道を、そんな説明を聞きながら進んでいくと、駅からの途中、2、3度姿を見かけた白衣の人が、ずっと遠くで踊っている姿が見えます。すぐ横の公園でブランコに乗っている女性は、あの赤シャツ、スカート姿の女性。汚れた衣服のパフォーマーは、いつの間にか廃屋跡地に立っている…。

 通りかかりの人も立ち止まったり、パフォーマーの脇をすり抜けたり。パフォーマーもぼくらを追い越していったり、突然視界に入ってきたり。スキー帽の男は遊歩道を折り返して解散地に近づくと、細い道に身体を投げ出す動作を繰り返していました。これは五体投地なのでしょうか。チベット仏教の究極の巡礼作法がここでは、消えゆく景色を慈しむ儀式と重なっているように思えました。

 散歩は終わりました。間もなく緑に覆われた遊歩道も姿を消し、後には、東京都が建設した広い道路が延び、車列が行き交う光景に様変わりするでしょう。


 駅の地下を上水が通っているのは、近代の発展が地底に追いやったとも言えるし、上水はそれでもしぶとく生き残ったとも言えるでしょう。三鷹、武蔵野両市の施策の違い、原っぱづくりを支える住民、水源地としての生活作法を刻んできた歴史、消えた鉄道といま貫通寸前の道路計画、消える風景とリアルな現場と…。「舞台とは、視線が集中するように組織された場所」(柳沢望「ポタライブの『源』」)だとすれば、ポタライブという方法論によって、土地の変遷(歴史)もまた、かけがえのない舞台装置となり作品となるのです。

 柳沢望さんは前掲の論考で次のように述べています。

 歩いていって角を曲がって、風景が開けたとき、そこに不意に出演者があらわれている。後ろから出演者が追い抜いていくこともある。からだを運び視野が動くこと自体が含んでいるドラマの可能性がポタライブでは時折見事に活用される。(中略)演技者が遠景のなかに置かれて、観客は遠くから目をこらすこともあるし、風景の片隅に演技者が立つことで、風景全体が際立つようなこともある。
 これは、「役者中心」「演技中心」的な舞台観からは出てこない、ドラマ的な動的造形の可能性だ。舞台の中心に立つことを特権化するのではない仕方で、多様に移り変わる関係の中に視線が結び付けられ、それが舞台を生み出し、様々に身体や事象が点在する風景そのものが舞台として造形されてゆく。

 「多様に移り変わる関係の中に視線が結び付けられ、それが舞台を生み出し、様々に身体や事象が点在する風景そのものが舞台として造形されてゆく」という表現は、あまりに演劇寄りと言われるかもしれません。その土地、その町(街)の記憶を読み直す作業が、必ずしも演劇を要請しているかどうか自明ではないからです。しかし土地の記憶を立ち上げる方法が、土地の多様性と同じように多様であれば、それはどのような呼称であるかを求めてはいないでしょう。土地(とそこに住む人びと)の歴史と記憶を揺り動かすことによって浮かんでくるイメージとその奥行きが、そこを歩く人びと、見つめる人びとに照射されるよう願っているのではないでしょうか。

 ポタライブの試みによって舞台の可能性が広がります。演じる側も見る側もまた、演出・演技のありようだけでなく、作品という枠組み自体を見直さなければならなくなりそうです。きわめて印象的で、かつ刺激的なスタイルに出会った1日でした。

 今回が 「源」の最終公演になってしまったのは本当に残念です。必要以上にことこまかな紹介だったかもしれません。しかし2度と行われることのない公演への言祝ぎであり追悼の儀式だとみなしてご容赦いただきたいと思います。
(北嶋孝@ノースアイランド舎 2005.9.27補筆 28日写真追加)

[参考情報]
 ・ポタライブ( 劇作家岸井大輔 website ) http://plaza.rakuten.co.jp/kishii/
  ポタライブ通信 http://plaza.rakuten.co.jp/kishii/diary/200509210000/

 ・玉川上水(東京都水道局) http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/pp/tamagawa/
 ・境浄水場見学記 http://www.nakaco.com/suidou/water%20supply/Tokyo/sakai.htm
 ・東京グリーンパーク野球場(武蔵野市) http://www.city.musashino.tokyo.jp/profile/musashino100/04.html
 ・東京スタディアム(グリーンパーク) http://www.geocities.co.jp/Playtown-Darts/7539/yakyujosi/kanto/greenpark.htm


[上演記録]
ポタライブ クラッシック 「源」
15時 JR三鷹駅改札前待ち合わせ(14時45分より受付開始)

作・演出・案内 岸井大輔(劇作家:ポタライブ主宰)
出演 木室陽一(ダンス:ポタライブ主宰)榊原純一(おどり)丹羽洋子(ダンス)

Posted by KITAJIMA takashi : 04:45 PM | Comments (0) | Trackback

September 25, 2005

#1. ポタライブの「源」

 「散歩しながら楽しむ」路上演劇、「ポタライブ」に関するレビューは、ワンダーランドでも2005年5月28日の記事で紹介していただいた。この秋「アキマツリ」と銘打って新作、再演と取り揃えた連続上演がおこなわれている(詳細はポタライブ通信で)。

 先日、「アキマツリ」の先頭をきって、ポタライブの第一作『源』が緊急再演された。舞台になる場所が消え去ってしまうため、上演可能な今、最後の再演がなされたのだという。このいきさつのなかに、ポタライブという演-劇スタイルの特質が見えてくるようだ。

 『源』という作品に照準しつつジャンルとしての特質を考察しながら、ここで改めてポタライブを紹介してみたい。

*

 ポタライブは、市街地、野外で上演されるけれど、舞台芸術である。野外を舞台とするというよりも、野外が舞台になるのだ。それは、必ずしも「借景」だというわけではない。市街地や野外の風景そのものに秘められたドラマがむしろ主役になることもあるからだ。

 その点で、たとえば寺山修司の市街劇とは別の角度からドラマにアプローチしていると言えるはずだ。ポタライブは、寺山的市街劇の攻撃性や過激さと直接比較できないような性格をもっている。しかし、より穏やかなものではあっても、あくまでドラマを汲み取ろうとする営みであることも見逃すべきではないだろう。


*


 舞台とは、常に束の間のものだろう。上演という関係が結ばれる間だけ、ただの空間は舞台としてそこに現れる。そうした点で、移ろう日差しや天候、様々な通行などを舞台化していくポタライブの創作は、それが束の間のものであることが常に明白にされているという点で舞台化の純度を劇場におけるよりもむしろ高めていると言えるかもしれない。

 そして、その舞台化の遂行は、行政の力や資本の運動などによって痕跡を消去しながらめまぐるしく変化しては反射的反応だけをひきおこすような「スペクタクル」と化してしまう様々な土地の有様を、舞台造形的に、劇的な認識において、束の間、取り戻そうとする運動でもあると言えるかもしれない。


*


 劇作家の岸井大輔とダンサーの木室陽一の二人が主宰するポタライブ。その第一作『源』が初演されたのは2003年4月30日だとのこと。再演を繰り返すなかで練り上げられ、『源』は最終形になっていったそうだ。その模索の中で、現在のポタライブのスタイルも確立されたらしい。ポタライブという名称が使われ始めたのは2003年からだが、その前身となる作品は「街頭芸術横浜2001」で公演されていたとのことだ。


 ポタライブは、吉祥寺や船橋、谷中、広尾といった様々な土地に取材して既に多数の作品が創作されてきている。「お散歩しながら楽しむライブ」というのが、ポタライブのキャッチフレーズなのだけれど、散歩するコース自体が、それぞれの街や地域への綿密な取材の結果、その土地の歴史やドラマを際立たせるように設定される(取材の綿密さについてはこの記事のインタビューでも語られている)。

 たいてい、どこかの駅の改札前が集合地点に指定され、そこに集まった観客は、案内人に連れられて駅から歩いていく。一行が、その土地が秘めているドラマの要となるポイント、ポイントにさしかかったとき、少しずつ案内役がその場所の解説をしていく。その、解説が進む風景のどこかに溶け込むように、ダンスなどのささやかなパフォーマンスが行われていたりもする。

 解説の語りと、散歩のコースに寄り添うようにぽつぽつと進むパフォーマンスが、全体としてドラマを織り成していく。ポタライブは、だいたいそのように行われる上演だといえるだろう。

 ポタライブは、独特のしかたで、劇場無しで舞台を作る手法を開拓している。劇場を借りたり、維持したりする資金がなくても、いくらでも舞台は作れるし、いくらでもドラマは実現できるわけだ。
 公的資金や行政からの支援を期待するまでもなく、劇的=舞台的な創造性を発揮する余地を作ろうと思えば、いくらでも可能だということを、ポタライブは示してくれている。岸井さんに加え田口アヤコさんが作演出をはじめるなど、その活動は少しずつ広がっているが、これからますます、その意義は大きなものになりそうだ。


*


 さて、野外や市街地でのパフォーマンスということなら、既に様々な試みがなされていて、発想としては珍しくない。

 ダンスにおけるトリシャ・ブラウンをはじめ、今まで劇場の外でパフォーマンスを行う試みは様々になされてきただろうし、メレディス・モンクも場所の特性を生かした野外公演を上演している。それら、劇場の外へ出ようとする様々な試みからポタライブが発想を得ていることは確かだろう。問題は、その発想を具体化し練り上げる手法があるかどうかだ。

 その点で、ポタライブには、一見何気ないが、しかし周到に計算された「作品化」の手法があることに注目しておくべきだ。「散歩」をベースにするコンパクトさ、観客も移動する視点の変化を効果的に舞台作品化する仕方、そして、歩いてまわれる範囲で場所に密着しながら、その地域の特性をドラマ化する手法において、ポタライブには他に無いユニークさがあると思う。


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 舞台とは、視線が集中するように組織された場所のことであり、視線を集める演出にこそ舞台芸術の鍵があるとしたら、それは仮設であれ常設であれ、劇場という閉鎖空間をしつらえなくても様々な仕方で実現可能なことだ。

 その裏返しになるが、ポタライブにも舞台裏はある。観客は案内役に連れられて歩いていき、それにつれて視野が移動するにつれ、死角も移り変わる。その隙をぬって、出演者は観客の先回りをして視界の先にあらわれたり、視界の外に消えたりする。

 歩いていって角を曲がって、風景が開けたとき、そこに不意に出演者があらわれている。後ろから出演者が追い抜いていくこともある。からだを運び視野が動くこと自体が含んでいるドラマの可能性がポタライブでは時折見事に活用されるのだが、ドラマが実現されるために、筋書きをなぞる場面や演技の連続が必要なわけでもないわけだ。

 ポタライブにおいては、演技者が遠景のなかに置かれて、観客は遠くから目をこらすこともあるし、風景の片隅に演技者が立つことで、風景全体が際立つようなこともある。

 これは、「役者中心」「演技中心」的な舞台観からは出てこない、ドラマ的な動的造形の可能性だ。舞台の中心に立つことを特権化するのではない仕方で、多様に移り変わる関係の中に視線が結び付けられ、それが舞台を生み出し、様々に身体や事象が点在する風景そのものが舞台として造形されてゆく。


*


 ポタライブをジャンルとして語る上では、観客参加の問題なども欠かせない点だけれど、さしあたりそれについて細かく考えることは控えよう。とりあえずここで、先日行われたポタライブの第一作『源』の再演について語っておきたい。

9月18日(日)19日(祝) 15時―16時
ポタライブクラッシック「源」 

作・演出・案内 岸井大輔(劇作家:ポタライブ主宰) 
出演 木室陽一(ダンス:ポタライブ主宰)
榊原純一(おどり)
丹羽洋子(ダンス)

 『源』では、作品の舞台となり作品を舞台とする風景そのものが、消えてしまうことになった。そのために緊急の最終上演が行われたのだった。

 『源』は、三鷹駅から出発して、浄水場の傍まで歩くコースを上演していくポタライブで、タイトルは江戸=東京の水源地ということにちなんでいる。江戸時代の玉川上水をめぐる歴史の地層を掘り起こしつつ、三鷹市と武蔵野市の違いをめぐる話まで、様々な歴史的エピソードが案内役のナレーションによって語られていき、武蔵野市に特有の自然に満ちた公園の景色の中で、ダンサーたちが土地の記憶の結晶のように佇み、あるいは、踊り、秋口の陽光に照らし出される、その様子は限りなく美しかった(観客も出演者も、秋口の蚊の最後のあがきともいえる攻撃に悩まされもしたのだけれど)。


 そうした散歩の最後の山場は、武蔵野市のはずれにかつてあった野球場へと中央線から分かれて通じていた旧国鉄の引き込み線跡だ。レールを外したあと、緑道のような公園として残された廃線跡は、その両側に散在する家々の庭のようでもあって、独特の佇まいを見せていたのだけれど、道路拡幅工事によってその歴史の痕跡は風景ごと消え去ってしまうことになったのだった。


 『源』という作品は、少なくともその再上演可能性が消え去るという意味においては、その母胎となった風景ごと、消え去ることを余儀なくされてしまったわけだが、上演を通じて舞台となることで、消え去っていく些細な風景は、僅かの人々の間においてであれ、束の間生き直され、作品化され、つまり、形象化=理念化されることにおいて、記憶に埋め込まれるものになった。


*


 あるいは、舞台というはかなさの鏡の中で、生活を織り成すそれぞれの身体もまた束の間のものであるということが、劇的に示されもするのかもしれない。

 演劇というものが、一面において、遠く、追悼儀礼に淵源するものだとして(ここでわたしは西郷信綱『詩の発生』所収の論文「鎮魂論-劇の発生に関する一試論-」を念頭においている)、ポタライブの舞台造形は、さまざまな場所に固有の光景に対する「喪」を許さないほどに忘却を強いるめまぐるしいスペクタクルの隙をぬって、観客のそれぞれに追悼的な認識を行う機会をひそやかに開いてくれるものなのかもしれない。そしてそれこそ、常に束の間のものにほかならないそれぞれの身体が要請しているはずのものかもしれない。


*


 ポタライブの上演はときどき、あまりに抒情的ではないかと思えることもあって、それは多分ポタライブが組織している「舞台」の構造そのものに関わる制約であるのかもしれないと思うこともある。その制約が身体器官的な要請であるにせよ・・・・『源』の上演で、長く続く廃線の名残の緑道の端を抜けて、既に拡幅している道路のあたりに出る前に通り過ぎた公園で、赤い服をきた出演者に勢い良く漕がれていたブランコが、数分間道路拡張計画の説明を聞いて折り返したあと、再び通りすぎる時には無人で揺れていたことがあって、その折り返して道を戻る先に、次のダンスは既にはじまっていて、揺れているブランコを横目に自ずと視線は元来た道を辿りなおしはじめているのだけれど、そうした一連の視線の動きが、何か劇的なものとして、脳裏に焼きついている。


*


さて、以下に公演情報を再掲載しておきたい。


* * *


■吉祥寺編「泡」
  10月1日、3日、4日 13:30~15:00
  JR吉祥寺駅中央口改札前 13:15 待ち合わせ

■吉祥寺編「断」
  10月2日、4日、6日  19:00~20:00
  JR吉祥寺駅中央口改札前 18:45 待ち合わせ

■広尾編「鯨より大きい」
  10月8日、9日、10日 15:00~16:30
  東京メトロ広尾駅1番出口方面改札前 14:45 待ち合わせ

◇横浜編「墓標」
  10月15日・16日 集合場所・時間未定

◇船橋編「青の反対色はオレンジだが、そんな恋は江ノ島の海
に捨ててきたの」
 10月22日・23日 17:00-18:30 
JR船橋駅改札前17時待ち合わせ

■船橋編 「ふねのはなしは、ないしょのまつり」
  10月29日・30日 14:00-16:00 
JR船橋駅改札前14時待ち合わせ

■船橋編「ルーチン ワーク」 
  11月3日4日5日6日 13:00-
 JR船橋駅改札前 13時 待ち合わせ

■小金井編「かわあそび」
  11月12日13日 JR武蔵小金井駅改札前15時待ち合わせ

料金は■が2000円、◇が1500円です。

* * *

予約問い合わせは、
potalive@yahoo.co.jp
または
080-3444-4342
で受け付けている。


上のリストの中で私が見たことがあるのは「断」と「青の反対色は・・・・」の二本だが、「断」は吉祥寺の謎が一気に明らかになる名作。必見かつ必聴。「青の反対色は・・・・」は、海に向かっていくルートが楽しく、遠景のダンスが絶妙だ。

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September 24, 2005

りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピアシリーズ第三弾『冬物語 -Barcarolle-』

新潟の劇場、りゅーとぴあの製作による「りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピアシリーズ」も第三弾となりました。AUNでは吉田剛太郎氏と組まれている栗田芳宏氏が演出し、今回は出演もしています。このシリーズ、毎回東京でも公演しているのですが日程が短いためか、いまひとつ話題にならないような気がします。とても好きなシリーズなのでこちらにも紹介させていただきたいと思います。

りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピアシリーズ第三弾『冬物語 -Barcarolle-』"

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September 23, 2005

三条会組『ニセS高原から』

 九月のこまばアゴラ劇場は、五反田団・三条会・蜻蛉玉・ポツドールによる『ニセS高原から〜『S高原から』連続上演〜』が話題を呼んでいます。Wonderlandでも皆様たくさんのレビューをアップされていて、非常に賑々しい。一ヶ月という長い公演時間が、『S高原から』の劇時間に何となく重なるような気分に陥ったりもして。全体は二十七日まで。三条会組は残すところあと二回(九月二十四日、二十六日)です。

◎絶対の時間を超えるために

 平田戯曲を三条会が上演するという出来事は、たとえば普段の方法論からも対立項を読み込まれざるを得ないだろうし、「現代演劇」という意味合いでも大きな興味の対象となる。言語性や物語性を外縁から囲み、中心から貫く三条会の肥沃な演劇的土壌に、平田オリザ『S高原から』という「静か」ながら強固な台詞劇の種子を蒔く。そこに花咲き実を結んだ三条会組『ニセS高原から』とは、一体どんな舞台だったのか。“Do-Re-Mi”から”Edelweiss”まで、「高原」で結ばれた”The Sound of Music” との光溢れるコラボレーション。そして、Smetana”Moldau”——雄大な河の流れを称える荘重な交響楽にも付与される時間のイメージ。「三条会」ではなく「三条会組」としての登場は、あらゆる状況を孕んで冒険的であり、『若草物語』、『メディア』から連なる新しい三条会の演劇を感じさせるに十二分の逸品であった。

 『ニセS高原から〜『S高原から』連続上演〜』において、テーマともモチーフとも呼べる、平田オリザ『S高原から』が共通のフォーマットとしてある。原作に筆を入れアレンジを施し、何よりも脚本段階でそれぞれの世界観を構築する三劇団に対して、台詞に手を加えない三条会の仕方には、これまでギリシア劇や三島戯曲、近代文学などを扱ってきたとほぼ変わらぬスタンスが窺える。三条会にとっての平田戯曲とは、前記の作品群と並べると大きく性格の異なる類の作品に見えるけれど、「三条会」という演劇集団を軸に据えてそれらを見渡したとき、距離感は同様、自らの意図を戯曲(台詞、物語)に投影することなしに、舞台上に表現されるものとしてのみ作用する。極端なもの同士をどちらも受け容れ、両立させる。平田戯曲の言語性と、三条会の存在感といった両者のズレは自ずと顕れるだろう。

 もう一つの基盤として不動の存在を示すのは共通の舞台装置——正方形に並べられた四脚の赤い長椅子、中央のガラステーブル、その上の呼鈴、観葉植物など——であり、いずれも作品の世界、即ち「サナトリウムの面会室」を舞台に、「死」をめぐる物語が展開されることの前提条件である。人物の行為ではなく、「場」の性格と、そこに流れる時間そのものがドラマであり、如何なる事件が起ころうと表情を崩さない。永遠に続くかにみえる時間の反復・円環にあって、変化を起こし得る可能性を秘めるのは誰かの「死」だろう。しかし、その死ですら少なからず前提として容認されている以上、淡々とたゆたう時空に同化せられてしまう。婚約破棄が、他患者の死が、男女関係のいろいろが、また『風立ちぬ』についての議論が懸命にされようとも、一切は劇的な萌芽に発展することはなく、ゆっくりと流れつづける長く無稽な時間の些末な通過点として、サナトリウムの時・空間が常に相対化していく。患者も、世界を支配する法則の一つとして死に至る流れを受け容れている。受け容れようとしている。そこではサナトリウムという「場」と「時間」自体が主役となる。サナトリウムの人びとの感じる、あるいはそこに流れる時間——「下」と比較される半年の長さなど——、リズムのない、連綿とした時間を繰り返す虚構の日常、与えられた自由による時間感覚の喪失。すべてを強制的に押し流し、それは否応なしに刻一刻と進む、「死」の風であるかも知れぬ。自己は「三週間もいたら」飲み込まれてしまう。意識できるのは黒百合やアザミが咲いたといった自然界の時間である。病が人間の時間・行動を制限し、限定された空間に無制限な時間が流れる。それが、原作『S高原から』の世界なのだった。

 三条会組『ニセS高原から』の表面上には、一見過剰とも云える存在感が横溢し、『S高原から』的な一切は背後にうっすらと浮び上がらせられる。舞台上を流れる風は、一度の例外を除いては、常に下手から上手への一方通行である。入り口から病棟へ。冒頭では医師、松木義男(岡野暢)が下手から上手へと幾度となく横切り、ループする日常的な時間を約束事として視覚化する。松木は終幕近く、藤沢知美(寺内亜矢子)に追われ走り抜ける。他の人物も走る。それまで人物の移動は舞台の後方にほぼ終始していたが、手前の椅子の上をドタバタと駆け抜ける。幕切れに向かって、劇時間は加速する。関美能留は、時に走り、時に立ち止まりもする個々の人物の主体とは別に、等速で一方向に進む客観的な時間軸と、その上を大きく波を描いて交差しながら進むもう一つの時間世界を描きだした。それは時間だけに止まらず、書かれた台詞(=言葉)と舞台上に顕れる演劇的表現の関係でもあったと云えよう。

 「現代口語」的話法から、「強く、速い」三条会特有の台詞術まで、乱発される「どうも」など、極めて抽象度の高い平田戯曲の台詞が様々の位相で語られ、また歌うはずのない、躍るはずのない戯曲で歌い躍る俳優の身体が放出する、過剰且つ豊かな「音」世界が、逃れようもない戯曲の基調音として横たわる「死」——狂騒の陰に、「死」へと向かう静けさを逆説的に暗示する。俳優・照明・音楽のボリュームが、水面下に何かを感じさせる。人物の興味は内へ内へと集約されている。舞台上に見える景色としては、中央に置かれた呼鈴に対する異様なまでの執着であり、その一方で外へ外へと広がり広がる衝動が、俳優の身体を突き動かしている。面会室での話題には、積極的な回復の発言はほぼない。殆どが誰かの「死」という結末であり、ここでは他人の死すら円環の中の一通過点でしかない。病気や死を語るのは「言葉」でなく、流れる時間と場の性格によってである。笑いによる病の治癒効果なども昨今頓に交される議論の一つであるようだけれど、幾度となく爆発する哄笑は、「死」のイメージが浸す時・空間に対抗する「生」の意思表示でもある。死と向き合わざるを得ない人たちの生に対する衝動。絶望の果ての明るさ。高原をかける、最後の夢——。

 療養所の秩序立てられた時間は、三条会組の舞台において、あるとき突如として混沌の中に投げ出され、断絶する。わかりやすい具体例を挙げてみよう。ジュースを頼まれた看護人の川上(久保田芳之)が四つ並べたジョッキにジョウロから水を注ぐ。その間、それまでの会話は中断され、一同、川上の行為を凝視する。ゆるゆると流れる連続的時間は断ち切られ、間隙にグイと押し広げられた一瞬の時が拡大、挿入される。そして何事もなかったように時は動き出す。対話や言葉からではなく、人物の行為・行動を通して均一な時間に対するフェイクがかけられ、生の光量をあげる。また西岡、前島、吉沢兄妹の対話場面では、榊原毅(西岡隆/吉沢茂樹の二役)、大川潤子(上野雅美/前島明子/吉沢貴美子の三役のうち、ここでは雅美、貴美子の二役)の二人が繰り広げる言葉、そして声の鬩ぎ合いに強力な磁場が発生する。時にスピーディな落語とも思わせる、「二人同時一人二役」は、行為としては過剰この上ない。平田オリザ『S高原から』は、噂を介して、孤立する人びとの関係性が紡がれていた。死へと収斂され、様々な情報を無化するサナトリウムの時・空間では、話されている内容よりも、誰が、どのように意思疎通を図るかということが問題になる。言葉は何を伝え得るか。平田オリザが言葉においてそれを乗り越えようと試みたとすれば、その意味で、平田オリザと関美能留の求めるものは、遠くないのではないかという気もする。関美能留はそうして書かれた言葉に、逆に過剰な行為をぶつけ、『S高原から』という時間と場が示す内容自体よりも、表象のされ方を問題にする。書かれた言葉そのものが過剰なのではない。誰がどのように、そのことについてしゃべり、どう伝わるか。鎮静化された台詞を語る俳優に過剰な行為を課すことによって、主体的な人間の在り様が描かれていた。

 関美能留の言語外表現の手腕は新たな出会いによってレンジを広げた。水平に歩む平田戯曲の言葉の世界と、垂直に起る、存在そのものが雄弁である世界。それらを束ねる編集感覚の妙は屈指である。眼に鮮やか、耳にも愉しい。また幾層にも重ねられた仕掛けに笑いながら、うっとりと劇宇宙に身も心も委ねることだってできる。言葉や感情とは無関係にも見える身振りや台詞回しは、むしろその差異によってわたしたちの心に強く迫るのである。これまで一晩限りの舞台が多かった三条会にとって、連続ではないにしても一ヶ月以上の公演期間という長丁場自体が、特殊な時間でもあった。『S高原から』という劇時間が、三条会の現実時間に作用したと考えてみてもおもしろい。時間が既に、絶対のものとして視聴覚化されているその上に、何を置いていくのか。時間を超え、空間をも超えてそこにいる、夢幻のごとき俳優たちの、誰憚ることのない笑声と、その直前まで対象に注がれる眼差しには慈愛をさえ感じる。たとえば佐々木久恵(舟川晶子)が村西(中村岳人)に、大島良子(立崎真紀子)の結婚話を告げる場面。本来であればそこにいるはずのない人物たちが舞台上に残り、佐々木・村西の対話を注視、悪い報せに混乱する村西の返答ひとつひとつに劇しい笑いを以て応ずる。決してリアルではない。しかし舞台全体が織りなす滑稽と悲哀が一入も二入も深まり、胸を衝く。俳優たちが何かを食い入るように見つめる表情、緊張が弾けるまでの空白の「待ち」時間。わたしたちをどうしようもなく支配し、反面、まるで無関係のように在る絶対の時間は、伸縮する劇空間によって一瞬、壁を破られた。死の恐怖とは、誰かの死など一切関わりなく、どこまでも続くであろう現世の時間にある。余人は知らず、少なからずそう感じる筆者にとって、たしかにそこには救いがあった。(後藤隆基/2005.9.19/こまばアゴラ劇場)


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September 19, 2005

劇団アランサムセ「アベ博士の心電図」

今年で結成十六年目だそうです。

商業的な面を視野に入れ始めたということで、変革を楽しみにしています。
アリス・インタビューと合わせてご覧ください。

おはしょり稽古より「謳いあげるよりも感じてほしい」

Posted by : 07:10 PM | Comments (0) | Trackback

仏団観音びらき「女殺駄目男地獄」

新進気鋭の関西の劇団。
女が殴られるシーンなのに、どうしてこんなに可笑しいんでしょう。

おはしょり稽古より「現実は直視してナンボです」

Posted by : 06:50 PM | Comments (0) | Trackback

蜻蛉玉「ニセS高原から」

既に何人か書いている公演ですが、掲載します。

おはしょり稽古より「強い男と弱い女は存在しない」

Posted by : 06:24 PM | Comments (0) | Trackback

September 18, 2005

ユニークポイント 『脈拍のリズム』

結末に対する私自身の疑問をどう解消するか、で悩んだ作品だった。重いテーマではありつつも、人間の存在の不思議さについて沈思させた。布石の打ち方が巧妙な戯曲と、被害者の父親を演じた山路誠の演技を評価したい。



できるものなら、現実を直視するのは避けたい。偶然なのか、あるいは必然なのか、その瞬間は不意に訪れる。

後輩夫婦に預けていた娘が、交通事故に遭遇(そうぐう)する。娘は帰らぬ人になった。ある日、突然、被害者となった両親の生き地獄は、この瞬間から始まる。
娘が目の前からいなくなった、という現実をどう受け止めればよいのか。思考はその現実の前で立ち止まる。感情は行き場を失う。罪のない被害者が苦しむという不条理が、現実味を帯びて展開する。

自責の念が突如、襲う。あの時、こうしていたら、という想い。妻が、結婚は間違いだったと言い出して、思いやるはずの夫婦にも気持ちのズレ、が生じる。この、重いことばのやりとりを2人の俳優はリアルに演じた。顔の表情、声の調子、しぐさ。感情の起伏と機微が活写されて、やり切れない想いが私の中で何度もこみ上げてきた。

今、自分はなぜ存在しているのか。突き詰めた思考の果てに訪れる疑問。運命、のひと言では何も解決しない。ここでも行き詰まってしまう。

考えても考えても、出口にはたどり着けない。突然、感情が重みに耐え切れなくなる。現実への直視が再開される―。周到な布石と精緻な描写による、終わることのない日常が的確に構築されている。

唯一、物語の結末に良い意味での疑問が募った。

最後の場面で、間接的に娘の死に関わった後輩夫婦が、引越してしまった先輩の家に移り住む。この行動が不自然に映った。むしろ、先輩との関わりを避けたいと願うのが、後輩の心情だと察するからだ。

妻が強く望むので、後輩はやむを得ず引越に同意したという理由が、その後に明らかにされる。なぜ、彼女は強硬だったのか。その背景には、ぬいぐるみを使って、先輩の娘が道路に飛び出すように仕組んだという事情があった。妻が3度、流産しているというのが、その動機である。

舞台では明示されなかったので、ここからは推測になるが、妻に後悔の念が生じて、罪悪感を背負って生きていく、という意味で、引越を決意したようだった。

この仮定が正しいとしたなら、妻が罪悪感を持って生き続ける、という行為が、果たして現代的で現実的であるかどうか、疑問に想えるが、流産をくり返した妻のトラウマが事故につながった、というだけの結末より、魔が差すといった人間の予期せぬ行為を盛り込んだ結末のほうが好ましいように実感した。

(敬称略) 【観劇日:14日(初日)、座席:2列目中央】

山関英人 記者)


《公演情報》

◇ユニークポイント 『脈拍のリズム』
 ・作/演出:山田裕幸
 ・下北沢OFF・OFFシアター(東京・下北沢)
 ・上演時間:約1時間40分
 ・公演期間:2005年9月14日-19日
 

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#0. 劇評と劇(場)の概念について

未来社のPR誌『未来』の2005年9月号が、舞台芸術関連の記事を二本載せている。そこから、このあいだの『ユリイカ』「小劇場」特集、についても触れつつ、劇と劇場、の概念についてちょっと考えてみたい。

これから執筆者としてこのサイトに参加するにあたり、まずはこういう形で投稿を始めてみようと思った。

まずは、『未来』の2005年9月号から見てみよう(ちなみに、大きめの書店や人文書に力を入れている書店などでは、『未来』を無料で配布している場合もある。公立図書館などに所蔵している場合もある)。

現在日本滞在中のハンス=ティース・レーマン氏による著書『ポストドラマ演劇』への書評として書かれた横山義志氏の「演劇の低俗さについて」は、それ自身独立した論考としても読める。横山氏は、件の邦訳でも「演劇」と訳されている “theater” という語が「劇場」も意味するものであることに触れつつ、ギリシャ語の語源にも遡りながら、歌や踊りを排除した「演劇」が成立した系譜を解きほぐし、身体を見る経験の場としての「シアター」を捉えなおそうとしている。

もうひとつは、岩崎稔氏による、「コレオグラーフ、ウヴェ・ショルツの死」で、普通なら振付家と訳される“choreographer”という語を、ギリシャ語の語源にも遡りながら、コロスの配置によって創作する芸術家と捉えなおし、その演劇的力を原初へのまなざしにおいて再評価することから語り起こして、日本には十分に紹介されてはいない(私も不勉強ながら知らなかった)ウヴェ・ショルツという芸術家の生涯を簡潔に描いている。

ともかく、すでに日本に定着している、劇、演劇、劇場、といった語がそのような訳語として用いられ定着したいきさつを見直すところから始めないと、日本では「小劇場」とか「コンテンポラリーダンス」とかいった言葉で語られてもいる舞台芸術の今日性を捉えそこなうことになりかねないという問題設定が、ここから浮かび上がってくるようだ。

そこで思い起こすのは『ユリイカ』2005年7月号の「小劇場」特集のこと。

たとえば「この劇団がすごい’05 」としてまとめられているコーナーでは、ダンスカンパニーやダンサーも紹介されていたりした。この一見でたらめな「劇団」という言葉の乱用を見て、「劇団・手塚夏子」とか言って笑ってすましているだけはもったいないだろう。

ちょっと立ち止まって考えてみれば、この紙面構成は、本来ならば「小劇場」とか「劇団」という言葉で括れなかったはずの事柄をそこに投げ込み、あえてカテゴリーを誤用し、概念をきしませてみせることで、舞台をめぐる言葉が、日本の舞台芸術の動向に追いついていない現状を、そのまま露呈するパフォーマンスになっていた、と言えるのかもしれない。

と、ここまで書いて、もう一度立ち止まってみる必要があることにあとから気がついた。この晩夏、日本のマスメディアで「劇場」という言葉がどのように隠喩的に用いられていたかについても、注意を怠るべきではなかったかもしれない・・・・。

さて、今まで「はてなダイアリー・白鳥のめがね」の記事をこちらで度々紹介していただいたわけだが、このたび、Wonderlandの執筆者として、直接投稿させていただくことになった。

これから、個々の舞台作品に触れた経験にも折々言及しつつ、劇場という場所の成り立ちを問い返すことを目標に置きながら、時評的な文章を投稿していきたいと思う。公演評+αといった感じで、舞台を見る文脈が新しく開かれることを願いながら、「劇評」の射程をちょっとでも広げようと試みつつ、書いてみようと思っている。今回の記事は、いわばその問い直しにむけた序論であり導入である。

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September 17, 2005

二十一世紀舞踊 禁色

「avant」の表象

 照明はグリーンのドット・斜めに横切る赤い通路と変化し、やがて白い帯となって舞台の四辺を照らした。ステージ中央は黒い四角となり、伊藤キムと白井剛はその周縁を動く。

  はたしてこの黒い空間は、溝口の究竟頂(1)なのだろうか。空間の閉ざされた扉を外から叩いてみたが「拒まれているという確実な意識が」生まれたのか、あるいは周りをうろついて空間を探ってみたが何もなかった、と言いたいのだろうか。
 「『いかにもこの都市は中心をもっている。だが、その中心は空虚である』という逆説を示している。この中心とは緑で覆われて、お濠によって防禦さていて誰からも見られることのない皇居であり、『そのまわりをこの都市の全体がめぐっている』」(2)……この話オシマイ。

 何が書きたいかというと、照明の意図を探るまでもなく、組んでかたちをつくることはほとんどない彼らの(軸も重心も外したデュオの動きは、反応を窺いながら重心をあわせるとか相手に呼応するとか、関係性の微細な変化を身体表現で増幅させるなど組んで踊られるダンスの快楽から程遠い)、あの寒々しい距離から、「そこには何もない」という空虚さは伝わってきたのである。

 ではこの照明、可動域をはっきりさせたのだとして、それは外が決まることによって、おのが意識も芽生えてかたちづくられる、という自己認識過程の提示だったのか。それにしてはずいぶん簡単に、外枠は斜め、回廊型と目まぐるしく変わったものだ。つまり「外」を決める条件は、絶対的ではあり得ない。もっといえば「外と内」は相対的な概念のはずであり、むしろ一概に「外」なり「内」なり振り分けること、分けようとする言説、分けられると思い込んできた自明性を疑うという態度が「コンテンポラリー」であり、そこへ批評的に近づくか、また例えば『SHOKU』黒田のように地団駄を踏んで踏み抜こうとするか、というアプローチの違いがあると私は考えている。で、伊藤はどうだったのだろう。

 照明で一貫していたのは、二つの身体がたいそうフォトジェニックに感じられたことだ。簡単に書くと身体は「これみよがし」に光をあてられていた。これと、冒頭で全裸の(または、全裸に見える)伊藤と白井が、腹をつきだしてゆるい脚振り腿上げのような振りで登場し、いちもつを指差した動きに類似性があったと仮定すれば、伊藤は直接指し示しはしないものの、照明で「これが僕を決める外枠」と→を出していたのではないか。メタ・ライティングというべきか、一種の意趣返しの方法で、伊藤は外→内の自明性を問うたのだと思う。

 この場の音楽は楽曲ではなく、無機質な音を使っていたと記憶している。伊藤と白井はもそもそと動き、中腰の姿勢で起きて、転げ、また起きて徘徊する。このような彼らの「振り」というよりは、不規則な拍に対する反応は実にコレクトだった。 
 物理的にいえば、音は空中・水中などを伝わる波動の一種である。彼らの動きは、楽曲を形成する以前の、いかような「外枠」をも透過する波動に反応せずにいられない、という意思ではなかったか。非力で何もしないように見える身体の内側には、波動に対し生体反応をする不定形の生命体が、びっしりつまって蠢いている気味の悪さ、換言すれば空虚な黒い表層の下に貪欲な生の予感があった。したがって舞台は死の表象ではなく、また映画『ベジャール、バレエ、リュミエール』の冒頭の方で、モーリス・ベジャールが定義した「リュミエール=光」によってフォルムを明らかにされる以前の始原的な身体、いうなれば「avant」の表象を試みていたと思われる。(05.06.09 世田谷パブリックシアター)河内山シモオヌ

(1)『金閣時』三島由紀夫 新潮文庫
(2)「都市の中心、空虚な中心-都市を読む-


二十一世紀舞踊 禁色
[原作] 三島由紀夫
[構成・演出・振付] 伊藤キム
[出演] 白井剛/伊藤キム
 


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September 16, 2005

仏団観音びらき「女殺駄目男地獄」

相変わらずスゴい公演タイトルです。
大阪出身の劇団、仏団観音びらき第5回公演が
アリスフェスティバル2005に参加しました。

歌あり、ダンスあり、笑いあり。ド派手な舞台で扱われるのは、
見て見ぬフリが出来ない女性の醜態の数々。

前回公演の「女囚さちこ」のときも書きましたが、
その開き直った潔い姿勢にあっぱれ!であります。

以下、「女子大生カンゲキノススメ」をご覧ください。

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蜻蛉玉「ニセS高原から」

いま、話題の(?)「ニセS高原から」。私は現在のところ「蜻蛉玉」組と「三条会」組に足を運びました。あとの二つはスケジュールの関係でかなり後になる予定。まずは「蜻蛉玉」バージョンについてまとめてみました。

蜻蛉玉「ニセS高原から」

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September 15, 2005

猥雑な『天保十二年のシェイクスピア』

舞台の途中で拍手が起こり、休憩前にも拍手があって、と観客席が沸(わ)いた『天保十二年のシェイクスピア』。文字通り、シェイクスピアの作品を江戸期のバクチ打ちの日常に移し換え、ことば遊びも巧妙に盛り込んだ井上ひさしの妙味と、華美な演出から一転して今回は猥雑(わいざつ)さを前面に打ち出した蜷川の手腕が、エンターテイメント性の高い喜劇を生んだ。もしもシェイクスピアがいなかったら、で始まる歌を聴きながら、『ロミオとジュリエット』で商業演劇に転身することになった蜷川は、もし歌詞通りだったら今ごろどうなっていただろうか、という想像も働いて、奇縁を不思議がり、偶然の「産物」を享受した。

視覚に訴えるような美を表出させる蜷川幸雄の演出が、『天保十二年のシェイクスピア』では卑(いや)しく、猥(みだ)らに変わった。シェイクスピアの37作品を、江戸期の侠客(きょうきゃく)講談に編み込んだ井上ひさしの原作は、上流階級の世界を社会秩序の外にいる無法者の日常に、絶妙に融合させた。対極であり、意外な組み合わせが舞台のエンターテイメント性を高める効果をもたらした。戯曲には一切手を加えないことで有名な蜷川は、ト書きまでも忠実に表現してみせた。

開演前の舞台ではグローブ座を想わせる美術があり、王侯貴族風の男女が現れては消える。「開幕」が近づくにつれて、静寂さが劇場内に浸透していく。しばらくすると、大音量の音楽が鳴り響き、観客席の方向から土埃で汚れた裸の男たちがなだれ込んで来て、一斉に「グローブ座」を壊し始める。蜷川得意の「開幕3分間」は、シェイクスピアの世界から博打打ちの日常への変換だった。

 「壊れたグローブ座」を背景に、江戸の情緒を感じさせる舞台セットが下手から運び込まれる。場面転換があるたびに、この動作がくり返された。

物語の口火を切ったのは「リア王」だった。3人の娘に王の財産を分け与える導入は、家同士が争う「ロミオとジュリエット」へと発展していく。井上の戯曲は無理にシェイクスピアの作品を溶かし込んだとは、まったく想像させることはなかった。

様相は、醜い身なりをした〝佐渡の三世次(みよじ)〟が登場してから一変する。三世次がひと通り、自らの身の上を語った後、女郎を強引に「抱く」。歌と同時進行しながら、三世次を演じる唐沢寿明が肌を露わにした巨漢な女性(中島陽子)の乳房を揉みしだく。観客席のほうを向きながらの演技で、巨大な乳房が唐沢の両手で上下に動かされる様子がはっきりわかる。ここから猥褻の度合は一層濃厚になっていく。

蜷川は英国のような「論理的な裏付けのある演劇」に一時期、傾倒していたが、今年から「自分の立脚点であるアジア的猥雑(わいざつ)さをもっと出したい」と、年初のインタビューで応えていた。今年演出した5作品の中で、『天保十二年……』が如実にそのことばを体現することになる。

この戯曲はもともと趣向に富んでおり、蜷川の演出による趣向と相まって、場面の面白味が増す。「ハムレット」の場面では、一昨年、シアターコクーンで上演されたキャストの再現ともなり、蜷川の采配が窺える。ハムレット王(西岡徳馬)の亡霊の出現を彷彿(ほうふつ)させる場面でその采配は良い意味で裏切られ、本来なら復讐を告げる重々しい雰囲気にもかかわらず、〝ボケ〟役の設定に西岡が見事に応えて、笑いを誘った。西岡のボケは、この後でも決まって、意外な一面を印象付けた。

女郎が客引きをする場面では「新・近松心中物語」、文楽の技法を応用した場面では「ペリクリーズ」と、過去の演出を懐かしませる場面も表出。今年7月に蜷川は歌舞伎を演出したが、場面転換の合図には柝(き)を多用し、早替りも披露した。戯曲と演出の趣向が重なって、相乗効果が生まれ、場を大いに盛り上げた。

主役級の俳優たち、特に猥雑さと縁遠い唐沢や藤原竜也、夏木マリは板に付いた演技で真価を発揮し、2役を美事に演じた毬谷友子は錚々(そうそう)たる顔ぶれの中でも、情感がこもった演技によって、その存在を際立たせていた。

シェイクスピアでありながらシェイクスピアでない『天保十二年のシェイクスピア』。それは二体の彫像によって常に意識させられた。2階の高さぐらいに設置された像は、舞台セットの真上に来るように仕組まれていて、開幕から終幕までセットが出入りしても観客席から観られる形で鎮座(ちんざ)していた。博打打ちの日常が舞台で現前しても、シェイクスピアの世界が混入するように演出されていた。

終幕は集大成だった。もしもシェイクスピアがいなかったら、で始まる歌が、舞台でくり広げられた数々の出来事に有り難みを付け加える格好となった。

(敬称略) 【観劇日:10日、座席:H列12番】

山関英人 記者)

【注】 「宮殿」は「グローブ座」という指摘がありましたので、改めました。(9月15日)


《公演情報》

◇『天保十二年のシェイクスピア
 ・作:井上ひさし/演出:蜷川幸雄
 ・シアターコクーン(東京・渋谷)
 ・上演時間:約4時間(途中に休憩20分)
 ・公演期間:2005年9月9日-10月22日

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September 14, 2005

世田谷パブリックシアター「敦 ー山月記・名人伝ー」

はじめまして。このたび執筆陣に加えていただきました、今井克佳と申します。若々しい才能に混じって稚拙なレビューをご紹介するのに忸怩たる思いもありますが、せっかくのお誘いを光栄に思い、参加させていただきました。私が足を運んでいる演劇は、いわゆる「小劇場」とは若干ずれており、公共劇場の演目などが多くなると思いますが、もちろん「小劇場」にも時には足を運んでおります。基本的にレビュー掲載は自前のブログ「Somethig So Right 東京舞台巡礼記」の記事へのリンクとしたいと思います。私の作法として、リードの後に観劇日と上演時間を大まかに記し、そこから後はいわゆる「ネタバレ」の記述となっております。その点、ご了解のうえ、ご覧いただければと思います。

まずは、世田谷パブリックシアター「敦 ー山月記・名人伝ー」 について書きましたので、お読みいただければ幸いです。

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September 10, 2005

ポツドール「ニセS高原から」

こちらにアップするのが遅くなってしまいました。
今回初めて見たポツドールの芝居、三条会とは対照的に
「平田オリザの『S高原から』を見てから見たかった」
と思わせる舞台でした。
評判通りのセンスを感じましたが、あまりに評判どおり過ぎてありがちな評になってしまったのが個人的には悔やまれます。見た人には伝わるだろうけど、それだけじゃなんだか。

 おはしょり稽古より「世界はせまい 世界は同じ」

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September 09, 2005

tpt「道成寺一幕」

 「没後35年、世界につながる三島」-。こんなキャッチコピーでtpt が三島由紀夫の「道成寺」を取り上げました。Webサイトには「ヨーロッパの都市で挑発的な演劇活動を続けている気鋭のドイツ人演出家が、三島由紀夫没後35年の2005年東京で“末世の意識をひそめた”この戯曲の変幻自在性を探る」と書かれています。その「気鋭のドイツ人」はトーマス・オリヴァー・ニ-ハウス。2003年、ボート・シュトラウスの「時間ト部屋」でtpt に初登場した演出家です。

 「Club Silencio」サイトのno_hay_bandaさんはまず、「前面を石張り建築風にこしらえた舞台を黒い床が映し出す美術(松岡泉)がまず上出来」と褒めています。この芝居に触れた人はほとんど、舞台美術や装置を評価していました。no_hay_bandaさんはまた「冒頭そこに登場してくる人物の衣装(原まさみ)も意表を突いてこれまた良い。骨董店主人(塩野谷正幸)の風体、口上もよろしく、期待を持たせる」としながら、箪笥の競りで、法外な安値を付ける娘清子(中嶋朋子)が現れると、その期待がしぼむと言います。なぜでしょうか。「理と情の釣り合いをとらないといけない役のはずなのに情が前に出すぎている。そしてそれを破裂を伴うような声で演じるので場違いな感情過多と映る。もともと説明口調のところにもってきてそれだからこちらの気持ちは舞台に入っていけない」というのです。

 「しのぶの演劇レビュー」も引っかかったとみえ、「Club Silencioで書かれているとおり、私も清子役の中嶋朋子さんの演技がどうも受け付けづらかったです。お話の中、そして想像(夢)の中に入って行きたいのに、主役の彼女が現実世界の個人的感覚に浸っている様子で、私もベニサン・ピットの客席に座っている自分のままで居るしかありませんでした。でも、言葉がはっきりと伝わってきたので、お話の意味は非常にわかりやすかったです」と述べています。とはいえ、この競売のシーンで次のような指摘に出会い、うなってしまいました。

清子と主人が「5万円!」「3000円」!と値段交渉しているシーンでは、見守る人々はまるで情事のあえぎ声のような息声を発しながら、表情はクールなまま、楽しげにお花見をしていました。桜=春=愛=情事=戦争=値段交渉、という式が浮かびました。めちゃくちゃ面白かったです。

 清子に関して、さらに別の見方を紹介しましょう。「現代演劇ノート~〈観ること〉に向けて」の松本和也さんは「tptの「道成寺」は三島由紀夫の台詞の言葉との距離・バランスを巧みに取りながら、情念という言葉とはおよそかけ離れたモードの中で清子=中島朋子を迎えることになるだろう。つまり、ニーハウスの演出は、このように台詞や演技をひとたび解体し、あたう限り重みを削いだ記号として(再)配置することで組み立てられている、「道成寺」のポスト・モダン的地平を形作っている」とした上で、次のように展開します。

白シャツにGパン、リュック姿で登場する清子=中島朋子は、その表層のあらわれにおいて、よく今回の演出コンセプトを担っていたように思う。それは、ついつい想起してしまいがちな歴史的かつ重層的な“道成寺”のコンテクストを軽やかに踏み越えてやってきた、いわば結末から造形されたキャラクターである。(もちろん、結末は単なる“軽さ”に収斂するものではなく、むしろ狂気の完成といってもいいのだが、中島朋子はその狂気をも軽やかにわが身に纏ってみせていたように見えた。)とはいえ、ここが、清子=中島朋子の見せ場所でもあったのだけれど、そうした表層(そこに身振りを加えてもいいだろう)は、饒舌な顔の表情と感情のこもった声によって、総体として複雑に拮抗した相貌をみせながら、台詞の稜線を、その意味を一度記号化した上で-それでいて発話の際に身体化に伴い不可避的に付加される程度の情感が込められながら-素直にたどっていく。こうした多義性は評価の分かれる所かも知れないが、劇構造の中心軸の位置を微妙にずらしながら、現代的な洋装で演じられる「道成寺」にはうまく適応していたように思う。

 もう少しネットを見歩いたら、「日々つれづれ」サイトの次のような個所に出会いました。

(清子は)凛とした佇まいで主人に挑むように語りかける。何に駆り立てられているのか、その枠組みとして競りの客達が彩りを沿え清子の狂気の先を支えます。恋人が大家の夫人の愛人となり、殺された女の思い。それは行き場を失った者のモノローグにも近いようなものでした。/ 自分の中にあった「道成寺 一幕」の清子とはまた違った風景でしたが、もっと明確にラストの彼女の思いが出ても良かったのではないかと思えます。支えがシッカリしている分、清子を演じる中嶋朋子さんがもう少し思い切って欲しかったと言うのが正直な感想です。

 中島朋子の演技を軸に紹介してきました。当然のことながら、今回の舞台は彼女が自分勝手に演技しているわけではありません。ニーハウスの演出が演技の様式を決め、それが舞台に現れているように思えます。その意味で「「現代演劇ノート…」が、演出との関係で彼女の演技をみているのは妥当な手続きだと思います。
 逆に言うと、彼女の演技に疑問符が付く場合は、遡って「ニーハウスの演出」にも言及してよいのではないかと思われます。

 それにしても「破裂を伴うような声で演じる」スタイルは最近よくみかけますが、その異質な、ある種の違和感を伴う「発声」の意味と響きを、ニーハウスはどこまで了解しているのだろうかという疑問は残ります。エーと、こういう風に書いてしまうと、これはまたまた、半ば役者の問題でもあるということになってしまうのですが…。難しいですね。


[上演記録]
三島由紀夫:作 トーマス・オリヴァー・ニーハウス:演出「道成寺 一幕
 ベニサンピット(8月20日-9月4日)
<出演>
中嶋朋子 塩野谷正幸 千葉哲也 大浦みずき 池下重大 植野葉子 廣畑達也
<スタッフ>
演出:トーマス・オリバー・ニーハウス
美術:松岡泉
照明:笠原俊幸
音響:長野朋美
衣裳:原まさみ
ヘア&メイク:鎌田直樹
舞台監督:増田裕幸・久保勲生

協力/ドイツ文化センター

Posted by KITAJIMA takashi : 04:42 PM | Comments (0) | Trackback

September 08, 2005

再見 『戯曲 赤い月』

『赤い月』にこだわっているわけではない。観劇したのが初日であったのと、座席が舞台から離れていたのが、しばらく気になっていた。主演の平淑恵の演技を評価しなかった、というのも頭から離れず、もう一度、観劇することにした。自らの観劇姿勢を問う、という試みでもある。

今回は前から3列目の座席だった。俳優の演技が間近で観られて、全体的に水準の高さを実感させられた。ロシア人、中国人、朝鮮人と演じ分けたのにはリアルさが充分にあって、迫真の演技を想わせた。

圧巻だったのは、関東軍参謀の大杉寛治を演じた大滝寛と、森田酒造の従業員・池田を演じた塾一久(じゅく・いっきゅう)である。大滝はアクセントの効いた声調と、鷹揚(おうよう)に構えた立ち居振る舞いによって、品格が生まれ、魅力的な人物として造形されていた。一方、塾は番頭格を想わせる風格で、円熟味のある演技が観ていて心地よかった。ともに、役に乗り移ったかのようであったが、朗々とした発声が身体に響くようで、圧倒され、魅了された。

さて、ここからが書きあぐねた。主人公の波子を演じた平をどう評価するか、である。

率直に云って、初見と同様、演技にそつはないけれども、その迫力に欠けた。なぜ、迫力に欠けたのか。その点を突き詰めて考えていくと、小説との違いに思い当たった。4年前に小説『赤い月』を読んだが、その中で描かれている波子と、今回演じられた波子では、大きな違いが感じられた。思いもよらない人物、というのが小説の波子に対する記憶だった。

自らの観劇姿勢を問う、という試みはまだ終わらない。

【観劇日:1日、座席:D列2番】

山関英人 記者)


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蜻蛉玉「ニセS高原から」

わたしの『ニセS高原から』観劇一発目は蜻蛉玉。
本家の「S高原から」をみていない私にとっては、この作品をベースとして
他の作品をみていくことになるわけだが、実はフルで男女キャストを
書き換えていたことに終演まで気付かなかった。

違和感を感じないままに、恋人たちの会話のやりとりに見入っていた、
これは演出家の方にとっては 「してやったり!」という感じだろうか。
蜻蛉玉の演出の島林さんは、わたしとそんなに歳のかわらない女性の方だ。

瞬時に「これは!」と目が冴えるような演出ではないけれど、
じわじわと歪みが空気ににじんで広がるような舞台に翻弄された1時間50分。

以下「女子大生カンゲキノススメ」をご覧ください。

Posted by : 08:34 PM | Comments (1) | Trackback

September 07, 2005

三条会『ニセS高原から』

 三条会の舞台から伝わってくるものは、身体の力強さと言葉の重量感、そして何よりも演出という意図が持つ意味の権力だ。それらが舞台空間の中に満遍なく、拡張しようとする意思と共に埋め込まれている。その彼らがこの度対峙した作品は、敢えてプラマイゼロの地点に佇もうとする平田オリザの作品「S高原から」である。この本の演出に際して三条会は、徐に反旗を翻すと、1時間弱という時間を懸けて盛大に戦いを挑んでいったのだ。
 その時間は私には大変に心地の良いものであった。何故なら、そこには「S高原から」という脚本への愛と平田オリザという演出家への尊敬の念が満ちていたからだ。さもなくば、このような大胆不敵な二次創作は不可能であっただろうし、演出という意図が齎す表現の創造性に酔いしれる瞬間も訪れなかっただろう。
 最後の一瞬で「ニセS高原から」は原版「S高原から」へと浸透していく。その光景は、2つの意図が生む結晶であり、暗闇の中に表現の楽園を見る思いだった。私は裏返る舞台という演出家の意図に感じるべき感情を見失ったのだった。

草稿は「デジログからあなろぐ」をご覧ください。

関美能留(三条会)組

 大川潤子(三条会)・岡野暢・鬼頭愛(百景社)・久保田芳之(reset-N)
 榊原毅(三条会)・瀧澤崇・立崎真紀子(三条会)
 寺内亜矢子(ク・ナウカ)・中村岳人(三条会)・橋口久男(三条会)
 舟川晶子(三条会)・山本晃子(百景社)

ス タ ッ フ

舞台美術杉  山至×突貫屋
照明       佐野一敏(三条会)
音響       薮公美子
宣伝美術    藤原未央子
制作       榎戸源胤(五反田団)
           尾形典子(青年団)
           木下京子(ポツドール)
           斉藤由夏(青年団)
           田中沙織(蜻蛉玉)
プロデューサー 前田司郎

主催  (有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場

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September 05, 2005

ヒンドゥー五千回「メキシコの犬」

 ヒンドゥー五千回第14回公演「メキシコの犬」が東京・下北沢のOFFOFFシアターで開かれました(8月18日-28日)。いつも遅れ遅れの紹介ですが、どんな芝居かと言われてもストーリーを明確に示すことがこの劇団のねらいではないようなので、まともに筋書きは追いにくいのではないでしょうか。

ほぼ観劇日記」サイトによると、「ふらっと現れた旅人により、その町に住む人々の中にある、特異性が徐々に明らかになってき物語は進行しますが、ただ湧き上る疑問の全てが解決するのではなく、疑問を疑問のまま残しつつ物語もその疑問の渦へと巻込まれていきます。単純明快ではなくその不明確な感覚を楽しむべき芝居」になっているそうです。

 芝居のコメントで鋭い観点を見せてくれる「耳を噛む」サイトはまた微妙に違った視角から、「物語は、『犬』と『旅人』に絞って描かれていて潔いし、全体をとおしてきっちり作られた作品だった。一箇所分かり易くし過ぎたのではないかと思う部分もあり、そこまでサービスしなくてもよかったのではないかと感じた」と述べています。見方は異なりますね。

 また違った視線を紹介しましょう。critic line project の皆川知子さんは「観ているうちになんだか息苦しくなってきたのは、おそらく、彼らの行動の理由がなにひとつ説明されないという居心地の悪さからかもしれない。なぜその男は村に来たのか。一見夫婦に見える家の男と女は本当はどういう関係なのか。男たちが人殺しをした理由は何なのか・・・。客席も含めて閉塞的な空間のなかにある私たちには、理由がわからないという不安から逃れるすべはない。対話のなかから生れる疑念や妄想の網に、自分自身が捕らえられてしまった感覚だ」と書いています。

 さまざまな鏡像を発信する舞台。みる人の数だけ重なるイメージという重層的な厚みを持つことは、その舞台にとって栄誉ではないかと思います。


[上演記録]
ヒンドゥー五千回「メキシコの犬」
 日時・場所 下北沢OFFOFFシアター(8月18日-28日)

■構成/演出 扇田拓也
 下北沢OFFOFFシアター(8月18日-28日)
■出演
 谷村聡一 久我真希人 向後信成 藤原大輔 榎本純子 佐伯花恵 伊澤勉(第三エロチカ) 鈴木燦 成川知也
■スタッフ
演出助手 藤原 大輔
舞台監督 岡嶋 健一
美術 袴田 長武 (ハカマ団)
照明 宮崎 正輝
音響 井川 佳代
宣伝写真 降幡 岳
宣伝美術 米山 奈津子
制作 根 雅治 山崎 智子

Posted by KITAJIMA takashi : 11:14 PM | Comments (2) | Trackback

September 04, 2005

シス・カンパニー『エドモンド』

青山円形劇場で長塚圭史演出の『エドモンド』が上演されています。シカゴでの初演では賛否両論を巻き起こしたという台本の内容もさることながら、八名の個性豊かな役者によって重みのある舞台となっています。以下「女子大生カンゲキノススメ」サイトにレビューをUPします。

Posted by : 07:42 PM | Comments (2) | Trackback

September 03, 2005

劇団健康「トーキョーあたり」

 12年前に第14回公演を最後に解散した劇団が久方ぶりに第15回公演を開く-と聞けば、ナンでやーとなって当然ですが、ケラリーノ・サンドロヴィッチは小うるさいことが嫌いらしい。公演ページの冒頭に「注意(観に来ないでいい人リスト)」を掲げ、最初に「12年振りに第15回公演をやることについて、異論がある者は観に来ないでよろしい」と言い切っています。以下「テーマとかなきゃやだとか、泣けなきゃやだとか、お話がわからないと具合が悪くなるそして具合が悪くなるのはやだとか、そんな文句を言う人はやだ。来ないでよろしい」などと続きます。ニヤリと笑って済ますのが流儀でしょうか。

 「某日観劇録」サイトによると、「映画の脚本家が締切直前の脚本について、監督立会いの元、大急ぎで口述筆記している。田舎から東京の子供に会いにくる老夫婦の話と、息子夫婦と同居して病気を告知された定年間近の公務員。だが立会う監督が適当に口を挟むうちに、両方の脚本の登場人物があらぬ方向に動き出して。一応そういう構造ですけど、ナンセンスコメディーです。あまり筋を追っても意味はありません。小津安二郎と黒澤明の作品のパロディーらしい」とのことです。

 いつもお世話になっている「しのぶの演劇レビュー」サイトにまたお世話になってしまうと、この芝居は「ナンセンス・ギャグだらけでお下劣な、好き勝手空間でした(良い意味です)」「私は・・・演劇界の内輪受けネタが一番面白かったなー。確実に笑わせてもらいました。言っちゃえば、本当に面白かったのはそこだけって言うか(苦笑)」だそうです。

 東京・下北沢の本多劇場で8月6日から28日まで計23公演。前売り券5800円、当日券6300円。それでもちゃんと興行が成り立つとすれば、ケラの吸引力は大変なものだ。


[上演記録]
劇団健康「トーキョーあたり」
下北沢・本多劇場(8月6日-28日)8月5日プレビュー公演

作・演出・音楽
ケラリーノ・サンドロヴィッチ

出演(五十音順)
犬山イヌコ、大堀こういち、KERA、新村量子、手塚とおる、藤田秀世、峯村リエ、みのすけ、三宅弘城、横町慶子

Posted by KITAJIMA takashi : 10:10 PM | Comments (0) | Trackback

September 01, 2005

三条会「ニセS高原から」

こまばアゴラ劇場の企画公演、「ニセS高原から」三条会編のレビューをUPしました。
三条会の芝居は今回で二作目の観劇ですが、前回以上に衝撃を受けました。本家「S高原から」を見ていなかったからこそ楽しめた部分もあったと、一人で勝手に思っています。
逆に見ておけばよかったなと思ったポツドール編はまた後ほど。
おはしょり稽古より「デジタル・ピカソ」

Posted by : 03:36 AM | Comments (0) | Trackback
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