演劇にはまだやれることがいっぱいある

インタビューランド #2  三条会・関 美能留  聞き手: 松本和也

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「ひかりごけ」はどのように「演出」されるのか

三条会 関美能留さん 松本 いよいよと言うか、ようやくと言うか、作品づくりの具体的な展開をお聞きしたいと思います。作品数が多いので、代表作の「ひかりごけ」を取り上げたいと思います。利賀の演出家コンクールで最初に作った作品ですが、これを上演しようと決まったとき、最初にする作業は何ですか。
 まずは俳優に役を割り振ります。実に適当ですけど(笑)。
松本 事後的に変更があり得ると言うことですか。
 そうですね。あり得ます。でも役を割り振って、そのせりふは覚えてきてもらいます。
松本 なるほど。で、俳優がせりふを覚えてきますよね。「ひかりごけ」の場合、完成された舞台は、戯曲の並び通りではない形に構成されていましたが、割り振りの段階で俳優に構成台本を渡しているんですか。
 いちばん最初は文庫本を渡して、このせりふを覚えてきて、と言うだけです。
松本 では、構成台本は、稽古しながら作っていくんですか。
 そうです。
松本 そうすると、稽古は最初、ふつう考えられるように、1人1役で、ストーリー通りに追っていくんでしょうか。
 ええ、そうですね。
松本 実際に上演された「ひかりごけ」は、せりふの順序も含めて再構成されてますよね。演技や演出のことはひとまず措くとして、舞台がどう作られていくかという過程を教えて下さい。一通りふつうにやって、そこからどうするんですか。
 ふつうにやるんですけど、ぼくはすぐ、そういうやり方に飽きちゃうんですよ(笑)。飽きちゃうから、どういう設定でやるか、どういう形でやるか、選択肢はいくつもあるわけです。それをともかく、目いっぱいやってもらいます。例えばある日は、(舞台の設定が)学校じゃなくて病院だとか、別の日は遊園地だとか。今日はせりふをこんな感じで、とか選択肢をいっぱいやってもらいます。これでいけるというものが見つかるまで延々とやりますね。
松本 ぼくは学生演劇しか知りませんが、作品作りというのは台本が上がって、最初から1場面ずつ作って、演出の仕事は話し方を変えるとか、段取りを決めるとかしかなくて、それが一通り終わると作品の完成ということになる。もっとも、それぞれのカンパニーごとにいろいろあるんでしょうけれど、いまうかがう限り、三条会の稽古は変わった作り方というか、ずいぶん贅沢な感じがしますね(笑)。
 問題はいちばん最初のシーンなんですよ。この最初のシーンだけをぼくの選択肢の中から延々と繰り返しやってみるわけです。ぼくのアイデアが出てこない場合もありますが、それは俳優のやってることが悪い(笑)。出てこないんですから、そりゃあだめです(笑)。
松本 状況全体の設定以外に、俳優個人にも設定を与えたりするんですか。
 そうですね、俳優個人も含めてやりますよ。
松本 最初の場面を決めてから、次の場面に行くわけですか。
 最初の場面が決まって、よし、これでいこうということになりますね。そうするとだいたい俳優は油断しますから、よしこれでいくんだと思っているところに、だめー!(笑)。
松本 なるほど、俳優は大変ですが、贅沢そのものです(笑)。しつこく構成台本のゆくえを聞きたいんですが、「ひかりごけ」の場合、後半のせりふが前半に入ってきたりしますよね。いつ前に持ってくるんですか。最初の場面が決まったときに、もう前半に来たりするんですか。
 いやあ、あれはもう、本番直前ですよ(笑)。
松本 ……。学校のシーン、というかチャイムが鳴るオープニングは割に早い段階でできるんですか。
 いや、早い段階にできることはほぼないですね。本番の1週間とか2週間前までは、いろんなことをやっています。それを財産にして、一気にガーッとやります。
松本 あらゆるパターンとかシチュエーションを、素材として稽古で試してみる。舞台作品としてまとめ上げるのはまた、別の作業ということですね。とすると、舞台作りは2段階と考えていいんですか。
 そうですね。
松本 稽古でひとまず設定を決めた後、構成をまとめて出すんですか。それとも最後の最後まで現場でいじるわけですか。
 もう、最後の最後まで(笑)。ずっとやって来てますから、俳優の方が対応できるんです。もちろん大変だと思いますけど(笑)。もう最後まで(本番)1日前でも何を言い出すか分からない状態です(笑)。
松本 じゃあ紙に書かれた構成台本と実際の舞台とは違うものになってもおかしくない。
 おかしくありませんね。
松本 そうすると、ひとつ、ある完成された形ができるというのではなく、常に流動的に作られていくということですか。
 そうですけど、そんなに非人道的なことばかりするわけではないですよ(笑)。俳優は覚えるという作業がありますから。どうしてもおもしろい構成にならないとか、うまく流れない個所があるとか、そういう部分だけを変えていく形ですね。最後にこのせりふをこの人に言ってもらいたいというのは、最初にぼくの頭の中では決まっているんです。それは最初からは言わない。稽古が進んで「あっ、いける」という段階になって、これはこういう感じでやろうよ、と言います。
松本 クライマックスを関さんが想定していて、素材がある程度出てきた段階で見える形に持っていくということですね。なるほど。空間の配置なんかも同じような段取りですか。
 空間はその場所に行ってみないと分からない。俳優が油断するのは嫌いなんです。このせりふは舞台の真ん中で言うに決まっているといってやられるのは困る。じゃあ、ちょっと真ん中よりずれて、となりますね。
松本 せりふのタイミングや場所の移動など、細かい段取り・タイミングは小屋に入ってからですか。
 小屋に入ってからですね。
松本 ではその前は、基本的にせりふのしゃべり方の稽古ということですか。
 うーん。しゃべり方もなにせ演劇ですから、1人では練習できない。関係性の中でしゃべらないと、ただ覚えたせりふを思い出しながら言っていることになります。だからあらゆる設定を与えます。その設定を与えたとき、そのせりふの言い方は何だ、じゃあだめだね、この設定だったら聞けるね、とか。もちろん細かなところは言いますよ。三島さんだったら、読みことばですので、読みことばのまましゃべってる場合は、いちいちここでブレスしろとか指示はしませんが、この物語ではこのことばを強調しなければいけないのに、なぜ並列なのかとか、そういうことは言いますね。
松本 そういう過程を通して、関さんの「読み」も伝わるということですね。
 ええ、ホントに稽古しながら作っていくという感じですね。
松本 なるほど。三条会の場合再演も多いですが、例えば新作の「若草物語」や「メディア」などは、どれくらいの稽古期間でつくったんですか?
 実質稽古は2カ月くらいですが、構想は長いですよね。その演目をやることが決まった瞬間からああだこうだ考えています。 >>

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インタビューを終えて 関美能留 松本和也 / [参考資料] (7月25日掲載)